(10)

 門を潜ると、珍しく玄関の灯りが点いていた。

「玲奈」

 靴を脱ぐ片手間、妹の名前を階上に向けて投げ掛けるが、応答はない。今更珍しくもないことだったが──隣の靴まで巻き込むように脱ぎ散らかされた靴。ありゃあなんだ。

 ……さては。

 思い当たる節が一つ。忍び足で妹の部屋に向かった。

 二階で唯一名札が掛かっていない扉。そこが我が妹の住処だ。曰く『ダサいからやだ。私自分の部屋間違えたりしないし、渚くんだけ名札掛けたら?』だそうだ。そんな辛辣極まりない妹の部屋へ繋がる質素な扉を開ける──ノックは忘れた──と、そこは──

「うへえ」

 ──ひどい有様だった。

 床一面そこいらじゅう、剥がされてそのまま投げ散らかされたらしい壁紙の片鱗がいたる所に落ちていた。

「……妹は馬鹿でかいハムスターでも飼ってるのか」

 恐る恐る一歩足を踏み入れてみれば、かつて壁紙だったものの下には刃先を顕わにしたカッターナイフが潜んでいて、爪先で紙切れを避けて居なかったら危うく踏んでしまうところだった。誰に似たんだか。

 ──さて置き。

 問題の妹は、幸か不幸か今は睡眠の真っ只中らしかった。ベッドの上、布団が人の形にこんもりと盛り上がっている。今頃きっと幸せな夢でも見ているのだろう。

 良い夢を。

 優しい兄であるべく私は人知れず呟いて、妹の部屋を後にした。




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