(4)

「長谷川くん?」

「こんにちは」

 一年の子が呼んでるよ。春香に言われてついて来てみれば見知った顔がそこにあった。長谷川くん。小さい顔の真ん中、アンバランスに乗っかった分厚いレンズは一度触らせてもらったことがある。

 長谷川──下の名前は忘れてしまったけれど、私の中の彼の印象は“頭のいい子”だった。成績優秀で、だけどちょっと小賢しい……じゃなくて、細かいところによく気がついて、本当のことなら何を言って問題ないとでも思っていそうな少々デリカシーに欠けるところのある子で、正直なところ扱いに困っていた。

 どうしたものか。ちらと目を向けると、眼鏡の奥に視線を引くものがあった。

「長谷川くん、目……瞼のところ腫れてる?」

「そこは触れないで頂けると助かります」

 長谷川くんは、彼にしては珍しく苦々しげに、下手な笑みを形成して言う。心なしか目の縁が濡れているような。もしかして泣いていたのだろうか。

「長谷川くん」

 君、大丈夫? そう私が尋ねるより早く復活した長谷川くんは、得意げな顔に変えて告げたのだった。

「僕、分かっちゃいました」

 骨ばった中指が下縁眼鏡を押し上げる。

 ──うそ。

 息が詰まる。

「……何が」

「先輩が隠したかったもの」

 ──バレた。

「あ、まず謝ってないや。勝手に剥がしちゃったのはあれ、すみませんでした。でも、」

「いいの。いいから、……もういいから、分かったから」

 続きは聞きたくない。縋るように声を張り上げるけれど、その願いは叶わない。

「先輩──」

「やめて」

「──間に合わなかったんでしょう?」

「……え?」




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