第二〇〇話 謀略の仕込みは大変だ。




 馬車に揺られて2週間。



 俺たちはヒックス家の居城のあるアレル領まで来ていた。



 ただ、エルウィン家の執政官アルベルトではなく、ただの商人として潜入している。



「ワリド、手はずは整っているのかい?」



 マルジェ商会とは別の商会の名前で、城下町に開いた店の二階に集まっているのは、ワリドとリュミナスだった。



「ははっ! この地で秘密裏に開いたドレン商会は、すでにヒックス家の老婦人の信用は得ており、出入りをできる商人までになっております」



 俺の率いる私設の諜報組織マルジェ商会は、世界各地に別名義の商会をいくつも持っている。



 主に情報収集のため、地域の中堅どころの商会を秘密裏に買い取って諜報員を送り込むようにしているんだが、このヒックス家のアレル領もそういう商会が設置された領地だ。



 おかげで世界各地の産物の値段や、地域の動静、貴族家の噂話なども入ってくる。



 そして、こうやって身分を偽って、直接貴族と面会することも可能なのだ。



 今の俺はアレル領に店を構え、エランシア帝国北部にいくつか支店を持つ、中堅ドレン商会を継いだばかりの会頭ベルンという身分だ。



 もちろん、ワリドとリュミナスに寄って変装してもらっているため、エルウィン家の執政官アルベルトだと思う者は誰一人いない。



「では、ローソンの生母とされているミシェーラに面会しにいくとしよう。リュミナス、献上品は用意できているか?」



「はい、かねてよりミシェーラ様が求めておられた最新の香油を献上しようかと。女性はいつまでたっても美容には気を使いますので」



 香油は需要に対して、供給が追い付いていない状況だった。



 ゴシュート族だけでは手が足りなくなりつつあるため、山の民からも手伝いの人を出してもらい増産しているが、それでも足りない。



 各国の貴族や富裕層で取り合いが起きてるだけでなく、転売の横行まで発生している。



 まぁ、主に転売行為をしてるのは、マルジェ商会が各地に作ってる偽装商会だけどね。



 売上の一部はエルウィン家に還元してるが、それでも儲かってしょうがない。



 もちろん、偽造品や模造品は発見しだいマルジェ商会の諜報員たちが組織ごと消滅させている。



 そんな超レアな最新の香油を献上品にすれば、お目通りも余裕でさせてもらえるってわけで。



「よし、じゃあ行くとするか。ワリド、リュミナス、護衛は頼む」



 リュミナスは会頭ベルンの妻、ワリドは副会頭という身分で俺に突き従ってくれる。



 万が一、身バレした場合は即逃走するためのルートは、事前に確保しておいてもらった。




 厳重な衛兵のチェックを受け、城内に入り、老婦人ミシェーラの住む離宮に着くと、執事の先導で応接間に通された。



 応接間には年老いた孔雀族の女性の姿があった。



 種族的特徴である尻部から生える飾り羽も老齢のため、色つやがなく、容貌も年相応に衰えたものになっている。



 昔は綺麗な人だったんだろうけど、年には勝てないってことか。



「よくぞ、来てくれた。例の物は本当に手に入ったのですね?」



 ミシェーラはすぐにでも香油を試したいのか、入ってきた俺たちへの挨拶も聞かず近寄ってくる。



「はい、手に入れております。こちらが新作の香油だそうです。エルウィン家と繋がりのある貴族家が購入したものを譲って頂きました。向こうの貴族家も手放すのを惜しんでおりましたゆえ、かなりの額を使いましたが、ミシェーラ様への献上品と考えれば安い物です」



 隣に控えていたリュミナスが差し出した香油が入ったガラス瓶を受け取ると、ミシェーラに差し出した。



 受け取ったミシェーラは、すぐにガラス瓶の封を切り、中身を嗅ぐ。



「これが新作の香油。使った者は若返ると巷で言われてるものか。よい香りですね」



 まぁ、若返るかどうかは知らないが、いろいろと夜の彩にはなると思う。



 嫁と嫁の愛人で試したから間違いない。



「よくぞ、献上してくれた。ドレン商会のことは、今後とも重用させてもらうつもりです。ええっと、貴方が新会頭となった息子のベルンでよろしいかしら?」



 献上品に満足したミシェーラが、ようやく俺のことを認識したように名前を聞いてきた。



「ええ、そうです。今後とも我がドレン商会を御贔屓にして頂ければ、こちらも頑張って探した甲斐があったというものです」



「息子もわたくしの意見を無下にはしないので、ドレン商会にもっと仕事を流すよう伝えましょう」



 こちらの挨拶もそこそこに聞き流し、ミシェーラはうっとりとガラス瓶の中身を見て満足している。



 風見鶏って言われ意見や態度をくるくる変えるローソンが、唯一逆らえない人が、今俺の前にいるミシェーラだ。



 なぜ逆らえないのか、ずっと謎とされてきていたが――。



 出生の秘密を知ってる人となれば、ローソンがミシェーラの意見に逆らえるわけがない。



 俺が双子の片割れであるマヨ自治連合国の現首長エディスがヒックス家当主の座を狙っていると唆すのは、出生の秘密を知っていて、ローソンに対し強い発言権を持つミシェーラだ。



 彼女がエディスに対し脅威を感じれば、ビシャ地方への出兵を強行させ、ローソンはそれを拒否することができないはず。



 その間にうちがビシャ地方の領土をいくつかかすめ取ってヒックス家に渡せば、マヨ自治連合国のエディスも黙っていない。



 そして、ビシャ地方で骨肉の争いが起き、ヒックス家もその勢力を漸減させることになるはずだ。



 だからこそ、まずはこのミシェーラを落とさねばならない。




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あとがき


書籍版三巻も好評発売中ですが、来月にはコミックス二巻も出ますので、そちらもWEB版ともども応援して頂けると幸いです。

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