第一九五話 嫁が姪っ子に犯罪行為をしようとする
帝国歴二六八年 真珠月(六月)
「ライア姉様~。久しぶりなのじゃー。変わりないかのぅ」
「変りはないと言えば、変りはないけど。でも、タリアトーレのお世話で忙しいわ。ほら、マリーダ叔母様よ。ご挨拶して」
ライアの後ろに隠れていた九尾族の幼女が、チラリと顔をのぞかせてお辞儀をした。
狐耳にこんもりした尻尾を生やした九尾族の幼女が、ちょこんと頭を下げた。
彼女はステファンの長女で、今年5歳になる。
ヨアヒムの許嫁であるが、12~3歳までは親元で暮らすこととなっていた。
ちなみに彼女が九尾族の形質を引き継いでいるのは、別種族の亜人種間のためである。
父親:人族×母親:人族=子供:人族
父親:人族×母親:亜人種=子供:母親の種族形質を受け継ぐ
父親:亜人種×母親:人族=子供:父親の種族形質を受け継ぐ
父親;亜人種×母親:亜人種=子供:両親どちらかの種族形質を受け継ぐ
アレウスは人族である俺を父に持ち、鬼人族の母のため、鬼人族の種族形質を引き継いでいる。
タリアトーレは、九尾族の父を持ち、鬼人族の母のため、父親の種族形質を引き継いだということだ。
ただ、異種族間の婚姻は、後継者問題が絡むため、エランシア帝国内ではあまり推奨されていない。
だから、ステファンとライアの婚姻は周囲を驚かせたし、皇家であるノット家当主で、鳥人族のヨアヒムと九尾族のタリアトーレの婚姻はいろいろと、家同士の危ない問題も含んでいる婚約でもあった。
ヨアヒムとタリアトーレの子が鳥人族の形質を受け継いでくれればいいが、九尾族だった場合、ノット家の後継者問題に波風が立つのは必至だ。
でも、それを了承し、鳥人族の側室を持つことを条件に、周囲の反対を押し切って婚約を認めたのは、魔王陛下でもある。
自派閥の有力な家臣と、皇家当主との婚姻により、魔王陛下の力はかなり強まったわけだし、リスクはあるがいい手だったと俺は思っている。
あと例外として、魔王陛下の夢魔族だけは、同族間では必ず子ができない種族のため、嫁や旦那には他種族を必ず迎えるそうだ。
「はぁ~っ! かわええのぅ! 目元が姉様そっくりなのじゃ! ペロペロとクンカ、クンカしていいかのぅ。ちょっとだけ、ちょっとだけじゃからな!」
マリーダさん、手をワキワキさせて、よだれを垂らしながら、幼女にペロペロとクンカ、クンカは犯罪です。
そんなことしてると――。
「母上! いくら親戚とはいえ、親しき仲の中にも礼儀ありです! 姪タリアトーレに対し、セクハラ行為に及ぼうとしたと認定しました! リシェールに報告する懲罰簿に記載させてもらいます!」
「きひぃいいいっ! アレウス、違うのじゃ! 妾は、姪っ子に親愛の情を示そうとしているだけなのじゃ! 普通するじゃろ! ペロペロとかクンカ、クンカとかくらい!」
うちのセクハラ警察のトップに捕捉されて、特別反省室行きにされるわけですよ。
「アレウス、マリーダも悪気はないと思うの。少しだけ、大目に見てあげてくれるかしら? 」
アレウスの懲罰簿を見て、うちの嫁はガクガクと震え、タリアトーレと同じようにライアの後ろに隠れた。
「ライア伯母上、母上を甘やかしたら、我が従妹のタリアトーレがセクハラ被害を受けます! それはエルウィン家の嫡男として見過ごせませぬ! ここは厳罰をもって事に当たるべきと思案いたします!」
うちの嫡男は、セクハラには厳しい男。
優しいうえにイケメンで、武芸も兵学もイケてる、英雄候補生。
パパは、その凛々しさに惚れてしまいそうだ。
「アレウス、ライア姉様も減刑を申し出ておるし、まだ未遂なのじゃ。自首をするから、懲罰簿への記載は許して欲しいのじゃ」
ライアの後ろに隠れ、ガクガクと震えている嫁であるが――。
俺の目は誤魔化せない。
隠れるついでにタリアトーレに近づき、こっそりとクンカ、クンカしているのを見逃すわけにはいかなかった。
「アレウス、マリーダ様、アウト―! すぐに刑を執行せよ!」
「承知! 母上! お覚悟を!」
「きひぃいいいっ! 違うのじゃ! 妾は無罪なのじゃ! 冤罪じゃ! これは冤罪なのじゃ!」
アレウスに追いかけられたマリーダが、屋敷の奥に消えていった。
「あらあら、アレウスもマリーダも元気ねー。旦那様、私はタリアトーレとともにあの二人をおもてなししてますので、会談はごゆるりと行ってくださいませ」
「承知した。とりあえず、タリアトーレにマリーダを近づけてはならんぞ。何か事があれば、ヨアヒム殿に申し訳が立たん」
「承知しました。マリーダには、私が折檻をいたしますのでご安心ください」
息子アレウスとは別に、姉のライアに叱られたら、さすがのマリーダも無理強いはするまい。
うちの嫁は、超お姉ちゃん子だからな。
ライアがタリアトーレを伴って屋敷の奥に消えると、ステファンが大きなため息を吐く。
「エルウィン家が来ると、いつもは物静かな屋敷が、たちまち騒がしくなる」
「すみません、うちの嫁がご迷惑をおかけしてます」
「マリーダはもともとずっとあんな感じだったから問題はない。時期にヨアヒム殿も来ると使者が来ているので、先に部屋に移動するとしよう」
「ええ、承知しました」
俺たちはタリアトーレの5歳を祝う身内の誕生会という理由で、ゴンドトルーネ侵攻のための秘密会談を行う予定をしている。
すでにヨアヒムから魔王陛下の侵攻許可を取り付けているため、詳細を詰めるための会談になるはずだ。
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