第二一〇話 新年のエルウィン家はちと寂しい
「新年のお休みの間は、いつも騒がしいこの私室も少し寂しいね」
「実家のある人たちは、帰省されますからね。ここに残るのは実家のない人たちくらいですし」
いつもとは違う空気のただよう新年のアシュレイ城の私室で、俺はリシェールを相手に遅い朝食をとっていた。
「残ってるのは?」
「あたしと、カラン様、カルアさん、それクラリスくらいですね」
「そっか、そりゃあ少ないはずだ」
「リゼ様はユーリ様を連れて、アルコー家のスラト領へ帰省され、家臣の挨拶回りですし、リュミナスちゃんはアレスティナ様を連れ、ゴシュート族の実家に戻られ、山の民の族長たちの集会に参加してますし、イレーナさんはアスク様を連れ、城下のご実家に戻られ、商人たちの年始の懇親会に参加されてます」
「フリン、エミル、アレクシアも実家に帰ってるんだよね?」
「フリンは開拓村の者たちのところへ帰省してます。エミルもラルブデリン領にいる母親のもとへ帰省、アレクシア様もヴァンドラのご実家に帰省されております」
これだけ実家に帰ってる組がいたら寂しくはなるか……。
まぁ、でも彼女たちの実家の力はエルウィン家繁栄のため必要だし、年に一度くらいは、実家の家族に顔を見せてあげた方がいいはずだ。
「アルベルトぉー! アレウスが妾に厳しいのじゃー! 苛められておる! どうにかしてくれなのじゃ!」
「母上! さきほど、カランとカルアとクラリスに対して、同意を得てないせくはら行為を現認しました! 懲罰の対象です!」
デスノートと化した懲罰簿を持ったアレウスに追われたマリーダが、私室に飛び込んできた。
帝国暦二六一年末に生まれたアレウスも、かぞえ八歳になる。
体格は鬼人族の特性を引き継ぎ、青年にも見えるしっかりとした姿となり、武芸の腕はすでに俺を超えつつある。
俺の教育方針よかったのか、母親の違う兄弟にも優しく、次男ユーリはアレウスに心酔し、不思議系長女アレスティナもアレウスの言うことはよく聞くらしいし、三男アスクのオムツ替えも手伝っているのだ。
マジイケメンすぎて、我が息子ながら眩しすぎる!
それにエルウィン家も当主マリーダが辺境伯となったことで、エランシア帝国の人族の貴族たちから縁談の話もいろいろと舞い込んでいるが――。
アレウスの正室は鬼人族の娘と決めている。
エルウィン家の嫡流であるため、アレウスの子は鬼人族であることが望ましいからだ。
種族差別だって言われるかもしれないが、ヒックス家のお家騒動を見てると、他種族の相続者が生まれるリスクは避けた方がいい。
後継者であることを示すため、数え一〇歳になったおりには、アシュレイ領内の農村をいくつかアレウスに与え、子爵として取り立てるつもりだ。
その際、傍付きの女官として正室候補の鬼人族の娘を近侍させるため、候補者の選定作業を進めている。
アレウスの将来について考えていたら、マリーダが俺に抱き着いてきた。
「アルベルト、助けて欲しいのじゃ。妾は新年早々、あの部屋には行きとうないのじゃ!」
「ふぅー、仕方ありませんね。アレウス、母上もわざとではないので許すことはできぬか?」
「はぅうう! アルベルト、妾のためにとりなしてくれるのか! しゅきぃいいいっ!」
「父上は、母上に甘すぎるところがあります。セクハラを受けた者が母の愛妾であると理解はしておりますが、法度には同意を得ることと書かれております。法度を曲げて運用すれば、形骸化してしまいます。私も初犯であれば厳しくはいたしませぬが、常習者である母上には厳しさを持って当たらねばならないのです!」
ふむ、アレウスたんの言い分は正論だ。
正論すぎて、一ミリも反論する余地もない。
法度は正しく運用されねばならないし、アレウスは何度もマリーダの恩情措置を取ったが、素行が改まらないので強硬措置を取ったと言われたら言い返す言葉がない。
「マリーダ様、すみません。アレウスの言い分に対し、反論の余地がありませんでした。諦めてください」
「きひぃいいいっ! アルベルト、それはないのじゃぁああああっ!」
「さぁ、母上、諦めてください」
「ひぃ! 嫌じゃ! 妾は逃げるのじゃ!」
俺に抱き着いていたマリーダは、脱兎ごとく私室から逃げ出していった。
「母上! 逃げるとは卑怯ですぞ! 大人しく自首してください!」
逃げ出したマリーダを追って、アレウスも私室を飛び出していく。
ちょっとだけいつもの騒がしさが戻ってきた。
「マリーダ様もアレウス様には勝てませんね。アルベルト様の知とマリーダ様の武を引き継いだ御子なだけはあります」
メイド長でもあるリシェールが感心したように頷いた。
「私の身に、もし何かあった時は、ワリドとともにアレウスを盛り立ててやってくれ」
「アルベルト様、まだ老け込む歳ではありませんよ」
「ああ、そうだった。私もまだ二〇代だったね。忘れていたよ」
「ですよ。でも、あたしもそろそろ適齢期を超えつつあるので、子どもが欲しいですし、今年はゆっくりされるとのことなので、夜はこれまで以上に頑張れますよね?」
リシェールが意味深な笑みを浮かべて、こちらを見てくる。
まぁ、今年は例年以上に頑張るつもりです。
そのために去年も一昨年も一生懸命に働きました! 子供たちに分け与える富や領地も増やした!
だから、今年頑張って側室全員に子供ができたら、俺の大勝利ってことでいいよね。
リュミナスの特製ドリンクを樽買いしとかないと。
「ああ、任せてくれ。今年はじっくり時間を取れる予定だから、リシェールも覚悟しておいてくれ」
「ええ、お任せください。お子様たちの目が気にならないよう、夜のお勤めのための別室を増築してもらいました。防諜も完璧です」
「別室?」
「ええ、大人用の浴室の奥に増築させてもらいました。今から見ますか?」
「ああ、見せてくれるか?」
「承知しました。では、こちらです」
食事もそこそこに、リシェールに先導され、浴室へと移動する。
子供たちも入る浅めの浴槽の奥にある扉を開けると、大人だけが使える深めの浴槽がある浴室になっている。
ここでマリーダたちや側室とえっちしたりしてる時もあるし、入浴がてらエミルに疲れを癒してもらってる時もある場所だが――。
昨年はゴンドトルーネ連合機構国への遠征もあり、その余波で年末も書類仕事が忙しくて浴室を使う暇もなかった。
久しぶりに来たけど、この扉は――。
大人用浴室の奥に、いつの間にか新たな扉が作られていた。
「この奥が、夜のお勤め用の部屋となっております」
リシェールがカギを使って扉を開けると、窓のない廊下が続いており、その先にまた扉があった。
突き当りまで進み、再びリシェールが扉を開ける。
部屋は通風用の換気口がいくつかあるだけで、窓は一切なく、明かりはロウソクのみを使い、石積みの壁で仕切られた広めの部屋だった。
中央に豪華で大きなベッドが一つとサイドテーブルだけ置かれ、床にふかふかのカーペットが敷き詰められた以外、あとの調度品は一切ない。
「大きな声を出しても外に漏れませんし、天井裏に忍び込まれることもありません。お子様たちも自由には近づけませんし、安心して子作りに励める場所です。あと、こちらの壁を押せば――」
リシェールが何もない壁を押すと、音とともに壁が動いた。
「このようにすぐに本来の寝室に移動できます。もちろん、寝室側からも移動できるようにしてあります」
「ふむ、これはすごいが……予算はどこから?」
「マルジェ商会の利益からです。諜報費用とは別に、アルベルト様の個人資産として取り分けている資産が貯まっておりましたので、イレーナさんの許可を取り、そちらから使わせてもらいましたが、マズかったですか?」
「いや、問題ない。素晴らしい部屋だ。ここなら、子供たちの襲来を気にせず子作りに励める。いい仕事をしてくれた」
「では、今からお試しになってみますか?」
リシェールが意味深な笑みを浮かべる。
その笑みの意味は簡単に理解できた。
「そうだね。試してみるとしようか」
「承知しました。すぐに準備を」
リシェールは着ていた服を脱ぐと、ベッドに向かう。
俺も彼女の後に続き、この部屋の使い心地を試すことにした。
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