5-4 「ねぇ左大臣もっと撫でて!」
「……ところで姫さま。ぐるーぷ活動での班割りはどうなりましたか?結城殿と一緒の班になったとうかがっておりましたが」
左大臣がやや沈んだ声で尋ねるとき、舞の手はぴたりと止まった。班割り――この話題が舞と左大臣との間で最後に出たのは先週のことであった。移動教室ではハイキングと最終日午前にある自由行動の時間だけ班単位での活動が認められているのだが、担任の菅野先生お手製のくじによって、舞はあろうことか、結城司と同じ班になってしまったのだ。
一応後でこっそり菅野先生の元に行ってみた。結城君とは前の社会科の活動でも一緒でした、と舞が遠慮がちに言うと、
あとは司の方でも抗議してくれることを願うのみだったが、司が実際動いたのかどうかは結局わからずじまいだった。三日目の自由行動のルートを決める際も、司は興味なさそうに黙り込んでいたが、舞に対してわだかまりがあるという態度は特に示さなかった。ただ自分は全面的に興味がないのだと言いたげであった。そんな司の態度をもてあまして、他の班員たちは自分たちだけでルートを決めてしまったわけだが、委縮しがちであまり協力的でなかった舞とさえ、同じ班の女子たちは結城司に対する
「結局一緒になっちゃったみたい、結城君と」
「しかし、よろしいのですか?」
舞は肩をすくめてみせた。
「しかたないよ。あんまり結城君を避けるのも変だもん。それにこれから二年間はどうしたって一緒にいなきゃいけないでしょ?だから練習だと思ってがんばる。結城君と一緒にいて平気でいる練習。そしたら、きっとそのうちなんとも思えなくなるよ」
「姫さまはまだ結城殿を愛していらっしゃるのですね」
左大臣がおごそかにつぶやいた。舞は胸を衝かれたように思ったが、すぐに笑って首を振った。笑ったのは、愛しているという言葉の重みが、自分の感情にはあまりにも不似合いなように思われたからだった。
「やめて左大臣、そんなんじゃないって!ただね、結城司って人は、京野舞にとってはずっと大切な人だったの。生まれてからずっと。だから、なんていうのかな、結城司って人を好きなことが私にとっては当たり前のことだったの」
舞は息をつきながらテディベアの隣に腰かけると、そのまま後ろ向きにベッドの上に倒れ込んだ。ちょっと休憩、と言い訳しながら。
「でもね、たとえ私と司が巡り合ったのは前世からの縁?みたいなもののせいだったとしても、私が司を……つまり、前の司を好きになったのは、前世のことなんか全然関係なかったよ。私はね、司が優しくて、それでいつもそばにいて励ましてくれたから、楽しいことも悲しいこともたっくさん一緒に経験したから、それで好きになったの」
前の司のことを思い出すと少し心が痛くなる。その人を失ってからあまりに長い時を過ごしてしまった事実が、まざまざと感じられる。
「今の結城君を好きになったのも、前の司がいたからなの。だから、私、よく考えてみれば結城君に本当に恋したわけじゃないのかもしれないね。今の結城君の怖いけど実は優しいところが好きだったんだけど……つまりね、前の司なしに、今の結城君を好きになれたかってそれはわからないの」
「姫さまが結城殿に惹かれるのには、前世の紫蘭の君とのことが関係しているのかもしれませんぞ」
だとしたらもっとダメ、と舞は力を込めて言う。そう言いながらごろりと転がって横向きになった。
「そんなにおんなじ人ばっかり好きになってたら、生まれ変わった意味なんてないもの。もちろん前世のことは大切。四神のみんなににも左大臣にももう一度会えてうれしいよ?だけど、お母さんやお父さんはきっと前世では会ってなかったと思う。お姉ちゃんや美香だって。前世で全然関係なくても、大好きな人たちが
……ねぇ、左大臣。私、すごく重たい罪を犯して、でも生まれ変わることできて、奇跡的に
ふと、舞は頭の上に違和感を覚えた。何かが触れているようだ。はなちゃんのしっぽだろうか?ふと目を上げた舞は、テディベアの小さな手が自分の頭を撫でているのを認めた。舞はびっくりした。
「さ、左大臣?」
左大臣は少し照れたように頭の後ろを掻いていた。
「いやはや、ご無礼をば。子どもを褒めるとき親はかようなことをするもの、と覚えておりました……姫さま、失礼だとはわかっておりますが、この一瞬、どうも姫さまが我が子のように思われてなりませんでな。姫さまがあまりにご立派なことをおっしゃるものですから、この九条門松、感心いたしまして。ついこのようにいたしました。お許しくださいませ」
舞はしばらくぽかんと左大臣を見つめていたが、ぎゅっとシーツの上で拳を握ったのち、満面の笑顔を浮かべてみせた。
「やった!褒められた!ねぇ左大臣もっと撫でて!ねっ?」
「いや、これ以上は到底畏れ多い……!」
「いいでしょ、別に。減るもんじゃないし!」
「しかし、もう褒めることがございませんからなぁ……」
「あっ、そうやって逃げようとして!あっ、そうだ!あのね、私ね、決めたんだ。自分の恋は終わったから、今度は人の恋を応援するの。翼の恋を応援するんだ。翼と東野君の。えらいでしょ?ねっ?ねっ?」
「それはあまり感心いたしませんなぁ。他人が口を出すととかく厄介なことになりがちですからな、恋というものは」
「えー、ダメ?」
やがて十時になり、母親が扉を開けて何も仕上がってない荷造りにあきれてみせるまで、舞と左大臣は長いこと他愛のない話題で盛り上がっていた。
「香苗、わたくしのいとしい香苗……」
誰……?
「さあ、今宵こそひとつになりましょう。あなたの身をわたくしと分かち合うのです。そうすることでわたくしたちはこの世の誰よりも美しくなれる。この世の誰よりも優れた存在になれるのですわ。わたくしたちに不可能はありませんのよ」
いや、よ。だって、そんなこと望んでな……
「お前は白崎ルカを愛しているのでしょう?ふふ、一緒ですわ。わたくしも白崎ルカを愛しているの。お前とは少しだけ違う形でね。人はそれを憎しみとも呼びますわ」
いけないわ。会長を憎んでいるのなら、絶対にあなたを会長に近づけさせるわけにいかない。
「なにを言っているの?愛も憎しみもつまるところは同じでしょう?ある人間へのもっとも強い執着の表と裏に過ぎないのですから。だから、わたくしの憎しみとお前の愛を合わせれば、この世に溢れている愛のなかでも、もっとも強い愛になるのですわよ?白崎ルカの心を意のままにできるほど……ほら、素直になって。抱かれたいのでしょう、白崎ルカに?接吻されたいのでしょう?愛されたいのでしょう?赤星玲子を遠ざけて」
やめて、やめて、やめて…………
「このまま嫉妬に身を焦がしていては、緑色の目の怪物になりましてよ?ほら、今日聞こえてきましたわね?廊下を歩んでいるときに、どこの部屋からでしたかしら。『嫉妬――それは緑色の目をした怪物だ』って。浅ましい姿になるんですの?わたくしと一緒なら嫉妬だって世にも艶やかに昇華できるというのに?怖がることはありませんわ。さあ、いとしい香苗、共に参りましょう。寄越しなさい。わたくしにその身を、その美しい身を……!」
舞が寝静まったころ、隣の部屋で嫌な汗をいっぱいにかいて、ゆかりははっと飛び起きた。
「香苗……?」
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