第二〇一話 ミシェーラの動揺


 熱望していた香油を手に入れ上機嫌のミシェーラに、例の話を切り出していく。



「ミシェーラ様、一つ気になる噂を手に入れたのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか? これは放置するとヒックス家の一大事になりそうだと私は思っているのですが……」



 香油の入ったガラス瓶をうっとりと見ていたミシェーラが、ヒックス家の一大事だと聞き、表情を変えた。



「ヒックス家はエランシア帝国皇家。いろいろな噂が世に飛び交ってもおかしくありませんが――。このようにいい仕事をするドレン商会の会頭ベルンが一大事と申すなら聞いておいた方がよさそうです」



 献上品は相当ミシェーラの心を捕らえたようだ。



 会頭である俺とは初見である。



 だが、初見の俺の言葉に耳を傾けたのには、この地でドレン商会の者として活動した諜報担当者たちの頑張りの賜物だろう。



 ここの商会の担当者には、今度金一封あげとくとかないと。



「ありがとうございます。実は、献上品を探す中、奇妙な噂を聞きましてな。ご当主ローソン殿がゴンドトルーネ連合機構国にいるマヨ自治連合国の駐留軍に居たとかいうおかしな噂です」



「ローソンが、そのような場所に? ありえません。年初より領内の政務に励み、北部領域を出て視察したという話は聞いておりません」



「ご当主様が、ミシェーラ様に内密で訪れたということは……」



「ありえません。あの子は城外に出る場合、必ずわたくしに挨拶をしてからしか出ない子です。無断で城外に出ることなど」



 まぁ、それはすでに調べ上げてある。



 他人には不誠実な風見鶏も、名簿上の生母となっているミシェーラには誠実に仕えてるのだ。



「そうだと思いました。私もその噂を聞いておかしいと思ったのですよ。ですが――」



「どうされた?」



「私も噂が気になりましてね。マヨ自治連合国の駐留軍がいるところへ足を運びましたところ――」



「言いにくそうにしておられるが、何かあったのですか?」



「ローソン殿がおられました……」



 ミシェーラの表情が驚きで固まる。



「馬鹿な! あの子がわたくしに内緒で城外に出るなどと――」



「すみません、すみません! 私の言葉足らずでした! 実際にマヨ自治連合国の駐留軍に居たのは、ローソン殿と年恰好がそっくりな馬人族の男がいたのです! 私はその人が馬人族とは思わず、遠くからローソン殿と声をかけてしまったのですが――」



 俺の言葉を聞いたミシェーラの顔色が一瞬で蒼ざめた。



 まさか? と思っている様子だ。



 まぁ、例の秘密はヒックス家の中や派閥でもごく限られた一部の者しか知らない話だしね。



 すでに40年近く隠してきた秘密なわけで、今さらほじくり返されるとは思ってなかったらしい。



「べ、ベルン。その馬人族、年恰好、容姿もローソンに似ていたというのですか?」



「ええ、馬人族ではありましたが容貌はローソン殿瓜二つでして、世の中不思議なことがあるものだと思いました。えーっとたしか名前はエディスと言って、今はマヨ自治連合国の首長をされております。実に立派な人物でして、兵を率いては勇猛、知恵を巡らせれば相手を手玉に取るといった知勇兼備の方でした」



「エディスとやらは、マヨ自治連合国の首長か……。では、生まれは―――」



「奴隷出身だそうです。どこからか売られてきて、戦士として実績を上げ妻の実家を受け継ぎ、自らの力で首長に就いた苦労人とお聞きしております。そう言えば、マヨ自治連合国内も馬人族の者がいますが、北部部族も馬人族の方が多いはず」



 新たに伝えた情報を聞いたミシェーラが、立ってられなかったようで応接間のソファに倒れ込む。



「大丈夫ですか?」



「え、ええ。問題ありません。少しふらついただけです。その、エディスという者は他に何か言っておりましたか?」



「えーっと、自分は復讐するため首長の座に就いたとか言われておりましたね。あと、正統な地位を取り戻すとかなんとか――」



「……っ!?」



 ミシェーラには思い当たる情報が出まくりなので、一言、一言に過剰に反応を示してくれる。



「せ、正統な地位とは?」



「私も気になって、エディスに対し、もうマヨ自治連合国の首長の座に就かれたのではないですかと聞いたのですが。別の地位に対しても自分は相続する権利を有する者だと教えられたと言われておりました」



「ひっ!?」



「どうされたのですか? お顔の色が随分と優れないご様子……」



「も、問題ありません。少し、用事ができました。本日の面会はここまでにさせてもらいます。ああ、それと今後ともドレン商会にはいい仕事をしてもらいたいと思っておりますので、ベルンの力添え頼みますよ」



 よろよろと立ち上がったミシェーラの手をうやうやしく取り、頭を垂れた。



「承知しました。何なりとお申しつけください。ドレン商会はヒックス家のためによい仕事をさせて頂きます!」



 ミシェーラは頷くと、執事やメイドたちを連れ、応接間から出ていった。



 これで仕込みは万全だ。



 ミシェーラはエディスのことが気になってしょうがなくなるはず。



 適度にエディスの情報を与え、ヒックス家当主の座を狙っていると思わせていけば、秘密の暴露を恐れ、排除したくてどうしようもなくなるはず。



 そうやってミシェーラを追い込み、不安にさせておけば、マヨ自治連合国の首長エディスの首を獲るため、ローソンにビシャ地方へ侵攻するよう圧力をかけてくれるはず。



 さてさて、まだまだ忙しいな。



 今度はクーデター計画の阻止と、エディスのヤル気を出させないと。



 俺はワリドとリュミナスを連れ、ヒックス家の居城を出ると、その足でゴンドトルーネ連合機構国の首都を目指した。

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