3,蛇神様
「うわっ!」
俺は自転車から転げ落ちた。そのまま欄干の隙間から下へ引っ張られる。
「くそっ!」
俺は落とされないよう、両腕を欄干に押し付けた。
下を覗くと、青白い顔をした女が真っ赤な舌をチロチロと出しながら、俺の足を引っ張っているのが見えた。綺麗な人だけど、顔はどこか蛇っぽい。
「美味そうな坊やだね。私と一緒にいらっしゃいな」
「嫌だよ! 離せ!」
俺は何度も足を振った。だが足を握っている女の方が力が強く、かえって痛くなった。今にも折れそうなほど細い腕なのに。
「もう、ダメだ……」
先に限界を迎えたのは俺の腕の方だった。力が抜けた瞬間、欄干の隙間からスルリと体が下へ落ちていく。
下では蛇顔の女が口を大きく開け、俺を喰おうと待ち構えていた。
「へびがみさま!」
その時、1個のリンゴが飛んできた。
「あむっ!」
女はそちらに気を取られ、反射的にリンゴを咥える。
女に喰われずに済んだ俺は、そのまま川へ降り立った。
ここの小川は水かさが浅く、足首までしか浸からない。靴とズボンの裾はぐっしょりと濡れてしまったが、服は軽く飛沫を受けた程度で済んだ。
「こちらです!」
そこへ川岸から声が聞こえた。声のした方を見ると、先程ビラを配っていた子供が川沿いの木陰からこちらへ手招きしている。
俺は急いで子供の元へ駆け寄ると、女に見つからないよう、近くの茂みに身を隠した。
「何処だ! 何処へ行った!」
リンゴを食べ終えた女は両目を血走らせ、俺を探している。すると今度は女の元へ何人もの子供達が駆け寄った。
「へびがみさま、みつけた!」
「おうち、かえりましょう」
「にんげんたべちゃだめって、いわれてる!」
皆思い思いの言葉を口にし、女を説得する。彼らもまた、ビラを渡した子供と同じく舌足らずな喋り方で、両生類っぽい顔をしていた。
やがて女は怒りを鎮め「分かったわよ」と諦めた。
そのまま子供達に先導され、川を上っていく。その下半身は巨大な白い蛇の尾で、ビラに描かれていた絵のままだった。
「あの人が君の探してた人だったのか」
俺と一緒に茂みに伏せていた子供に尋ねると、彼は頷いた。
「はい。へびがみさまといいます。このあたりのかわを、おさめていらっしゃるかたです。たまに、にんげんたべたくなって、ひとざとへおりてくるです」
子供は立ち上がると、ペコリとお辞儀した。
「ごめいわく、おかけしました。このおわびは、かならず」
そして、テテテっと川に向かって走っていくと、ドボンと飛び込んでいった。
夏休みになり、俺は友達と川へ釣りに出かけた。
みんなが小魚を1、2匹釣る中、俺だけが大物を大量に釣り上げた。
「お前だけズルいぞー!」
友達がぶーぶーと文句を言うのを聞きながら、俺はあの子供のことを思い出していた。
アイツとはあの日以来、一度も会っていない。
ただ、時折川沿いの茂みで見かける蛙に、よく似た顔をしたヤツがいるような気はしている。
(了)
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