小さな女の子

 「ゾンビ。ごはん」

 とてとてと階段を下りてきた幼女が、朝ご飯はまだかと催促する。

 「あぁ、月子。おはよう。顔を洗っておいで」

  と、彼女を洗面所に促し、キッチンにすでに用意していた朝食を卓袱台へと移す。

 「顔、洗ってきた。ごはん、食べよ」

 眠い目を擦りながら、彼女も食卓についた。ベーコンエッグ、ご飯、味噌汁といったごく普通の朝食だ。二人で黙々と消費していく。

 ふと、目を月子へと向ける。背はおそらく百十センチほど。汚れを許さない長い黒髪に、長い睫毛と控えめな鼻。血色のいい頬と唇。瞳孔が開いた片の目を除けば絶世と言われただろう。あと、一切上がらない口角に角度が生まれれば。

 そのようにじっと見つめていると、何を見ているのだと言わんばかりに月子もこちらを見た。

 「何、ゾンビ」

 「僕は田中だよ」

 毎度繰り返す会話だ。月子は僕のことをゾンビという。昔、父親と見た映画に出ていたゾンビに似ているらしい。いつも白い服を着ていること、落ちくぼんだ隈の目立つ目、寡黙なところ。どんな映画をこんな小さな子に見せているのだろうと思った。

 足元でナア、とセレナが鳴く。月子をここへ連れてきたときに、彼女が連れてきた猫だ。二、三撫でて餌の方へと促す。

 朝食を食べ終えた彼女は、食器をたどたどしい歩みでキッチンへと運んで行った。


 月子は今までの子供達からすると少し変わっている。通常、誘拐された子どもは両親を想ってしばらく泣くか、誘拐されたことに気づかずにのんきに生活を共にしていく、というような感じだ。しかし、月子は誘拐されたことを自覚し、泣きも喚きもしなかった。ただ、「私の親は、身代金とか用意できないと思うよ」とだけ言った。七歳、と本人の自己申告があったが、実際の精神年齢はもう少し上に見えた。ひょこひょことした歩き方、ちょっとした学のなさを見ると、小学校には通っていなかったのだろう。少々、自分に重なるところも見られた。

 「今日は、どんな本」

 「今日は、ハムレットでも読もうか」

 世の中は悲劇に満ちているし、世の中は悲劇を好む。この年頃の子どもに読ませるものではないかもしれないが、彼女は本に深く興味を示した。特にシェイクスピアを好んでいるような気がする。

 連れてきた子どもには、天へ送るまでに二か月程自由に生活させることにしている。   

子どもは幸福な存在でなければならない、というのが持論だ。勿論、世間の目があるのであまり外に出すことは出来ないのだが。好きなものはできるだけ買い与え、道徳を逸脱しない行為ならば何でもやらせることにしている。


 月子は賢い子どもだった。きっと学校へ行ったら、国語の得意な生徒になっていただろう。本をとにかく読みたがった。小学校に行っていない関係で、字、特に漢字は読めないものかと思っていたが、新聞を読んでいたらしい。何の問題もなかった。

 月子が本を読んでいる間は仕事をしている。子ども達に自由な生活をさせるためには、どうしたって資本が必要だからだ。最近は、外へ出ずとも働く方法はたくさんある。一台のパソコンで経営者になれる時代だ。時間だけはあるので、ウェブライターと深夜の工場勤務で生活資金を稼いでいる。


 何故、子どもに手をかけるのか。もし自分が証言台に立ったら真っ先に問われることだろう。  

 けれど、それに答える自分が想像できない。透明人間のような自分が世間に注目されることに、想像がつかない。

 まず、自分にとって死は不幸ではない。大人になって長い人生を送っていくことの方が不幸なのだ。そして、寧ろ死こそが幸福なのだという考えである。十四の時に、養父が養母を天へ送ったときのことを思い出す。

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