第一九七話 魔王陛下の思惑



 ヨアヒムとステファンとの密談を終え、いったん領地に戻ったわけだが――



「叔父上! 遠征のおやつ代は自腹ではなく、遠征費から出るんじゃろうな!」



「出すわけがなかろうがっ! そんなもんを遠征費に計上したら、アルベルトにワシが殺されるわっ! 自腹だ! 自腹!」



「馬鹿な! おやつはいくさの後の楽しみなのじゃぞ! それを叔父上は自腹で用意せよと言うのか! 叔父上は最近、アルベルトに毒されすぎておるのじゃ!」



「うるさい! 予算枠超えた場合、特別反省室送りにされるのはワシなのじゃぞ! 当主であろうと、軍に属するならワシへの口答えは許さん! どうしてもおやつ代を計上したいなら、マリーダが特別反省室行きだからなっ!」



「きひぃいいっ! 嫌じゃ! あそこは地獄じゃ!」 



「親父! 酒代は遠征費から出るよな? アイシアの財布の紐がきつくって、何日分も持っていけねぇ!」



「あほう! 大量の酒代など許してもらえると思うな! 一日僅かな量が認められるくらいだ! それ以外の酒など現地調達に決まっておるだろうが!」



「うっそだろ! 酒はいくさのための活力! わずかな量の支給などで兵が納得するわけがないだろ! それに現地調達できなかったら――」



「うるさい! うるさい! ワシだって、こんな細かいことを言いたくないわっ! だが、予算がない! 予算がないのだ!」



 帰宅したマリーダが不用意にゴンドトルーネへの侵攻作戦を漏らしたため、脳筋たちがすでにソワソワといくさの準備を始めている。



 まだ、早い――って言いたいところだが、うちが派手に侵攻準備を始めていると知れば、探り出せていない魔王陛下の裏情報もゲットできるかもと思い、自由にやらせているところだ。



「アルベルト! 遠征費の桁が一つ違うのではないか? こんな額では兵も馬も足りぬぞ!」



「その額以上は出せませんので、軍部の方でなんとかやりくりしてください。ああぁ、そうだ! 思い出しました。レイモアが普請中の新規街道で働く労働者を探してたはず。そこで働いて遠征費を稼いできてはいかがですか?」



「遠征費を稼ぐか……。よし! 正規兵は遠征費確保のため、街道敷設訓練を実施する! ラトール、正規兵どもを集めろ」



「おぅ! 稼げば酒代は増額だよな!」



「任せておけ! 予算さえあれば、そこはワシの裁量で何とでもなる!」



「おっしゃー! すぐに正規兵たちを集めるぜっ!」



 ラトールが兵を集めるため執務室から駆け出していった。



「妾のおやつ代は――」



「無理だな! それは、当主の仕事を頑張って、マリーダ自身で稼げ! レイモア―! レイモアはおるかー! 話がある!」



 デカい声をあげたブレストが、インフラ工事の担当者であるレイモアを探しに文官たちの控える隣室へ移動していった。



「叔父上は酷いのじゃ! 妾だって稼ぎがよければ、おやつ代を遠征費に入れるわけがなかろう!」



 不服そうなマリーダが、俺の方をチラ見してくる。



 当主であるマリーダ個人の生活費としては、辺境伯家に相応しいものを用意しているわけだが、とにかく武具への支出が多い。



 それさえなければ、おやつ代など余裕で賄えるのだが。



「マリーダ様、今ならノルマ達成増額キャンペーンですよ! 既定のノルマ達成後、追加で1枚処理するごとに小銅貨1枚(50円)が支給されます!」



「な、なんじゃと! それはやるしかないではないかっ! リシェール、すぐに書類を! 印章押しは妾に任せるのじゃ! ふおぉおおおっ! なんとしても稼ぐのじゃ!」



 追加報酬を餌にマリーダに仕事をさせるとは……。リシェール、恐ろしい子。



 マリーダが頑張って稼いだ分は、俺のポケットマネーから出しておこう。



 頑張れ! 嫁ちゃん! おやつ代ゲットしてくれ!



 猛烈に仕事を始めた嫁を見て、ニコニコしていたら、リュミナスが執務室に走り込んできた。



「アルベルト様、大変です! クラリス様から追加の情報が届きました!」



「部屋を変える。報告はそっちで受けよう」



 リュミナスの慌てた様子に、例の魔王陛下の含みのある要望の件で調べさせていたヒックス家の内情で何か情報を掴んだのだと察した。



 俺はイレーナに休憩を申し出て、執務室をリュミナスを伴って離れると、密談用の部屋に移動する。



「で、クラリスたちは何を掴んだ?」



 クラリスは、エルウィン家の唯一の飛び地の領地であるラルブデリン領に作った会員制高級温泉宿の責任者であり、貴族サロンからの情報集めを担当してもらっている。



 そこで、ヒックス家に関しての噂を集めてもらっていたのだ。



「かなり老齢のヒックス派閥の貴族から聞き出した話だそうですが、ヒックス家の当主ローソンは、正室の子ではなく、市井の娘の生んだ子だという話です」



「んっ? ちょっと待て、私生児とはどういうことだ? 綺麗な飾り羽を持つ孔雀族のローソンは、ヒックス家の嫡男で正室から生まれた子だと貴族名鑑に記されていたはずだが!?」



 エランシア帝国の貴族家は、貴族の戸籍管理台帳である貴族名鑑に全て掲載されることになっている。



 私生児を嫡子だと偽造することもできるが、バレたらそれはそれでいろんな波紋を引き起こす。



 特に皇帝を輩出できる皇家当主の出生が偽造されたものであれば、大問題に発展するが――。



 それにしては、魔王陛下の要望が斜め上すぎる。



 血統に疑惑のあるローソンを追い落とすための策を弄せなら分かるが、要望はローソンに花を持たせるようにしろって感じだった。



 不可解である。



 俺の脳みそが、違和感を訴えてくるのを感じた。



「血統に対する疑惑は大問題だが、それを理由に魔王陛下があんな要望をだすのだろうか?」



「さすがアルベルト様。実はローソンの誕生に際して、いろいろとあったようです。魔王陛下はそちらの方を使った策謀を御所望なのでは」



 リュミナスの顔色から、さらなる追加情報があることが見て取れた。



「まだ伝えることがあるようだな」



「はい、ございます。ヒックス家当主がローソンになってから、長年続いていた北部部族との衝突が収まったのは知っておられますよね?」



「ああ、それまで定期的にいくさが起こっていたが、ピタリと止んだと聞いている」



「いくさが止んだのは、ローソンを生んだ市井の娘は、実は北部部族の首長の娘だったらしいそうです。首長の娘の血を引く、ローソンが当主となり、いくさが止んだという話を聞き出したとのこと。もちろん、今も健在の先代の正室はその噂を否定しておりますが」



「ローソンは私生児ではあるが、皇家ヒックス家の当主で孔雀族でありながら、同時北部族の馬人族の血も引いてるってわけか」



 でも、まだ違和感は消えない。



 なんで、ビシャ地方をローソンに与えるような要望を出しているんだ。



「それと、ローソンには双子の弟が存在してます。別種族であるためヒックス家に認知されず、北部部族も双子の片割れは不吉の象徴だとして養育を拒否し、奴隷として赤子を売り払ったそうです」



「種族の違う双子の弟。ローソンは孔雀族。だとすると馬人族の弟か」



「ええ、そうです。そして、その双子の弟がマヨ自治連合国の現首長エディスではないかという話も、その老齢の貴族から聞き出したそうです」



 リュミナスから聞いた情報で、頭の中にあった違和感が一気に消えた。



 ははーーん。魔王陛下は皇家ヒックス家のひた隠しした事情を暴露し、兄弟の骨肉の争いを御所望ってことか!



 そのためのお膳立てをするため、マヨ自治連合国の現首長エディスとヒックス家の当主ローソンが直接領域を接するようビシャ地方をゴンドトルーネから奪えって話になる。



 風見鶏って言われるローソンは、北部部族とのいくさをせず、守勢を固めているため、この前の赤熊髭に唆されたいくさでの痛手しかない。



 あの痛手でさらに慎重さを見せているため、魔王陛下も付け入る隙がないか探してたってことか。



 ローソンの出生の秘密を事前に知ってて、ヨアヒムがゴンドトルーネ侵攻を提案したので、あんな要望を差し込んできたのが真相か。



 ならば、ローソンを引っ張り出す策を練らないといけない。



「その情報の裏は取れているかい?」



「まだ、確認中ですが……。ローソンが生まれた時期や、マヨ自治連合国の現首長エディスの容貌、北部部族の首長にもマルジェ商会を通じて、裏取り中です。ですが、8~9割の確率で老貴族の話は本当ではないかとの情報が、クラリスさんのところに集まってきているとのことです。それらの情報はもう少ししたらこちらに届くと思われますので、アルベルト様の判断の役に立ててください」



 ふむ、これは面白くなってきたかもしれない。



 魔王陛下の目指す、四皇四大公制の廃止に向けて、ヒックス家の力を削ぐ機会が訪れたということらしい。



 ここで点数稼ぎをしておけば、四皇四大公制の廃止後のエルウィン家のさらなる発展に寄与するはずだ。



 ビシャ地方攻略作戦。



 こちらもなんとしても成功させなけばなるまい。



 俺は重要情報をゲットした喜びに、思わず顔がほころんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る