第二〇八話 舐めプしてました!
帝国歴二六八年 瑠璃月(一二月)
『ただいま』と、帰ってきたら、仕事漬け。
アルベルト・フォン・エルウィン、心の俳句。
はい、お仕事が深夜に及んで、テンション振り切れた俺の現実逃避が酷い。
「妾は、遠征前にあれほど一生懸命に仕事をしていったのに、なぜ、こんな時間まで印章押しなのじゃぁ~! 納得いかぬぅ!」
「マリーダ様、こちら追加です。よろしくお願いしますねー」
「きひぃいい! 納得いかぬぅーーーーっ!」
えぐえぐと涙を流しながらも手を止めないのは偉いぞ! その調子で頑張れば、きっと年末を穏やかに迎えられるはず。
はずだよね?
チラリと隣に立つイレーナの眉間の皺を確認する。
深い! 深すぎる! 皺がバッチリ見えている!?
なんで、こうなった……。
人事改革で、執政府を立ち上げ、内政に関してはイレーナたち文官の管轄の仕事になったはずなのに!
どうして、こんなに俺の決裁を要する書類が大量に!?
俺は眉間に深い皺をこしらえて、腕を組み仁王立ちしている執政官秘書であり、次席執政官でもあるイレーナに恐る恐る確認する。
「イレーナ、妙に私の仕事が多いの? こんなにあるのはなぜだ? エルウィン家の内政政策に関しては一任してあるはずだが」
エルウィン家の内政政策は、年度計画書を出してもらっており、俺が精査して許可を出してるため、こんなに仕事量が増えるわけがない。
災害とかの報告もなかったし、緊急性の高い施策もなかったので、文官たちが処理をしている以上、こんな積み上がることはないのだ。
「そうですね。『エルウィン家の内政』に関しては、アルベルト様よりご一任して頂き、本年分はほぼ終わっております。ですが――」
眉間に深い皺を宿したイレーナは、書類の山に付いている付箋を指差した。
山の民関係の陳情書、軍事同盟を果たしたゴランの統治するアレクサ王国との貿易関係書類、ロダ神聖部族同盟国絡みの仲裁と支援策の書類、そして謀略絡みの決裁といった付箋が見えた。
身に覚えがありすぎた……。
やってました。やらかしてましたよ。
そう言えば、イレーナたちに一任したのは『エルウィン家に関する内政政策』で、俺が行う謀略や属国や友好勢力絡みの案件は俺の決裁が必要だった。
忘れてたわけじゃないけど、エルウィン家の内政に関する決裁がなくなれば、余裕で処理できるっしょって思ってた年初の自分がいました。
舐めプもいいところですよっ! 今から年初に戻って、ぐーぱんで殴ってやりたいくらいです。
おかげで塵が積もって、大惨事を引き起こし、遭難しかけてる!
策士、策に溺れるじゃなくて、策士、仕事に溺れる。
ってーか、マジで仕事を減らそうとしてるのに、勝手に増えていくのどうにかして欲しい。
おかげでアレウスたんやユーリたん、アレスティアナたんやアレクたんとも遊べないのだ。
「なんでこうなってるか、思い出しました。仕事、ガンバリマス」
「思い出して頂けて助かります。外交や他勢力の案件はわたくしで対処できかねるものが多いので、アルベルト様のお仕事を減らせず申し訳ありません」
自分が作り出した仕事を思い出し、視界が涙で滲むが、再び気を取り直し仕事にとりかかる。
「そう言えば、こちらはどうされます?」
イレーナが差し出したのは、ゴンドトルーネ連合機構国民の捕虜たちの処遇についてだ。
今のところまだトクンダ地方の収容所に預かってもらっているが、そろそろ処遇を決めなければならない時期だった。
「まず、畜産技術者と農産技術者は好待遇の条件を提示して確保したい。もとの暮らしよりも好待遇を約束するんだ。こちらに積極的に協力すれば、ビックファーム領の牧場や開拓村での地位を与える」
イレーナが書類に俺の言葉を書き込んでいく。
「協力しない者はどうします?」
「拒否した者は国内外の人買いに売るしかあるまい。技術者はどこも欲しいので高く買ってくれるはずだ。あと、反抗的な者も売る。領内に無駄に敵意の高い者は起きたくないしね」
領内はエルウィン家の統治を受け入れてくれる者たちだけにしておきたい。
アレクサから移ってきた村人たちもすでに開拓村に定着し、納税をしてくれる良い領民になったし、ゴンドトルーネ連合機構国民も反抗的ではない者は受け入れるつもりだ。
まぁ、うちが散々悪さしまくったから、エルウィン家の旗みただけでブルっちゃうかもしれないけど、希望する者は受け入れる。
うちの領地は、エランシア帝国内でも税の軽さはトップクラスだからねー。
エルウィン家はホワイト国家を目指しているので、納税者に優しい領地を目指してます。
「承知しました。領内に受け入れる者の選別は、ワリド様達に任せて問題ありませんか?」
「ああ、アレクサ国民受け入れでも実績あるし、ワリドたちの目を欺ける密偵は少ないはずさ」
「では、そのようにご依頼しておきます」
捕虜はうちの自由にしていいと総大将のヨアヒムから許可してもらっている。
収容所には6000名ほどいて、飯代も馬鹿にならないので、遠征費の補填の意味も込めて、早めに選別をお願いしたい。
実際、領内に受け入れるのは半分の2000名ほどいればいいところかな。
「あと、こちらはどうしましょうか?」
ヨアヒム殿から確約してもらった鉄鉱石の購入枠拡大の件か。
鉄鉱石は鉄を作るためにいくらでも欲しい。
今回の遠征は実質タダ働きなので、稼ぎのもとになる鉄鉱石はしっかりと買わせてもらいたい。
もちろんノット家の利益も考えないといけないので、無償労働力という名の捕虜を送り込ませてもらうし、その者たちの食事はうちが面倒を見るつもりだ。
「とりあえず拡大してもらった限度枠で買い。その代わりにノット家に管理してもらっている鉱山にいる捕虜の食糧支援を拡大させてもらうつもりだ。そのように先方に伝えてくれ」
「承知しました。リシェール様、マルジェ商会を通じてノット家の担当者に連絡お願いします」
「はいはい、やっときますー! マリーダ様! 泣いても仕事は減りませんよ! 遠征前はやればできたではないですか! あたしが戻ってくるまでに10枚よろしくお願いしますね」
「嫌じゃあああああっ! 妾はもう寝たいのじゃ! まぶたが重くて起きておられぬぅーー!」
リシェールが指をパチンと鳴らすと、見覚えのある警護役の者たちが姿を現した。
手には山の民特製の眠気を飛ばす、例のヤバい飲み薬が握られている。
「ひぐぅううっ! そ、それは嫌じゃ! やめるのじゃ! それだけは許してくれなのじゃ! はぁー! 眠気は飛んだのじゃー! お仕事、お仕事楽しいのじゃぁああああっ!」
脳が飛ぶヤツは、できれば俺もご遠慮したい。
マリーダもその薬のヤバさを体感しているため、泣き笑いの顔で印章押しを再開する。
リシェール、恐ろしい子。
「アルベルト様は、これを御入用ですか?」
リシェール、天使のような笑顔で飛ぶ薬を勧めるのはやめてほしい。
俺はそっこうで首を振って、拒否をする。
「残念ですね。必要になったらすぐに言ってください。リュミナスちゃんからいっぱい預かっていますので」
リシェールはそれだけ言うと、ノット家に走ってもらう使者を出すため。執務室から出ていった。
「ふぅー、あぶねぇ。脳を飛ばされるところだった」
「んんっ! アルベルト様、脳が飛ぶ前にお仕事終えてくださいね」
隣に立つイレーナの眉間の皺も深いし、お仕事頑張らないと、来年の日の出はみられないかもしれない。
こうして俺は、年初の舐めプ目算した自分を呪いながら、山積みの書類を徹夜で片付けることになった。
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更新遅くなりした。
コミカライズのコミックス2巻も、10月半ば頃の発売ですので、WEB版、書籍版ともども応援よろしくお願いします!!
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