第一九六話 タダ働き、極まる!



「さっそくですが、こちらに目を通して頂けますでしょうか?」



 密談用に用意された部屋に通され、椅子に腰を下ろしたところで、ヨアヒムから書類が渡された。



 ふむ、ゴンドトルーネ侵攻に際しての魔王陛下の要望が3つか。



 1つ目、デニス殿のファルブラウ家の動員。



 これは当主を継いだばかりのデニスに戦功を立てさせ、ファルブラウ家に恩を売りたいんだろう。



 予想してたので、後方支援担当として、占領地域の警備役を与えるつもりだ。



 2つ目、今回の作戦における帝国からのエルウィン家への褒賞はなし。



 ヨアヒムの持ち込んだ話が、俺の脳みそから出たやつだと察したのだろう。



 魔王陛下が俺の存在に感づいて、先手を打ってただ働き勧告をしてきたようだ。



 さすがにうちが数年で辺境伯家に成り上がったので、魔王陛下も他の貴族家とのバランスを取りたいらしい。



 まぁ、でもあくまで『帝国』からは褒賞を出さないって話なので、ヨアヒムからうちに褒賞をもらう分には問題にはならないはずだ。



 うちは魔王陛下のシュゲモリー派閥なので、ノット家から領地をもらうのはマズい。



 だから、ノット家の所有する鉄鉱山から産出する鉄鉱石の購入権を増やしてもらおう。



 最近、武具類の輸出量が激増したことで、鉄の需要が増えてて、原料が足りないなと思ってたところだし、金じゃなく鉄鉱石でいい。



 2つ目も問題はないが……。



 3つ目は大問題だな……。



 風見鶏こと、北部守護ローソン・フォン・ヒックスを参戦させ、ゴンドトルーネと領域を接するビシャ地方の領土をいくつか領有させること。



 限定的な作戦にしようとしてたけども、ヒックス家まで動員したら、ほぼ全面戦争確定。



 国家滅亡までやれって言ってないけど、トグンダ地方の大半を失い、ビシャ地方のいくつかの領地を失えば、ゴンドトルーネは再起できない可能性が高まるわけで。



 マヨ自治連合国に併合される危険性も出てくるが――。



 魔王陛下としては、そっちの方がいいってことかもしれないが。



 問題はヒックス家にやる気があるかだよな……。



 フェルクトール王国とのいくさにて、自軍に大きな傷を受け、軍の再建途上である今年は冷害に悩まされているという話だ。



 遠征する余力があるのかも疑わしく、大軍の動員は期待できないわけで、形だけの参戦をさせ、こっちがビシャ地方まで足を伸ばして攻略しないといけない気がする。



 ただ働きが極まりすぎん?



「3つ目の要望はかなりの無理難題だな……」



 ステファンも俺と同じように感じたようで、顔を蒼ざめさせていた。



 ビシャ地方まで戦域を拡大すると、予定していた戦費が倍ぐらいになる。



「まだ私の発議を受けて、内諾を得たところまでですし、この件はなかったことにしましょうか……。さすがにビシャ地方まで足を伸ばすのは危険すぎると思います」



 でも、何か引っかかるんだよな。



 あの魔王陛下が、自派閥の家臣や好意的な皇家当主に、無体なただ働きを強制するわけがない。



 裏の意図を読み取れって意味での3つ目の要望な気がするんだが……。



 ヒックス家がなにか企んでるのを掴んでるのだろうか。



 小銭稼ぎのつもりで、ヨアヒムの策を吹き込んだら、大事になってきたようだ。



 とはいえ、弟子であるヨアヒムの顔に泥を塗るわけにもいかないし、魔王陛下の要望を飲んだ形の作戦立案をしなければ。



「魔王陛下が出した要望を無視することはできませんし、ヨアヒム殿がされた初めての発議をなかったことにはできません。トグンダ地方とビシャ地方まで含めた作戦立案を話し合う方がよいかと」



 俺の言葉を聞いたヨアヒムはホッと安堵した顔をしている。



「アルベルト殿に、そう言って頂けると助かります」



「わしとしても娘婿には助力せねばならんと思っている。アルベルトが南の騒乱を抑えてくれたことで、わしのところは兵力にも資金にも余裕はあるので、何とかなるだろう」



「義父上殿にだけ負担をさせられませぬ。我がノット家が主力を担いますので、その方向で作戦をどうするか話し合いましょう」



 いちおう作戦案を練るつもりだが、もう一度しっかりとヒックス家やゴンドトルーネの情報集めをやり直さないといけないな。



 魔王陛下は知っていて、こちらが知らない情報が存在してる気がしてる。



 エランシア帝国皇帝の自分が流したと思われたら困る類の情報とかかもしれない。



 だから、一見無体な要望を入れて、情報の存在を匂わせているように思う。



 それからは3人で、まずはトグンダ地方攻略に関しての作戦を話し合い、ある程度形になるものを作り上げられた。



 ただ、問題はビシャ地方の攻略の方で、こちらはヒックス家の参戦兵力によって展開が大きく変わるため、風見鶏からの返事待ちとして散会となった。

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