しあわせ
十五分程で家に着く。そっと、ベッドに彼女の小さな体を横たわらせる。
「んっ……。んん」
どうやら目が覚めてしまったらしい。
「ん、ごめんね。起こしてしまったかな。寝ていていいんだよ」
再び入眠を促して、部屋を立ち去ろうとする。
くい、とシャツの裾が引かれる。あまりにも弱く、下手をすれば気づかないくらいの力だった。
「どうしたの」
今までそのようなことはなかったので、思わず問いかける。暗い部屋だったので、月子の表情は見えなかった。そして、彼女は何も言わなかった。もう一度だけ、掴んだシャツの裾を引く。
「一緒に寝ようか」
そう、申し出てみた。答える声はなかったが、毛布を持ってくると言うと手が離れた。
毛布を持って、彼女の部屋へと向かう。彼女はいつの間にか起き上がってこちらを見ていた。薄青の空に白けた月が彼女の輪郭を照らし出す。
「ほら、もう寝よう。僕は君のベッドのすぐ横に寝るから」
そういうと、月子はふるふると首を振った。
「となり」
それだけ言うと、そのままベッドの左側半分に身体を預けた。少々、困惑する。
「二人で寝る分には狭いよ」
「いいの」
何度も言わせるなと言わんばかりに彼女は空いているベッドの右半分をポンポンと叩いた。仕方がないので、恐る恐るベッドに入る。
「それじゃあ、おやすみ」
向けられた背中に、挨拶をする。
「……おやすみ」
小さな声で返事が聞こえて、それからすぐに小さな寝息が聞こえた。自分に居場所を取られて不機嫌そうなセレナも、しぶしぶと言ったように足元で眠りについた。
それから、当たり前のように一緒に眠るようになった。誰かと一緒に眠る、という経験がなかったのであまり眠れた、という実感はなかったのであるが。月子は、と言えばよく眠れるようになったようだ。そういうものなのだろうか。
そうして過ごしていく日々の中で、月子は少しずつ自分のことを話すようになった。
「月子はゾンビだから、本当は殺さなきゃいけないんだって。けど、お父さんは月子のことが好きだから殺さないんだよ、って言ってた」
身体にいくつかあった痣や切り傷、火傷を撫でながら月子は言った。シーソーで詰められたという指も痛々しさを主張していた。ゾンビ映画を見たことがある、という話しか聞いたことがなかったので少々困惑した。ベッドの上に、二人の体育座りの影が映る。
「そうなんだ。でも、お父さんは月子のことを傷つけたんだね」
うまい言葉などは見つからなかった。
「しかるべきこと?なんだって。そうしなきゃいけないんだって。殺さないことが愛なんだって。愛してなかったら殺してるって」
無茶苦茶なことを言う人だ、と思った。
「でもね、生きてることが、痛いことが、しあわせなのか、愛なのか、よくわからない」
悲しさ、というよりは虚しさの入り混じった声色に思わず顔を上げた。月子の表情は尚も変わらず、開いた片の目の瞳孔は虚ろを示していた。そして、続ける。餌を食べ終えたセレナがとてとてと部屋に入ってきたのが見えた。
「ゾンビはなんだか私に似ている気がしたの。だから、ゾンビって」
「僕は月子みたいに可愛らしい女の子でもないし、映画のゾンビみたいに肌も腐ってないよ。そして君もゾンビなんかじゃない」
思わず否定する。
「そういうことじゃ、ないんだけどな」
月子はぽつり、とこぼした。わかっている。二人はきっと同じタイプの人間だ。けれど、月子に自分のような人間であると自覚してほしくなかったのだ。今日はもう眠いから寝てしまおう、と強引に入眠を促す。月子は、少々話したりないという感じであったが、自分のことを察したようにおとなしく床に就いた。
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