昔話 蛇神様と蛙達⑧
蛇神様が言っていた水車小屋は里の外れにありました。近くに人気はなく、とても静かです。
5匹は良太郎くんを連れて、水車小屋までやって来ました。緊張しているのか、汗だくで黙りこんでいます。
一方、良太郎くんは自分がどうしてこんな場所に連れて来られたのか分からないようで、あたりをキョロキョロ見回していました。
水車小屋の前には既に蛇神様が待っていました。蛇神様は良太郎くんを見た途端、「まぁ!」と嬉しそうに声を上げました。
「なんて美味しそうな男の子でしょう! まさに私の理想通りの子供だわ。ありがとう、小さき者達。また用があったら呼ぶわ」
蛇神様は良太郎くんの手を引いて、水車小屋の中へ連れて行こうとしました。良太郎くんは蛇神様に怯えながらも、手を引かれるままについて行こうとします。
それを見て、蛙の1匹が「あっ、あの!」と蛇神様を呼び止めました。
蛙達との用が済んだ蛇神様は煩わしそうに振り向きました。
「なぁに? もう帰っていいわよ」
「……そのこどもは、たべるおつもりなのでしょうか?」
他の蛙達も不安げに蛇神様を見つめます。蛇神様は冷たく笑みを浮かべました。
「あら、よく分かったわね。その通りよ」
まだ蛇神様を信じていたかった蛙達はその言葉を聞いて、絶句しました。
「ほ、ほんとに?」
「それ以外にどんな理由があるというの? 人間なんて食べるしか価値のない、愚かな生き物でしょう? 無駄な争いや殺生ばかり繰り返し、都合の悪いことが起きたら全て私のせい……そんな連中は、美味しいうちに食べておくのが一番なのよ」
その時、それまでじっと蛇神様の隣で話を聞いていた良太郎くんが「それは間違っている」と口を開きました。彼の顔からは怯えが一切消え、非難するように蛇神様を睨みつけていました。
「愚かな生き物だからといって、いたずらに淘汰していい訳がない。我々の仕事は彼らを導くことだと、父上から教わったのを忘れたか? 蛟」
突然名前を呼ばれ、蛇神様は驚きました。元々白かった顔がみるみる青ざめていきます。
「な、何故私の名前を……?!」
「薄情なやつだな。お前は兄の名も忘れてしまったのか?」
そう言って蛇神様に笑いかけた良太郎くんの目は、蛇のような縦長の瞳孔をした目に変わっていました。
蛇神様は良太郎くんの目を見て悲鳴を上げ、彼の手を振り払おうとしますが、良太郎くんは蛇神様の手をつかんだまま離しませんでした。
やがて良太郎くんの体は急激に変化していきました。背が細く伸び、皮膚からウロコが生え、髪が綺麗な水色になり、顔が蛇のように変わり、最終的には蟒になっていました。
蛇神様の企みに気づいた蟒は良太郎くんに成りすましていました。もちろん、かえる達もそのことを知っていました。
ただ1人、そのことを知らなかった蛇神様は蟒を見て、怯えて震えていました。
「お、お兄様……! 何故この者達と一緒にいらっしゃるのですか?!」
「お前を更生しに来たのだよ。もうこんなことはやめて、川の神としての責務を果たしなさい」
蟒は蛇神様の手の甲へ念を送りました。すると赤い術式のようなものが蛇神様の手の甲に刻まれ、蛇神様は苦しみだしました。
「お前が清竜川から離れられないよう、呪いをかけた。早く戻らないと、ただの蛇になってしまうぞ」
「い、いやぁ!」
蛇神様は今度こそ蟒の手を振り払うと、清竜川がある方へ走り去っていきました。
蟒は蛇神様の後ろ姿を見送ると、「頑張ったね」と蛙達の頭をなでました。
「これで妹は川から離れられなくなった。川が元に戻り、人間があの川を恐れなくなった頃には、妹も更生しているだろう。さぁ、君達の姿を戻そう」
すると5匹は首を横に振りました。
「ぼくたち、へびがみさまのてだすけしたい」
「へびがみさま、ひとりぼっち」
「そんなのかわいそう」
「にんげんのすがたなら、へびたちたおせるし、べんり」
「もうせーりゅーがわ、みすてない」
蟒は5匹の申し出に驚いていましたが、彼らの決意に満ちた顔を見て、「分かった」と頷きました。
「妹のことは君達に任せた。困ったことがあったら、いつでも私のところへ来なさい」
5匹は力強く頷きました。
「はい!」
「ぼくら、がんばります!」
「へびがみさま、こーせーさせるです!」
「うわばみさまも、おげんきで!」
「よっしゃいくぞー!」
蛙達は水車の前で蟒と別れ、龍澄川に残してきた仲間と良太郎くんの元へ向かいました。
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