第一九九話 遠征開始



 帝国歴二六八年 カンラン石月(八月)



 駐留軍撤兵派と王国復興派はヨアヒムと手を結び、トクンダ地方に属するロブー、ゾティネ、カツー、ザクシニア領の割譲を受け、ステファンとともに数千の兵を率いて進駐を開始した。



 エランシア帝国軍の進駐を知ったマヨ自治連合国の駐留軍とゴンドトルーネ連合機構国は、割譲案の無効を叫び、ノット家にすぐに撤兵するよう使者を送ってきているらしい。



 まぁ、無視するんだけどね。



 うちはと言うと――。



「ふふふ! おやつ代は十分確保したのじゃ! あとは敵をバッサバッサ斬り倒すまで! ぐへえへええ! お仕事楽しいのじゃぁあああ!」



 おやつ代確保のため、社畜ムーブが極まってたマリーダさんは、ストレス値が上がっているようで、テンションがおかしい。



 もっとおかしいテンションなのは、ブレストとラトールたちだ。



「塹壕掘りでも、要塞化させる仕事でもなんでも請け負うぞ! 野郎どもスコップとツルハシは持ったか!」



「エルウィン家の工作物の凄さを見せてやるぞ!」



 エルウィン家の兵は、工兵としても優秀なんだけども、いくさになったらいつものテンションに戻って欲しい。



 予算稼ぎで土木工事に投入しすぎたのだろうか。



 まぁ、いくさの空気に触れたら元に戻ると思いたい。



「久しぶりのいくさ。新調した破城槌の威力を試せる機会があるといいな」



「強い敵がいるといいが……」



 バルトラートとカルアは平常運転のようだ。



 遠征軍は正規兵500のみを動員し、マリーダが総大将となり、脳筋四天王を連れ、参謀として俺とリシェールとリュミナスが帯同している。



 領地の守備はリゼを総司令官に指名し、遠征中の防衛を任せておいた。



 ロアレス帝国が大軍を率いて攻めてこない限り、アシュレイ城が落ちるなんて事態は起きないが、十分に警戒するようには伝えてある。



 遠征軍は、ステファンの領地を抜け、先行して進駐しているノット家とベイルリア家の兵が集まるロブー領に作られた陣所に入った。



「相変わらずエルウィン家の連中は騒がしいのぅ。到着したのがすぐに分かる」



 到着した俺たちを出迎えたのは、ステファンだった。



「申し訳ありません。いくさを前にした鬼人族たちが静かになる時は、奇襲作戦の時だけですから、ご勘弁のほどを」



「そうであったな。とりあえず、現状の報告をしたいので、アルベルトは天幕に来てくれ」



「はっ、承知しました」



「マリーダ、酒は用意してあるから皆で飲むがよい」



「ひゃっほー! さすがステファンなのじゃ! 叔父上! 酒じゃ! 酒! 飲むのじゃ! リシェール! おやつ代もタップリとあるからツマミも手に入れてくるのじゃー!」



「はいはい、お任せくださいー」



「おし、すぐに酒宴だ! ラトール、酒をもらってこい!」



「おっしゃー! 酒だぁーーーっ!」



 さすがステファン。



 鬼人族との付き合いが長いので、戦陣での扱い方も慣れたものだ。



「連中は酒さえ与えておけば、勝手にいくさを始めることもせぬからな。さぁ、今のうちに今後の話をしよう」



「ご配慮ありがとうございます」



 俺はリュミナスを伴って、天幕の中に入った。



「ヨアヒム殿は、ボー殿と面会するためザクシニア領に出向いておる。きっと、今頃は軍事クーデターの支援の話をされているころだ」



「ボー殿は、王国復興派のベングド殿とヨアヒム殿という2人から支援を受けた軍事クーデターが成功するのは間違いないと思っているでしょうね」



「で、あろうな。そのまま、成功させてやってもいいが――」



「どうせなら、ゴンドトルーネを三つに砕くついでに、トクンダ地方をすべてもらい受けるというわけです」



 すでにヨアヒムとステファンとの密談の時、ゴンドトルーネ連合機構国は、親マヨ派と反マヨ派と王国復興派の三つに割ることを取り決めてある。



 隣国はまとまっているよりか、細かな勢力に分割しておいた方が、エランシア帝国のためだ。



「軍事クーデター開始直後、我々はトクンダ地方の残りの領地を頂き、王国復興派のベングド殿は自らの勢力が強いリアレ地方で独立し、ノット家と軍事同盟を結ぶ」



「ボー殿の軍事クーデターが成功しても、我々や王国復興派の支援がなければ、首都近郊を保持するのがやっとでしょうし、失敗すればビシャ地方に逃げ込むしかない。ウーログも逃げ出せればマヨ自治連合国の後ろ盾で再起できるはずですが、逃げ出せなければ、駐留軍がそのまま親マヨ派の勢力を取り込む形で三つに割れると思われます」



「我々は最小の労力でトクンダ地方を手に入れ、次の作戦に入れるというわけだな」



「ええ、そちらの仕込みも進めたいので、マリーダ様たちをステファン殿にお任せできればと――」



 マリーダたちを任せると言うと、ステファンがあからさまに嫌そうな顔をした。



 付き合いが長いから、あの人たちの手綱を掴むのが、どれだけ面倒なのか分かってるとは思うけど。



 リシェールも残していくし、アレウスから預かってきた『アレ』もあるので、そうそうわがままは言わないはずだ。



「メイド長のリシェールを置いていきますし、それに命令違反等があれば、こちらの『懲罰簿』に記載して頂ければ、私が帰還したのちに査問を行い厳罰に処すつもりです。彼らもその『懲罰簿』の意味を知っておりますので、チラつかせれば大人しくなるかと」



「ほほぅ、エルウィン家の鬼どもを上手く扱う品を預けてくれるのか?」



「ええ、ステファン殿ならきちんと扱えるかと思いますので、お願いいたします。ああ、エルウィン家の兵は先鋒として存分にお使いください。いくさをさせるため連れてきましたので。田舎の農民兵に後れを取る者はおりません」



「よかろう。アルベルトが留守をする間、エルウィン家の兵はわしが預かる」



「ありがとうございます。では、私はヒックス家のとある方に面会をしてまいります。その方が動揺すれば、ヒックス家はビシャ地方への侵攻を開始するはずです」



「うむ、それまでにトクンダ地方は掌握しておく」



 隣国ゴンドトルーネ連合機構国を三つの勢力に割ったうえ、マヨ自治連合国とヒックス家を泥沼の家督争いに向かわせるため謀略を成功させれば、魔王陛下の権力がさらに増強される。



 魔王陛下の権力が強くなれば、派閥に属するエルウィン家も優遇されるはずなので、頑張って謀略に励みたいところ。



「では、すぐに発ちますので、ヨアヒム殿にはよろしくお伝えください」



「うむ、吉報を待っておるぞ」



「ははっ! お任せください」



 俺はマリーダに軍を離れることを伝え、リシェールに後のことを任せると、リュミナスを連れ、北部守護職であるヒックス家の領地に向かい馬車を走らせることにした。

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