第二〇七話 罠に落ちる風見鶏
帝国歴二六八年 黄玉月(一一月)
月が替わり、ビシャ地方に作った野戦陣地にヒックス家のローソンの軍が来援した。
その数7500。
全軍ではないが、当主直卒でそこそこの数を揃えて、お越し頂いている。
事前に俺たちが綺麗に国境付近の敵を撃滅してるため、スムーズに来援できたようだ。
「援軍に来ていただきありがとうございます」
「皇家としての責務を果たすべく来援したまで。だが、このいくさはすでに大勢は決しておるであろう?」
まぁ、ゴンドトルーネ連合機構国は三つに割れ、内乱の種をばら撒かれ、トクンダ地方はすでに失い、ビシャ地方も失いつつある。
ローソンが言った通り、戦争目標はほぼ達成された状態だ。
ただ一つ、魔王陛下の望む、ヒックス家の骨肉の争いを除いては――。
「ですが、敵もまだ兵を有しております。このまま、新たに手に入れた土地をしっかり治められるよう、引き続き警備活動にご協力ください」
「ふむ」
ローソンは明らかにやる気がないようで、適当な相槌を返してきた。
母親にガミガミ言われて、参戦したいくさだし、正直出兵費用がもったいないと思ってるんだろう。
「魔王陛下よりお預かりした書状はこちらです。ローソン殿への引き渡しを約束された領地が書かれておりますので、お改めください」
ローソンと同格の家柄である皇家のヨアヒムが、援軍の褒美として下賜される領土を書き記した魔王陛下からの書状を差し出した。
受け取ったローソンが、書状を開き、中身に目を落とす。
読み進めていくと、顔色が変化していく。
譲渡のされる領土は、ビシャ地方で、しかもうちが完全に荒らし終わったところだからだ。
「ヨアヒム殿! ビシャ地方のみしか譲渡される領土がないがっ!」
「ええ、そうなります……」
「これでは、我が家は空の領土を得たにすぎん!」
「ですが、この取り決めは陛下の直截でして……」
申し訳なさそうにヨアヒムが謝っているが、彼もこの策略に一枚噛んでいるため、こうなることは事前に知っている。
意外と役者だな……。
さすが俺の弟子。
「ローソン殿……陛下のご意向を無視するのは得策ではありませんぞ……。ここは、形だけでも受領して、お礼を申し上げた方が」
ステファンもすかさず、ヨアヒムをフォローする。
赤熊髭と一緒に調子に乗って、魔王陛下をちくちくしてた前科をほじくりかえすとは。
義兄も意地が悪い。
譲渡案に不満を示せば、魔王陛下に再び睨まれ、身を慎んで大人しくしてた意味がなくなる。
だから、ローソンには受け取らない選択肢はなかった。
「…………ふぅー。そうであったな。ヨアヒム殿、ありがたく頂戴することにしよう。陛下にはローソンが喜んでいたとお伝えくだされ」
いやー、あの長い無言と吐き出した息。
相当、ぶちまけたい怒りを飲み込んでるでしょ。
でもさすが、風見鶏と言われるだけあって、状況を読んで、今は魔王陛下の不興を買うのは利にならないと判断したようだ。
「では、たしかにビシャ地方の4領地はヒックス家に譲渡いたしました。譲渡した領土の防衛は、これより北部守護ヒックス家の担当ということで問題はありませんでしょうか?」
「ああ、我が家できちんと防衛を行うつもりだ」
ローソンは表情には出さないが、出兵に対し、後悔を感じている様子だった。
まぁ、でももっと面倒くさい問題に巻き込まれることになるんだけどね。
さて、ローソンへの引き渡しも無事に終わりそうだし、俺たちは帰ることにするか。
俺がホッとしたところで、天幕に何者かが入ってきた。
見ると、うちの嫁ちゃんだった。
「アルベルト―! そろそろ、妾らは帰るのじゃ! アシュレイ城に帰って祝勝会をするのじゃ!」
問題児筆頭のマリーダは、揉め事になるため、陣の外で待っていたのだが、しびれを切らして天幕に入ってきたようだ。
「おぉ、ローソン殿はやっと来たか。兄様が怒る前に援軍に来てよかったのぅ。妾はいつでもそちらの首を落とせと言われればおと――」
ローソンのギロリとした視線が、マリーダに注がれる。
うちの嫁ちゃんは、人の好き嫌いがはっきりしてるから、嫌いなやつは皇家の人間でも本当にやりかねない。
魔王陛下と俺が抑えてるから、ローソンの首を刎ねないだけで、下手したら前回のフェルクトール王国とのいくさの際、飛ばしていたかもしれないのだ。
俺は手早くマリーダの口を押え、3人に辞去の挨拶を行う。
「ローソン様、ヨアヒム様、ステファン殿、我らエルウィン家は作戦を完遂しましたので、これより一足先に領地へ帰還をさせてもらいます!」
「アルベルト殿、マリーダ殿、援軍ありがとうございました。お礼は後ほどしっかりとさせてもらいます」
「義妹は礼儀のない鬼人族。無礼は平にご容赦を」
マリーダの悪口の後始末は2人に任せ、俺は嫁ちゃんを連れて、早々に領地へ帰還することにした。
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