第二〇六話 嫁ちゃんには甘い
エルウィン家によるビシャ地方の侵攻は、ゴンドトルーネ連合機構国のゴタゴタの中、順調に進み続けている。
すでにヒックス家に譲渡を予定する4つの領地は、無人の城。
捕虜は住民含め2000名ほど捕らえ、トクンダ地方に作られた一時収容施設入り。
収奪した財貨と反抗的な捕虜を売り払えば、帝国金貨1万枚ほどにはなるはずだ。
ちなみに、落とした領地ごとに例のデスノートから名前を消すゲームを実施したが、今のところマリーダの名前だけが残っている。
俺たちは当初の目標を終え、ヒックス家に領地を引き渡すまでの間、野戦陣地を構えて駐屯しているところだ。
夜も更けており、天幕の中では、俺とマリーダとリシェールの3人で夕食を兼ねた酒を酌み交わしている。
「嘘じゃ! 嘘じゃ! 嘘じゃぁああああっ! 妾だけアレウスに裁判にかけられるなどとあり得ぬ!」
酒の入った杯を持つマリーダの手が震え、中身がボタボタと地面にこぼれていく。
嫁ちゃんはかなり頑張ったけど、手心を加えるのが苦手な分、僅差でトップが取れずにいた。
このまま帰還すれば、アレウスの裁判で特別反省室5日あたりを宣告されそうな気配は濃厚である。
「嘘じゃ! 嘘じゃ! これは夢なのじゃ! 酒を飲んで寝れば、なかったことになるはずなのじゃ! リシェール、おやつが足りぬ! おやつを持て!」
「マリーダ様、まことに申し上げにくいのですが、準備されたおやつ代が底を尽きました。ここから先はおやつなしとなります」
リシェールの冷酷な宣言を受けたマリーダの手から酒杯が地面に落ちた。
「馬鹿なっ! 妾が必死になって仕事をして稼いだおやつ代が尽きたじゃと! 嘘じゃああ! あり得ぬ! そんなわけがぁあああ!」
わりと毎日酒を一緒におやつを食ってた気がするので、いい加減尽きてもおかしくない。
侵攻してもうすぐ3か月だしな。
領地の仕事も溜まってきてるだろうし、年末前には帰還して、内政の仕事も手伝わないとイレーナの眉間の皺が取れなくなる。
「嫌じゃぁ、えっぐ、嫌じゃあ、妾は裁判にかけられとうないのじゃぁ! えっぐ、おやつもない、えっぐ」
おやつ切れと裁判への恐怖でマリーダが泣き始めた。
なんだか、とっても悪いことをした気になってしまうが――自業自得なんだよなぁ。
でも、可愛い嫁ちゃんが泣いてるのを放置するわけにもいかないか。
「ふぅ、マリーダ様泣かないでください。もう1つ2つくらいは領地を襲いますので、そこでトップを取って下さ――」
「本当じゃな! 本当にまだやるのじゃな!」
「え、ええ。ヒックス家が領地を受け取りに来るまでは、この地にいますし」
「いやったぁああ! 妾は懲罰簿から名前が消えるのが確定なのじゃ! 今度こそ! 誰にも負けぬ! リシェール! 酒とおやつを持て! 前祝いなのじゃ!」
「来月のお小遣いから差し引きますよ」
「構わぬ! 構わぬのじゃ!」
すっかり元気になったマリーダが、床に落ちていた酒杯を取り上げ、リシェールにおやつを持ってくるよう急かした。
現金な嫁ちゃんだが、そこがまたマリーダの可愛いところだ。
さて、嫁ちゃんのためにも襲う場所を見繕う必要があるが――
リシェールからもらっていたゴンドトルーネ連合機構国の現在の状況報告書に目を通す。
ふむ、首都を出た親マヨ派のウーログは、自分のT勢力圏にてエディスと合流を果たし、状況の把握と兵の掌握に忙殺されているか。
今頃、エディスと合流したウーログは、偽の使者だった俺たちに騙されたと知って憤慨してるだろうな。
混乱はまだ続くと思うし、エディスもうちがビシャ地方にいるのを知っているはずなので、不意に襲ってくることはなさそうだ。
3つに割れた勢力で一番兵力を有しているが、首都を失ったことで影響力に陰りが出るかもしれない。
一方、軍事クーデターを成功させた反マヨ派のボーは、兵力不足から首都周辺の掌握に難航しており、自らの勢力圏であるビシャ地方に侵攻したうちの軍に対応できずにいる。
もとから兵力が少ないし、首都の掌握で手いっぱいで、ウーログの逆襲にも気を配らないといけない立場。
ビシャ地方で暴れる俺たちを止める力はない。
3つに分かれた勢力で一番厳しい立場に立たされてる。
ヒックス家と上手く合流させてやらないと、そっこうで潰されそう。
最後に王国復興派のベングドだが、ハイマート王国の遺臣たちを集め、自らが国王となってゴンドトルーネ連合機構国からの独立を宣言した。
国家が滅亡してまだ20年ほどなので、意外と旧臣たちが存命しており、兵力的にはそこそこ集まっている。
旧臣の中には、ベングドの王位に異を唱える者もチラホラいるため、いざこざはしばらく続く気がする。
ベングドはしばらく勢力内の権力闘争に力を削がれ、他の地域まで手を出す余裕はなさそうだ。
「マリーダ様、ビシャ地方で落としておきたい領地は、こことここですね」
すっかり上機嫌になって酒を飲んでいるマリーダに、テーブルの上にあったビシャ地方の詳細地図で襲う場所の候補を指差す。
「ニレ、ロエベかー。ビシャ地方の中心部じゃのぅ」
「城もわりと整備され、兵もそこそこいますけど、攻められますか?」
「ああ、この2つを落として無人にしておけば、ボーは後にこのビシャ地方に入ってくるヒックス家に襲われて吸収されるか、ウーログたちに滅ぼされるかの2択になる。そうすれば、ローソンとエディスは直接やり合わないといけない事態に陥ると思うからね」
ミシェーラからのビシャ地方侵攻に参戦するようにとのローソンへの圧力は、日に日に高まっているとの報告が来ている。
さすがのローソンも、ミシェーラの意見をスルーすることはできないようで、参戦に向けて兵を集め始めたらしい。
本人は旨味のないいくさだと察しているため、あまり乗り気ではなく、準備に時間がかかっているそうだ。
とはいえ来月には兵を率いて、ビシャ地方に到着するとのことなので、お勤め終了までにニレ、ロエベを無人化させてヒックス家に後を任せたい。
「任せておけなのじゃ! 妾の手にかかれば、田舎の小城などよゆーなのじゃ! 今度こそ! アレから名前を消させてもらうのじゃ!」
まぁ、マリーダたちに任せておけば、現状のビシャ地方に敵はいないも同然。
財貨と人を狩り集めて、ずらかる準備を進めておくに限る。
「頑張ってください。ニレ、ロエベの陥落はマリーダ様の奮闘にかかっております」
「おぅ! 任せるのじゃ!」
その後、前言通り、マリーダのヤル気がさく裂し、ニレとロエベは陥落した。
獲得捕虜数はニレ1500、ロエベで2500、合計4000を超え、それまでに捕らえた2000を足し、総数6000名となり、ビシャ地方全体の2割の人口がエランシア帝国領に連れ去られることになり、広大な無人の土地が爆誕した。
今回のことで、ゴンドトルーネ連合機構国民に対し、エルウィン家は災厄をもたらす者だと周知徹底されただろう。
あと嫁ちゃんは2つの城で捕虜獲得数ナンバー1を獲得し、無事にデスノートから名前が消えることになったことを追記しておく。
まぁ、俺も可愛い嫁ちゃんにはわりと甘いのだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます