第二一三話 仕事始めからスローライフに黄信号


 新年の休みが明け、仕事始めの日がやってきた。



 里帰り組で何名か戻って来てない者もいるが、主だった家臣たちが大広間に顔を連ねている。



 やはり毎年のごとく、だらけた空気が漂っていた。



「アレウス、エルウィン家家訓唱和を頼む」



 今年初めて、新年の仕事始め式に参加したアレウスたんが、表情をキリっと引き締めると、居並ぶ家臣の前に出た。



 次期当主であることは周知の事実ではあるが、新来の家臣たちに顔見せの意味も込めて、唱和を担当してもらっている。



「では、一緒にご唱和ください。思慮深く、物事を考えて行動します!」



 堂々とした態度とよく通る声で喋ったアレウスたんに続き、家臣たちが家訓を唱和する。



 だらけた空気が一変し、皆の顔が一気にお仕事モードに切り替わった。



「続いてマリーダ様より、今年の方針がお伝えください」



 マリーダは、いつものごとく、仕事始め式をめんどくさがるかと思ったが、初参加するアレウスの視線が気になったのか、今年は駄々をこねずに参加をして、ジッと座っていた。



 名を呼ばれたマリーダが、当主の椅子から立ち上がると、重々しい雰囲気をまとい、周囲を威圧するような視線を向ける。



 新参の家臣たちは、そのマリーダの姿に畏怖を覚えたのか、震える者が幾名か見られた。



 地上最強の戦士、鬼のエルウィンの当主、鮮血姫といった異名を持つマリーダは、美しい見た目とはかけ離れた凶暴性を持つ。



 気の弱い者なら、マリーダの視線だけでショック死することもあるかもしれない。



 覇気をまとったマリーダが厳かに今年の方針に関して口を開いた。



 今年の方針に関しては、内政重視で行うと事前にレクチャーしてあるため、マリーダもそれに沿った挨拶をしてくれるはずだ。 



「この数年、いくさでの武功を挙げ、エルウィン家は大きく領地を増やし、辺境伯家にまで出世した。これはひとえに武官たちの働きのおかげであるのじゃ」



 ブレストを始めとした武官たちが一斉に頭を下げた。



 エルウィンの武は、鬼人族を始めとした戦闘職人たる武官たちの働きであることは間違いではない。



 エランシア帝国内でも、常備兵として武官を1000名以上雇っている貴族家はほとんどない。



 武官の数をこれほど揃えているのは、皇家や大公家くらいであり、辺境伯家では明らかに家臣の数が多すぎる。



 ステファンですら、常備兵として雇っている武官の数は500名程度であり、あとは領地持ちの家臣が動員する私兵や農兵で戦力を賄っているのだ。



 常備軍としていつでも動員できる兵によって、いくさの時期に囚われることがないエルウィン家は数々の武功を挙げることができた。



 まぁ、めちゃくちゃ金かかってるけどね!



 それに、武官の質も異常に高い。



 いくさのためだけに特化した能力を持つ鬼人族を始め、採用している武官たちは人族でも亜人種でも優れた一芸を持つ者たちばかりだ。



 同数の兵力ならまずは負けないし、農兵を含んだ軍であれば10倍程度の兵数の差があっても撃破はたやすい戦闘力を持つ。



 最強の戦闘集団、それがエルウィン軍だった。



「そして領内には富や食糧が溢れ、領民たちが安楽に暮らし、租税はきちんと納められたことで、兵は整いつつあり、馬や武具もよいものが揃いつつある。こちらに関しては文官たちの日々の奮闘の成果であることを妾は知っておるのじゃ」



 イレーナを始めとした文官たちも一斉に頭を下げた。



 鬼人族歴代当主の内政無能による借金まみれ、いくさのたび強制徴収、領民たちは徴税を誤魔化し自治を行い私腹を肥やす者多数。



 財政崩壊まっしぐらだったエルウィン家の財政を立て直し、度量衡を統一し、人口を増やし、産業を発展させ、商圏を拡大し、エランシア帝国内でもトップクラスの稼ぐ貴族家となった。



 俺も頑張ったが、イレーナやミレビス君など、文官たちの影の奮闘があったからこそ到達できたことだ。



 豊富な資金のおかげで、膨大な人件費や軍事費などを賄えているところもあるので、今後もどんどんと領内開発は続けていきたいと思っている。



 領内の内政に関しては、優秀な文官たちのおかげで、委任ができるようになり、俺の負担は減った。



 ただ、それ以外の仕事が激増してて、トータルでは増加してるわけだが、初期の文官一人時代を思えば、まだマシと思いたい。



「文武ともに家臣たちが頑張ってくれているため、エルウィン家の今の隆盛があるのじゃ。なので、妾としては家臣たちの頑張りに対し、さらなる褒賞を授けられるよう今年は、さらに高みを目指すのじゃ! 兄様に敵対する国は全部滅ぼし、大陸を統一し、エランシア帝国の領土を地の果てまでと言わしめようぞっ!」



 はぁ!? ちょっとマリーダさん! 俺のレクチャーした内容と全く違うこと言ってますよね!?



 大陸統一とか、エランシア帝国の領土を地の果てまでとか、聞いてないっすよ!



 いやいや、戦火を拡大させすぎでしょ! 南と東の国境を安定させ、黒虎将軍やロアレス帝国が手を出せない態勢を整え、さぁ内政頑張ろうって言いましたよね! 俺!



「「「「御意!」」」」



 頭を下げていた家臣たちが一斉に、マリーダに対して拝礼をした。



 御意じゃねぇーーーーっ! 違う、違う! 今年はまったりスローライフするのっ! するんだったら、するの!



「んんっ! マリーダ様! 事実の誤認があるようですので、訂正を行いたいのですがよろしいで・す・かっ!」



「なぜじゃ! 我がエルウィン家は常に戦いに備え、いくさがあれば得物を担いで参戦するのが当たり前じゃぞ!」



 それは知ってますけ・ど・ねっ! 違うんです! 今年は子供たちとか、マリーダ様とか側室たちとキャッキャウフフしたいんですっ! 俺は!



「大陸統一という大事業は、魔王陛下のお考えになることで、一家臣である我がエルウィン家が不遜にも口にすることではありません!」



 俺の言葉を聞いたマリーダが目を閉じて、腕組みをする。



 しばらくして、パッと目を見開く。



「ならば、ロアレス帝国をぶっ潰すのじゃ! これならば、南方を任された我がエルウィン家の許される範囲なのじゃろ?」



 許されてますけどー! うちだけで滅ぼすとか無理ー!



 スローライフしよう! スローライフ!



「んんっ! マリーダ様、いいですか。ロアレス帝国は巨大な国家です。我が家だけでは到底太刀打ちはできません。ですから、今年は内政を充実させ、さらなる戦力を養う時と申したはずで・す・よ・ねっ!」



「それじゃと、いくさができぬ。先年のいくさもたいしたことをしておらぬじゃ、ここらでパーッと大いくさを――」



「ダメです! 今年は内政で領内を整える時期! 執政官として、大いくさなど断じて認められません!」



「いくさがしたいー! いくさがしたいのじゃー! いくさー!」



「アルベルト、ワシらはいつでも準備万端だぞー! いくさは任せろ!」



「そうだぜ! いくさしねえと腕が鈍る!」



「そうですね。人を斬らないと感覚が鈍る」



「この前のいくさでようやく掴みかけてるんだが、どこか試しに壊していい城門とかないか」



 マリーダの駄々に釣られて、脳筋四天王も騒ぎ始める。



 このままだと収拾がつかなくなると思われるので、俺は最後の切り札を切った。



「今年は帝都でエランシア帝国大武闘大会が六年ぶりに開催されます。そのための代表選考会を今月に行う予定をしておりますが――。いくさと騒ぐ人には参加権を剥奪させてもらいま――」



「なんじゃとーーーっ! ついに開催か! 延期された時はどうなることかと思っておったが、これは仕事始め式などしておる場合ではないのじゃ! カルアたん! すぐに鍛錬を始めるのじゃ! 当主の言葉は終わり! 皆、解散せよ!」



 脳筋オリンピック開催を知ったマリーダを始め、武官たちはいっせいに中庭に飛び出し、そわそわと自主練を始めた。



 これだから、脳筋たちは―――扱いやすい。



 これで、本番までは大人しくしてくれると思いたい。



 武官たちが立ち去る姿をぽかんと見ていた文官たちに声をかける。



「さて、文官は今年もさらなる領内発展に向け、職務に精励するように! 以上、仕事始め式終わり!」



「「「御意」」」



 こうして、また騒がしい一年の幕が開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る