第一章05 忍者一族との邂逅
ワリドの集落は、リゼの領地から馬車で2日ほど西に向かった高山の中腹に作られていた。
季節は冬のため、集落の周囲は雪に閉ざされている。
転生前の俺だったら絶対に無理な山登りだったな。転生して身体を鍛えておいてよかった。
でも、こんな場所で生活するって、ものすごく大変だと思うぞ。
前を進むマリーダは、急勾配の道を山登りで動けなくなったリシェールをおんぶしている。
「マリーダ様、あたしのお尻を揉んで楽しんでますよね?」
「そ、そんなことはないのじゃ! 揉みがいのあるお尻だとか、背中に当たるおっぱいが気持ちよいとか思っておらぬのじゃぞ!」
「マリーダ様は、アルベルト様にあれだけ可愛がってもらっているのに欲求不満なんですか?」
「そうではない。妾の手が勝手にやっておるのじゃ!」
手が勝手にお尻を揉んだりはしないと思うが……。
絶対にあれはわざとやってるよな。
「んんっ! マリーダ様、ここは領外ですので、おふざけはほどほどに」
咳ばらいをしてマリーダに忠告すると、俺たちを先導している使者の男が止まった。
「ようこそ、わが集落へ。マリーダ・フォン・エルウィン殿、リゼ・フォン・アルコー殿、そしてアルベルト・フォン・エルウィン殿。わしがこのゴシュート族の長。ワリド・ゴシュートだ」
聞き覚えのある声の方へ視線を向けると、灰色の髪に狼の耳と尻尾を持つ、金色の瞳の大男がいた。
あの時、寝室へ侵入してきた男だな。こいつがワリドか。
「あの時は逃がしてやったが、今日は逃がさぬぞ! と言いたいところだが、山の民には綺麗なおなごがおると、アルベルトから聞いてのぅ。この前の詫び代として、女官に採用する子を品定めにきたのじゃ」
リシェールをおんぶしたままのマリーダが、キョロキョロと集落の女の子を見つめて品定めをする。
マリーダよ。本音がダダ漏れしてるから、少しはしまって! 話がややこしくなるからさ。
女領主だから身の回りの世話をさせるという理由で、女漁りしてても領民からは好色な領主とは言われないで済んでいる。
けど、実態は『夜のお世話』までさせられるので、マリーダが男だったら叛乱が起きていてもおかしくない。
「んんっ! マリーダ様、今回はゴシュート族の困りごとを解決するためにきたのですよ」
「マリーダ様、身の回りの世話をするのはあたしがいますので、女官を増やすのはしばらくお控えください」
「じゃがのぅー。妾の身辺が寂しくてのぅー。ほら、まだ夜は冷え込むであろう? 妾の身体を温めてくれる可愛い子がおるのと、おらぬのではやる気にも違いがのう……」
マリーダの発言を聞いたワリドの視線が、こちらを値踏みするようなものに変化をする。
集落に招待したものの、彼はこちら側にくるべきか、まだ迷っている状況なんだろう。
「『鮮血鬼』マリーダ殿は剛毅な方だな。わしらゴシュート族が暗殺を狙っておるとしたらどうするのだ?」
ワリドが手を挙げると、集落から黒装束の男たちが姿を現す。
これは、こっち側の問題解決への本気度を試してるんだろうな。
懐に手を入れ武器を持っているように見せてるが、俺たちを殺すメリットが向こうにはない。
これに怒って俺たちが帰るようなら、彼は一族ごと死ぬつもりなのだろう。
それくらい状況は切迫していると思われる。
「ワリド、妾を試すのはやめよ。殺気もないのに、暗殺などするやつがおるわけないのじゃ! せっかく寒い中をここまできたのじゃ! 酒くらい出すのが礼儀じゃろう。集会所はどこじゃ! 案内せい。ここじゃ、寒くて凍えてしまう。リゼたんもそう思うじゃろ」
「まぁ、寒いことは寒いね。でも、オレは厚着してきたし大丈夫」
「できれば、私も暖かい場所で会談するのがよいですね。ここは南国生まれの私には寒すぎる」
ワリドは黒装束の部下たちに戻るよう指示を出す。
とりあえず、俺たちがゴシュート族の話を聞く意欲が高いと判断してくれたようだ。
「集会所はこちらだ。酒も出すが、美味くはないぞ」
ワリドは自らが先導する形で、俺たちを集落の集会所に案内してくれた。
到着した集会所は、大人が十数人ほど入れる木造の建物で、部屋の中央にある暖炉が室内を暖かくしていた。
「本当に酒だけとはのぅ。リシェール、酌を頼むのじゃ」
「はい、すぐにいたします」
暖炉の前の一番暖かいところに陣取ったマリーダは、リゼに膝枕をさせ、運び込まれた酒瓶をリシェールに渡し、1人で酒盛りを始めた。
「癖は強いが、これはこれで悪くない酒じゃぞ。おぉ、癖になりそうな味じゃ」
「山でしか取れぬ果実を発酵させた酒だからな。街じゃ飲めぬ物だ」
集会所にいるのは、俺たち以外ワリド1人だ。
ワリドの率いるゴシュート族は、エランシア帝国建国以前からこの地に住む獣人の一族で、山野を駆け巡り、狩猟の腕に優れた山の民だ。一方で、行商をする彼らは情報の重要性も熟知している。
山野の狩猟で鍛えた俊敏さと隠密性、それにスラト城で見せたワリドの技、それらはこの世界の忍者と言ってもよく、能力の高い密偵になれる素質が十分にある。
情報収集を最優先にしている俺からしたら、喉から手が出るほど欲しい人材だった。
能力を把握するべく、ワリドに対し力を行使してみた。
名前:ワリド・ゴシュート
年齢:43 性別:男 種族:人狼族
武勇:68 統率:72 知力:77 内政:31 魅力:58
地位:山の民ゴシュート族長
武勇も統率も知力もあるし、諜報組織の実戦部隊を任せられるな。ワリドが家臣になれば、リシェールは膨大な情報を整理するのに専念できそうだ。
ゴシュート族が丸ごとエルウィン家に仕えることになれば、諜報組織は一気に拡充できるし、人員の兼合いで班編成できなかった国外班も編成できるようになるはず。
ワリドの信頼を得るためにも、問題は早く解決した方がよさそうだ。
「ワリド殿、今回の招待はわがエルウィン家との秘密交渉だと思っておりますが、間違いありませんでしょうか?」
黙々と酒を飲んで話を切り出そうとしないワリドへ、俺から言葉をかけた。
「分からん。アルコー家のリゼ殿であれば、わしが上手く操って今の状況を少しでも改善させる手段はあったが……。相手がお主たちエルウィン家となると、頼ってよいか迷っておる。叡智の至宝と呼ばれた策士殿がおられるからな」
「私に頼ると、山の民の不文律を犯すことになるのを懸念されているのですね」
「ああ、そうだ。わしらはどの勢力にも加担しないのが不文律だ。ずっと山の民の不文律を守ってきた。だからこそ、中立という立場でいられた。でも、それも崩れかけている」
酒杯を片手に持つワリドの顔には、苦悩の色が色濃く浮き出ている。
オレを頼れば、山の民として生きることはほぼ不可能になると思っているのだろう。
だが、それは俺の考えてるゴシュート族の未来ではない。
ワリドには家臣となってもらうつもりだが、そのまま山の民を裏からまとめ上げてもらいたいとも思っている。
「では、この苦境を利用して、ワリド殿が山の民をまとめ上げればいい。そのためにわれらエルウィン家は援助する用意があります」
ワリドは手にしていた酒杯を取り落とした。
「わしが山の民をまとめ上げるだと⁉ アルベルト殿ならば、今のわしらの状況を知っておるはずだろう! そんな夢物語みたいな話を信じろと申すのか?」
「ゴシュート族は情報に長けておると言っておったが、アルベルトの知略を低く見積もりすぎじゃのう。もう、すでにアルベルトの頭の中ではすべてが組み上がっていて、あとはその通りに実行するだけになっておるのじゃ」
リシェールの酌を受けて、果実の酒に舌鼓をうっていたマリーダの言葉に、ワリドが色めき立つ。
「マリーダ殿の話はまことか? 本当にすでにそのような策の用意が⁉」
ワリドの反応を見ていると、こちらの予想している以上に追い詰められた状況なのが察せられた。
異端者として山の民の仲間から迫害され、一族が生存の瀬戸際まで追い詰められた状況を改善するだけでなく、山の民を統べる地位を得れば、彼からの絶大な信頼を得られると思われる。
俺はワリドの目を真っすぐに見据えて頷き口を開いた。
「策はすでに私の頭の中にありますよ。ワリド殿たちゴシュート族の協力が得られるなら成功率はかなり高いですね」
「われらの力?」
「ええ、ゴシュート族の力です。ですが、これより先を話すにはエルウィン家を信じてもらうことが条件となりますが」
「わしらが生き残るため、エルウィン家を頼れと言うのか。それでは山の民の中立性が……消えてしまう」
話が堂々巡りになりそうだったので、ワリドにそっと耳打ちをする。
『どこの勢力も表と裏の顔が存在しますよ。もちろん、山の民にもそれが存在してもいいはずです』
俺が耳打ちすると、ワリドはハッとした顔をする。
頭は悪くない男であるため、こちらの言った意味をすぐに理解したようだ。
「表と裏……つまり、わしが山の民の裏側を仕切ることにすれば、表向き中立性を保ったままでいられる策があると言うのか」
問いに頷き返したことで、興味を持ったワリドは大きく身体を乗り出してくる。
どうやら狙った獲物が釣れたようだ。
「私の話をお聞きになりますか?」
「ああ、よかろう。ぜひ聞かせてもらいたい」
「策を話す前に、確認したいことがありますが、お聞きしてもよいですか?」
「こうなれば包み隠さずにアルベルト殿に話す。なんでも聞いてくれ」
「では、今ゴシュート族に起こっている問題を確認させてもらいます。最近、山の民の間で流行している『勇者の剣』といざこざがあり、『勇者の剣』がゴシュート族を異端者扱いして、山の民から爪はじきにしているというのは間違いないですか?」
俺は諜報組織から仕入れていたゴシュート族の問題をワリドに確認する。
「ああ、そうだ。集落の者といざこざを起こした『勇者の剣』の関係者をわしが叩き出したら、代表であるブリーチ・オクスナーの言葉だとして、『異端者』に認定された。わしらは外の情報には敏感だったが、身内の情報には疎かった。『勇者の剣』が、山の民にこれほどまで浸透していたとは思い至らなかったのだ」
諜報組織が掴んできた話に間違いはないか。
となると、『勇者の剣』はいつもの手段で異端者を孤立させているんだろう。
「現時点で『勇者の剣』に指示された他の山の民たちによって、あっという間に異端者ゴシュート族との交流を禁止され、支援もされず、山野での狩猟や採取も制限され、この僻地で孤立状態になっている。これも間違いないですか?」
「恥ずかしながら、アルベルト殿の言う通りだ。この状態があと一週間続けば、われらは食うために誇りと集落を捨てるか、食糧を得るため決死の覚悟で他の集落を襲わねばならん。酒しか出さないんじゃなくて、酒しか出せない状況なのだ」
「そのようなこと、妾でも分かっておるのじゃ。外で見た集落の住民があまりに痩せすぎておる。十分に冬越しできる食糧をえられなかったのじゃろう。すぐに人を派遣して、リゼたんのアルコー家に食い物を取りにくるがよい。妾は痩せた子も好みじゃが、病的に痩せておるのはダメじゃからのぅ。ほどほどに瘦せ型のおなごがよいのじゃ」
女の子を見ていたマリーダも、さすがにワリドたちゴシュート族が追い詰められていたことに気付いていたようだ。
「エルウィン家当主の許可が下りたので、遠慮なく取りにこられるがよろしい。アルコー家には、エルウィン家から十分に食糧支援がされているので、ゴシュート族の分が増えても問題ないはず」
俺はアルコー家の当主であるリゼに確認の視線を送った。
「オレのところは問題ない。スラト城に戻ったらすぐに用意させる」
「本当によいのか?」
「今回の策を実行するにはワリド殿の協力が不可欠なのでね。その協力費の前金みたいなものですよ。だから遠慮なくどうぞ」
「背に腹は代えられぬ。前金として受け取らせてもらうぞ」
山の民は長く独立勢力として国家に依存せず生きてきたため、誇り高い者たちも多いので、施しなんて言葉は使えない。
仕事の前金として食料を支払うという提案にさせてもらった。
おかげで山の民の古参部族として、表向きの中立的立場を貫きたいワリドも、すんなりと折れて食料支援を受け入れてくれた。
ワリドたちには実働部隊として謀略の手伝いをしてもらうつもりなので、すきっ腹で動けないという事態は避けられたようだ。
「それで、アルベルト殿の策はどのような?」
俺はワリドを手招きすると、すでに組み上げている策の全容を耳打ちする。
策を聞き終えたワリドの顔は紅潮し、聞く前とは違って尊敬の念がこもる瞳をこちらに向けた。
「さすがアレクサ王国で叡智の至宝と呼ばれたアルベルト殿だ。この策ならきっと問題を解決してくれるだけでなく、ゴシュート族は窮地を脱し、わしが山の民を束ねることもできるだろう!」
「策が不発で問題が解決できなかった場合でも、ゴシュート族にはエルウィン家の領内に住むべき場所を提供することを約束しますよ」
俺が差し出した手を、ワリドはためらいもなく握り返した。
「アルベルト殿の完璧な策と、わしらゴシュート族が実務を担うのだ。失敗などありえぬ話」
策を聞いたワリドもこの謀略の成功を確信してくれているようだ。
これなら、失敗することはないと思われる。
「話し合いは終わったようじゃな。ワリド、アルベルトの策が成功し、お主が山の民の代表者になったあかつきには、とびきりの美女を女官として差し出すのじゃぞ。あと、この酒は毎年アシュレイ城に届けよ」
「承知した。アルベルト殿の策が成功し、わしが山の民の代表者になったあかつきには、わが一族の血を引く美女と酒をエルウィン家に献上することを誓おう」
「とびきりの美女と美味い酒を期待しておるのじゃ」
一族の血を引く美女を献上か。
つまり、山の民の代表となってもワリドのゴシュート族はエルウィン家とともに歩むという意思表示をしてくれたようだ。
「私たちと手を結べば悪いようにはしない。知的労働ができる有能な人材は大好きなんだ」
「うむ、ならばわしらの力をアルベルト殿たちに見せて、さらに高く評価してもらうとしよう」
ゴシュート族のワリドの協力を得た俺は、山の民の中で暗躍する『勇者の剣』壊滅作戦を開始することにした。
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