第二一二話 息子は俺よりも厳しい


 徹夜で子作りに励み、風呂でさっぱりとした後、朝食を済ませた俺とマリーダのもとに、ブレストたちが新年の挨拶をしに来訪した。



「今年もよろしく頼むぞ! ワシはいくさだけさせてもらえば、満足だから―――」



 挨拶に来たブレストは、朝っぱらから酒の匂いを漂わせている。



 平時なら特別反省室行きの大失態だが、今は新年の休暇中であるため、咎めることはできないが――。



 ブレストは、嫁のフレイに耳を引っ張られて怒られている。



「あんたの稼ぎが悪いと、この子がご飯を食べられないでしょうがっ! ちゃんとしっかり仕事して、お金稼いでくるのよ!」



 ブレストの家には、新たに子供ができていた。



 武具購入の借金問題が発覚した時、宥めすかすのと一緒に子作りに励んだら、見事にできた次男ユベールだ。



 長男ラトールとは年の離れた弟になるが、すでにラトールは一家を立てて独立しているため、ブレストの家を継ぐのはたぶん次男のユベールだろう。



 フレイもいい歳なはずだけど、まだまだ元気なようで、旦那を尻に敷いて家の切り盛りを行っている女傑だった。



「ワシだって頑張っておるのだぞ。ほら、最近は役職給も付いて、家計には余裕があるだろう?」



「ないわね。どこかの誰かさんが喧嘩して物を壊すから、給金から引かれるし、知らない武具が購入されてるし、最近は部下たちも増えたのよ。どこに蓄える余裕があると?」



「あるよな? アルベルト?」



 チラリとブレストが救いを求める視線を求めるが、俺は首を振る。



「ほらね。アルベルトだって、私の言い分を認めてる。だから、お小遣いは当分なし!」



 たぶん、けっこうカツカツかと思う。



 普通ならかなりの収入なんだけど、聞いてる限り、ブレストの金遣いは荒い。



 フレイが頑張ってやりくりしてくれてるから、家老としての面目が立っていると、俺も思っているところだ。



「ははっ! だっせーな! 親父! そのままだと、お袋に絞殺されるぞ! 武具に使う金を減らせばいいだろー! その分、オレが――」



 両親の夫婦喧嘩を聞いて、隣で笑いを堪えていたラトールであったが、自身の耳もまた嫁のアイリアに引っ張られていた。



「ラトール様も同じです。去年はなんとかやりくりしましたが、わたくしが渡す毎月のお小遣いを超える請求書が来るのはなぜでしょうか? お答え願えますか?」



「違う、違うって! あれは、いくさで必要だったから買っただけだぞ! 必要な経費だ! 経費!」



「お義母様から聞いた話では、お義父様と武具を買い漁った際の物だとか。だとしたら、前借されたことにしておきますので、半年はお小遣いなしになります」



「うっそだろ! アイリア、マジで嘘だって言ってくれよ! 半年もお小遣いもないなんて生きていけねぇって! ほら、オレも家老になったわけだしさ」



 今年、正式な結婚を予定しているラトールと嫁のアイリアだが、すでにこちらも嫁の尻に敷かれているようだ。



「ラトール、アイリアを怒らせると怖いぞ。諦めて受け入れろ」



「うひひひ! ラトールも叔父上もざまぁなのじゃ!! 妾みたいにきちんとお金を考えて――」



「ちなみにマリーダ様がこっそりと買い入れようとしていた武具は、みんなご返却させてもらいましたからね。明らかに当主の生活費を超える額の購入品でしたので」



 指を差して2人を笑っていた嫁が、慌ててこちらに振り返る。



「なんじゃと! アレは掘り出し物であって、エルウィン家の家宝とするべき品じゃぞ! なぜ、購入が許されぬのじゃーー!」



「エルウィン家の家宝だと言えば、購入できると思われますな。予算というものがあります。それともお小遣いなしがよろしいですかな?」



「きひぃいい! 嫌じゃ! 嫌じゃ! お小遣いがなくなるなんて耐えられぬのじゃ!」



「では、諦めてくださいませ」



 マリーダも隙あらば、城下の武具職人たちが作る高品質の武具を購入しようとするので、財務担当のミレビス君に頼んで目を光らせてもらっている。



 いいやつは、貴族家への贈答用であって、実用品にしない。



 だいたい、マリーダたちなら、ただの鉄棒ですら敵兵にとっての最悪の凶器になる戦闘力。



 何度も、安価な鉄の棒か、鉄塊みたいな武骨な大剣を使うように助言しているのだが、鬼人族の武具に対する神経質さによって受け入れてもらえないでいる。



 各個人の自費購入で持参するいくさ道具に関しては、俺の口の出せる領域は狭く、借金だけはしないよう厳しい通達はしているが、今のところ競馬事業ともに効果はあまりない。



 鬼人族の戦士たちに金を持たせると、武具に消えるか、賭け事に消える。



 独身はどうとでもなるが、家族持ちの場合、問題は深刻だな。



「母上、ブレスト大叔父、ラトール殿、ユベールが路頭に迷ってしまいますので、武具の購入はほどほどに! 法度にも、武具購入費で借財をせぬよう厳命してあったはず。御三方とも、まさか借財などは――」



 ユベールを抱いてあやしていたアレウスの視線に晒された3人が固まる。



 まぁ、アレウスには内緒にしてるが、マリーダの場合、額が額なので借財している場合もあった。



 でも、俺も嫁ちゃんにはわりと甘いので、自己資産から補填してあげる時もある。



 なので、ないと言ったらないのだが――。



「アレウス、当主として鬼人族の模範にならねばならぬ母が武具を買うため借財などするわけなかろう。のぅ、叔父上」



「あ、ああ! するわけなかろう! ちゃんと俸給の範囲内で買っておるぞ! なっ! ラトール!」



「当たり前だろ! 借財なんてするわけが――」



 3人の釈明を聞いたアレウスの視線が、こちらを向いた。



 釈明が本当なのかどうかを確かめているらしい。



 俺は肩竦めるだけにしておいたが、アイリアとフレイは首を振った。



「これは由々しき事態。ユーリがスラト領から戻ったら、早急に法度に照らし合わせ、実状を把握せねばならないようだ!」



「アレウス! 妾は借財なぞ――」



「そうだ! ワシも借財なぞ――」



「オレもしてねぇ――」



 うんうん、ヤル気漲る次期当主様だねぇい。



 ブレーンのユーリたんは、それはもう厳格な法度信者だから、バレたらそれはもう厳しい裁定が下るだろうなぁ。



 子供たちに運用を任せているし、裁定に妥当性がなければ、俺が却下するだけなのでやらせてあげるとしよう。



 そろそろ、鬼人族や人族の子供たちから能力の高い者を見つけ、アレウスの近侍として採用する頃合いかなー。



 領地を持ったら、守役はアレックス君付けておくか。



 今も兵学や指揮の指導はアレックス君が担当してるわけだし、そのままスライドで守役やってもらおう。



 当主を交代しても、エルウィン家の近衛兵はマリーダ専属兵って扱いにするつもりだし、アレウスには大軍の指揮に専念してもらいたい。



 それからマリーダたちは釈明を続けたが、逆効果であり、新年のお休みが終わった後に、現状の把握のための調査が、アレウスによって宣告された。



 アレウスは鬼人族に対し、少し厳しめではあるが、歴代のエルウィン当主がなあなあで許してきた部分を俺以上に改めてくれる逸材になってくれるだろう。

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