(6)
どきどきと鼓動を高鳴らせながら見せてもらった絵は素晴らしいものだった。
「すっごく素敵です。暖かくて美しくて」
「有難う。玲奈は、父は見たことなかったかな」
「でしたかね、多分そうです。でもいいなぁ、優しそうでかっこいい」
「そう? 私まで嬉しくなっちゃうなぁ」
「でも、なんか……」
「うん?」
俯く顔で言いかけて、目があった途端口籠る。
「えっと……何か、気になるところとかあったかな」
「いえ、や、なんか──この女の人、先輩のお母様っていうより先輩本人みたいだな、……って」
迷いながらも口にした途端、空気が異質なものへと変化したように思えた。
──私の、気のせい?
「……そう?」
そんなに似てる、かな。気のせいだろうか。返す声も僅かに震えているような。引っ掛かって、つい続けてしまう。
「だってほら、首のところの黒子がいっしょですもん。あんまり目立たないけど、私クラスになると分かっちゃいます」
先輩のファンですから。
私は先輩の照れたときの顔がとても可愛らしくて好きだったから、その表情を見逃すまいと一歩近付き覗き込んで──様子がおかしいことに気付く。
「……先輩?」
「ど……どこからどう見てもそう?」
「せんぱ」
「これ、……が、もし……私だって言ったら、」
「先輩」
もしかして、本当に──
「あ、ごめ……ごめん、今の無し、忘れて」
俯く先輩の頬を介さずにひと粒の涙が落ちる。
「っ、大丈夫ですから、気持ち悪くなんてないです」
「嘘」
「本当です、信じて下さい」
大丈夫です、大丈夫ですから。馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す。それでも私は動かせる口を止めるわけにはいかなかった。
まさか。まさか。
「何が大丈夫なの、気持ち悪いって思ったでしょ?」
「素敵だと思います」
「っ……馬鹿じゃないの?」
「ごめんなさい今のはちょっと盛りました。でも私は気持ち悪いなんて思いませんでしたし、今も思いません」
「…………」
「それに私、誰にも言いません。絶対」
「……本当?」
染めていない長い髪を縋るように幾度も梳いて、握り締めて──先輩の心は今揺れている。
「私と先輩、二人だけの秘密です」
自ら口にした言葉に、ぞくり、甘い痺れが背中をかけ巡った。
──『秘密』
二人だけの秘密。
「……本当に?」
「本当に」
間、髪入れず即答した。
「……分かった」
「良かった……安心してください」
私と先輩の二人ぼっち。魅惑的な響きだった。
「わたし……私、父のこと」
「先輩、無理に言わなくてもいいですから。ね? 大丈夫ですから」
「ねぇ、その……誰が見ても私に見える?」
「え……先輩と仲良い人なら、 分かっちゃうかも知れません」
それとなく不安を煽る。間違っても他の誰かに見せてやるわけには行かない。
「どうしよう、私どうしたらいい?」
「……新しく別の絵を描くことはできませんか」
「そんなの無理、無茶言わないでよ。絶対間に合わない。間に合ったとしても、恥ずかしくない出来になんて絶対無理。そんなの……そんなの人目に晒すくらいなら、描かない方が何倍もマシ」
「でも、それじゃあ……」
予想を上回る拒絶に面食らう。先輩は美大への推薦を受けている。何も描けませんでした、では面目が立たない。
「だ──」
私はひどく焦っていた。先輩に気取られてはいないだろうけれど──何か口に出さずには居られなくて。気が付いたら、声に出ていた。
「誰かに駄目にされたっていうことにしましょう」と。
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