第二〇五話 デスノートから名前を消せ!



 帝国歴二六八年 紅水晶月(一〇月)



「うへへぇっ! やっと、いくさらしい、いくさにありつけたのじゃ! ぐへへぇ」



「連中、ワシらの旗を見て、白旗を上げなかったのは褒めてやろう」



「兵どもは攻城戦用意! バルトラート、門は任せる! オレがそのあと先頭だからな!」



「承知、承知。門を破れば、俺の仕事は終わりだ。アルベルト殿と優雅に観戦させてもらう」



「ラトール殿! 城内突入の先鋒は、軍議でわたしのはずだが!」



「カルア、戦場は指揮官の判断が絶対なんだぜ。現場裁量ってや――おっと、あぶねぇ」



「約束は守られねばならない! バルトラート殿、先頭で突入するのはわたしとなっている。そこは間違えないように」



「俺はどっちでもいいがな。了解、了解」



 使者の往来を終え、ビシャ地方への侵攻を許可してもらい、ビシャ地方への入口であるスモンザ領に俺たちは来ている。



 相変わらず脳筋四天王とマリーダは騒がしい。



 こちらは正規兵500。



 城に籠った敵兵は300程度。



 兵と言っても大半が農兵で、職業軍人である騎士たちの数は少ない。



 城も堅城というわけでなく、石の城壁こそあるが田舎の小城にすぎないところだ。



 城門破壊に命を賭けるバルトラートと、マリーダが選び抜いた脳筋兵士である近衛兵がいれば、策を弄する必要もなく落とせる。



「いくさの前に騒いでる人は、アレウスの懲罰簿に名前が載りますよー。ステファン様から返してもらいましたが、これは由々しきことですね」



 騒いでいた脳筋たちの前に、アレウスの懲罰簿を拡げる。



 返却されたアレウスの懲罰簿の中を見て、ステファンがよく切れずに我慢したと思うような内容がたくさんあった。



 中身を見た俺は、そっこーで山の民製のよく効く胃薬をステファンに送るよう指示を出したくらいだ。



 付き合いが長いからこそ、脳筋たちはわがまま放題だったらしい。



 すまぬ、義兄殿。帰ったらアレウスたんと、ちゃんと調教するから許して欲しい。



「アルベルトっ! 違うのじゃ! それはステファンが細かいことを言って妾を困らせたのじゃー! 冤罪じゃ! 冤罪!」



「そうだぞ! 酒を飲んで暴れて何が悪いんだ! ちょっと、天幕を焦がすくらいのこと、いくさでは当たり前だ!」



「オレは親父と喧嘩なんてしてねぇ! 先陣をどっちが取るかで話し合っただけだ! いろんなものが壊れたけどな! でも、いつものことだろ!」



「俺はちょっと気になった城門を叩いただけだぞ。ほら、やっぱ土地が変わると、城門の形式も微妙に違うだろ? 確かめたかっただけだ」



「わたしはステファン殿の家中に強そうな騎士を見つけたので、訓練を申し出ただけです。まぁ、でも一方的でしたけど」



 問題児すぎるだろ……。



 分かってましたけども……。



「はい、というわけでこのままだと、帰ったらアレウスの裁判にかけられることは間違いなしの状況です。自分たちが置かれた立場を思い出しましたか?」



 脳筋たちの顔色が蒼く変化した。



「違うのじゃ! それは冤罪なのじゃー!」



「ア、アレウスには、軍に属するワシへの懲罰の権限はないはずだぞー!」



「オレのやつはだいたい親父が悪いんだ! オレのせいじゃねー!」



「俺はちょっと好奇心でやったことで、迷惑をかけたつもりは――」



「アレウス様は厳しすぎるのですよ! この前も鍛錬を禁じられました!」



 嫡男アレウスたんは、将来的にマリーダから当主を譲ってもらい、鬼人族の頭領になることが決まっている。



 そのため先んじて俺の作った『鬼人族法度』という一族として守るべき法令をユーリたんとともに学ばせ、それをもとに一族内の揉め事の裁判をしてもらっているのだ。



 もちろん最終決裁責任者は俺になるけどね。

 


 懲罰簿というこのデスノートは、アレウスたんが法令の運用をきちんと行うため、自発的に作った裁判資料でもある。



 さすが天才児であり、俺の息子。



 このデスノートに名前と犯した行為が載せられれば、アレウスたんたちの裁判にかけられるのだ。



 もちろん俺もね。



 けど、俺は法度を作った側なので、抜け穴をよく知っているため問題はない。



 マリーダたちはアレウスたんの裁判を恐れ、このデスノートへの名前の記載を恐れているはずだったんだけど――。



 遠征に来た楽しさが、デスノートの恐怖に勝って、存在が忘れられたという疑惑があった。



 ちなみに『鬼人族法度』は、生粋の鬼人族だけでなく、配偶者にも適用される法度だ。



 カルアはマリーダの愛人でもあるので、適用対象者であり、バルトラートも近頃鬼人族の嫁を迎えて一族入りしているため対象者だった。



「というわけで、私の権限で懲罰簿から名前を消すチャンスを皆さんに与えることにしました。ただし、1名様のみ限定となっております」



 俺の言葉に脳筋たちの表情が変化した。



「な、なんでもするのじゃ! その名簿から名前を消してもらわねば、妾は――。妾は――」



「ア、ア、アレウスなど恐れておらぬぞ! ワシは! だが、懲罰簿に名前を載せたままにするわけにはいかない!」



「アレウスは親父のせいだって言っても聞いてくれないからな! ここは名前を消すしかねぇ!」



「俺は……消しとかないと減給だろうな。消さないとマズい」



「鍛錬を禁じられるのは困ります……。絶対に消さねば」



 みんなやる気になってくれたようだ。



 これなら、こっちの言うことを聞いてくれるだろう。



「さて、懲罰簿から名前を消すために、皆さんには捕虜の数を競ってもらいます。捕虜が一番多い方の名前を消させてもらいま――」



「捕虜じゃ! 捕虜をとるのじゃ! 近衛たち! 殺してはならんぞ! 捕虜をとってくるのじゃ! 一人として殺すでない!」



「マリーダ! 抜け駆けは卑怯だぞ! ワシらも捕虜をとる! マリーダに遅れるな!」



「マリーダ姉さん! 親父! 兵の指揮はオレの――! クッソ! 捕虜をとるぞ! 遅れるな!」



「これは優雅に観戦しているわけにはいかんな! 門を破って一番乗りして、捕虜をすべていただく! 続け!」



「マリーダ様に先を越された! 遅れるわけにはいかない! 進め! 進め! 捕虜をとるのだ!」



 号令を待たずに、脳筋たちが一斉に田舎の小城に襲いかかった。



 まぁ、負けることのない、いくさだからいいんだけどね。



 これで少しでも捕虜をとってくれれば、労働力確保や遠征資金の回収ができる。



 あの勢いだと城内の住民も残らず捕虜にしてきそうなので、リシェールに視線を送る。



「捕虜をステファン殿とヨアヒム殿たちに送る準備を頼む」



「両家の捕虜や物資回収部隊は、すぐに到着されますね。向こうもほぼトクンダ地方を制圧して兵に余裕はありそうです」



「どうせヒックス家に献上しないといけないし、持って行けるものは持ち帰ると通達は徹底しておいてくれ」



「承知してますー。それにしても、ほぼ無人の領地を渡されたうえ、母親からの圧によってマヨ自治連合国の首長と戦わされるローソンは可愛そうですね」



「態度をくるくる変えるのが悪い。魔王陛下を支持してれば、こんなことをされずに済んだわけで」



「いやーでも、アルベルト様がいなかったら、魔王陛下もここまでしてなかった思いますよー」



「私はただ自分が長生きしたいのと、マリーダ様を始め、側室や子供たちが生活できるよう頑張ってるだけさ」



「あたしは最後まで付いていきますよ。アルベルト様とマリーダ様の後を」



「よろしく頼む」



 ほどなくして城は陥落し、籠っていた兵を含め、住民までもが捕虜とされた。



 驚くべきことに敵軍の死者の数は一桁に納まった。



 みんな忘れていた懲罰簿の恐怖の方が、いくさの楽しさを上回ったようだ。



 ちなみに捕虜数トップはカルアだったので、彼女の名前は懲罰簿から消されることとなった。

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