第二〇四話 嫁、駄々をこねる

 

「ああぁああああぁああぁあっ! いくさがしたいのじゃぁあああっ! 暴れさせろなのじゃ!」



 宿営地に戻った俺の前で、子を持つ母親でもあるマリーダが地面を転がって駄々をこねている。



 エディスの軍は、侵攻中のエルウィン家の軍を積極的に押し返そうとはせず、ジッと隙を窺う形で距離を取りながら監視されたらしい。



 マリーダたちも脳筋ではあるものの、いくさの駆け引きに関しては一級品の勘と経験を持つ者たち。



 隙のない敵陣に斬り込めば、俺がブチ切れる損害を出すと判断し、手を出せなかったことでストレスが溜まったようだ。



「被害を出さなかったのは、とっても偉いと思いますよ」



 地面に転がって駄々をこねているマリーダの頭を撫でてやる。



 俺に怒られるうえ、ステファンに預けたアレウスの懲罰簿に書かれることが怖かったんだろうけども。



「アルベルトぉー! 妾はまともにいくさをしておらぬのじゃ! あれだけ必死に貯めた遠征のおやつ代だけが消えていくのは納得いかぬー!」



 でもマリーダたちは、ゴンドトルーネ連合機構国の集落5つ、城3つ、街2つをやりたい放題に蹂躙したんだがな。



 宿営地には略奪品や捕虜がそれなりに集まっており、利益は出ていると思う。



 それに敵の目を引き付ける囮役としては上出来の仕事をしてくれた。



「略奪を楽しめたでしょう? それではダメなのですか?」



「略奪は略奪なのじゃ! いくさとは違うのじゃーーーっ!」

 


 今回マリーダたちが進撃した地域は、エランシア帝国が吸収するところではなかったので、ステファンから許可をもらい、略奪は自由にさせてもらっていたらしい。



 報告によると、鬼人族たちの荒々しさが本領を発揮したようで、わりと凄いことになった。



 以前、侵攻した時もやりたい放題しているため、ゴンドトルーネ連合機構国民からしたら、本当に恐怖の対象でしかないと思う。



 直接統治をしないエルウィン家を恐怖の対象とさせ、統治をすることになるステファンやヨアヒムたちが、うちとの関係をチラつかせながら、トクンダ地方に緩やかな統治を敷けば反発は少なくなると思われる。



 それにしても……。



 エディスが多少なりとも略奪を続けるエルウィン家の軍に手を出してくると予想してたが――



 軍を温存してくるとはねー。



 こっちの予定が狂ったなぁ……。



「いくさ、いくさ、いくさがしたいのじゃぁあああっ!」



「ですが、トクンダ地方はすでにヨアヒム殿とステファン殿軍勢が支配下に納めております。我らエルウィン家は手伝いいくさなので勝手に始めるわけには――」



「いくさぁああああああああああっ!」



「アルベルトぉおおおお! いくさをさせろぉおおおおおっ!」



「略奪だけじゃ足りねぇええええええっ!」



 マリーダの魂の叫びが、仲間を呼んだようだ。



 ブレストとラトールまで地面を転がって叫び始める。



「アルベルト様、新作の剣の試し斬りが足りません。もっと、いくさしませんか?」



 カルアも剣を抜いてニタニタしない! 変質者だと思われるからねっ!



「城3つと街2つの城門を壊したんだが、なんかこう、しっくりと来ないんだ。あと4つくらい壊すと完璧な打撃になると思うんだ。だから、城か街の城門を壊してきていいか?」



 バルトラートも天幕の中で槌を振り回さない! あと、勝手に壊したらダメだから!



 脳筋たちはいくさがしたくてうずうずしているようだ。



 このまま帰ると、また面倒くさい日々がやってくるし、ロアレス帝国と戦わせろといいだし、海戦をおっぱじめる不安もある。



 もっとちゃんと血抜きしないとまずい気がする。



 ヒックス家の参戦を引き出すため、引き出物として用意するビシャ地方の領土をうちがかっぱらうことにするか……。



 ボーの率いる反マヨ派の主力は首都だし、うちの軍勢だけでも切り取りくらいはやれるはず。



「はいはい、分かりました。総大将のヨアヒム殿と目付のステファン殿へ、うちがいくさができるよう、使者を出して掛け合いますのでしばしお待ちください」



 駄々をこねている鬼人族3人と、カルア、バルトラートの顔が綻んだ。



「おーし! いくさなのじゃーーーーっ! 皆、準備を進めろ! アルベルトが許可したのじゃー!」



「ラトール! すぐに兵たちを準備させろ! この機会を逃すといくさにありつけぬと申せ!」



「おぅ! 分かってらい! いくさだ! いくさ! 首を狩るぞ!」



「マリーダ様、いくさの前に少し手合わせをして汗をかきましょう! この剣にももう少し馴染みたいので」



「よかろう! 妾も帰還してから食っち寝をしておったからな。身体を動かしておくのじゃ!」



「素振りしてくるか。今度こそ、究極の打撃を完成させねばならんな」



 いくさができると知った途端、準備を始めるのをやめてくれませんかね。



 使者の往来で数日はかかるわけだし。



 侵攻するビシャ地方はヒックス家に献上する場所だから、人、物、金は全部分捕ってくるつもりなので、無駄な準備で疲れて欲しくない。



「今からはしゃぐと本番で疲れて楽しめませんよー」



 俺は天幕から去っていく脳筋たちに忠告をした。



「大丈夫なのじゃ! 妾らはいくさになれば1週間寝ずとも生きられるからのぅ!」



 あ、ああ、そういう生き物でしたねー。



 脳筋のヤバさを最近忘れかけてました。



 ふぅ、これだから脳筋は――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る