第一九四話 裏で囁くのもたまには悪くない



 リシェールから受け取った書面には3人の名前が書いてあった。



 ウーログ、ボー、ベングトの3名だ。



 ウーログはゴンドトルーネ連合機構国の理事の1人。



 選出されてる地区は、マヨ自治連合国と国境を接する地区だ。



 マヨ自治連合国の侵攻の際、速攻で寝がえり、今では親マヨ自治連合国派閥の長として駐留軍と良好な関係を築き、次期理事長と目されている男。



 続いてボーは、無償割譲案に名前の載った地区から選出されている理事だ。



 反マヨ自治連合国派閥の長として、ゴンドトルーネ連合機構国軍を抱き込み、駐留軍の即時撤兵を要求している男。



 最後にベングドは、ゴンドトルーネ連合機構国が成立する前、かの地を領有していた王権国家の王族の末裔の男。



 3人ともに割譲案を出しそうな雰囲気を持っているな。



 ウーログだった場合は、割譲案を餌にして進駐してノット家の軍をマヨ自治連合国の駐留軍とともに撃破すれば、国内での声望が上がり、絶対的な権限を持つ理事長になれる可能性がある。



 ボーの場合は、無償割譲によってノット家を領内に引き込み、さらなる報酬をチラつかせ、ノット家にマヨ自治連合国の駐留軍の動きを牽制させ、その間にウーログを軍事クーデターで排除し、自らがゴンドトルーネ連合機構国の理事長となる腹積もりかもしれん。



 ベングドであった場合は、ゴンドトルーネ連合機構国の衰亡を見て、王家の再興時期と思い、無償割譲案でノット家を引き込み、さらなる混乱を引き起こしたいのかもしれない。



「ふむ、3名ともそれぞれ出しそうな理由を持ってますな」



「状況は確認させてもらいましたが、私はこの申し出を受けるべきでしょうか……」



 同じ内容を記した書類を読み終えたヨアヒムも、俺と同じように困った表情を浮かべている。



 3者の誰であっても、こちらが得るメリットは小さく、下手をすれば内乱に巻き込まれる可能性があるからだ。



 まぁ、でもウーログだった場合は、騙し討ちでマヨ自治連合国の駐留軍を撃破すればいいだけだし。


 ボーの場合は、無償割譲の領地だけ受け取って軍事クーデターを敵側に漏らし、内戦激化させればいいし。



 ベングドだった場合は、無償割譲でもらった領土をそのまま与えて、属国化して盾代わりにしておけば、こちらの手を煩わすこともない。



 3者誰であってもデメリットを最小にする策はあるが――。



「この場合、無視をするのが一番ですかね?」



 それが無難とは思うんだけどね……。



 ほら、でもうちは『例のアレたち』がいるんで、定期的な血抜きが必要なんですよ。



 この前船いくさの調練で、けっこう血抜きしたから、前半は大丈夫かなとも思うんだけど、年の後半には『いくささせろ』圧が高まると思う。



 それに南はゴランが王位に就いてアレクサ王国からは攻められることはないし、軍事同盟しているアスセナのロダ神聖部族同盟国も落ち着きつつあるので、ロアレス帝国もすぐにはちょっかいを出せないと思う。



 なので、『例のアレたち』がわりと暇なのだ。



 俺は諜報活動で忙しいんだけどねっ!



 でもヨアヒムだけでなく、義兄殿も巻き込んで、この機会にゴンドトルーネ連合機構国の領土を掠めとるというのもありだよなぁ。



 魔王陛下にサボってるのがバレると、黒虎将軍のいるフェルクトール王国の内戦に参加しろとか言われかねないわけだし。



 裏でちゃんとお仕事してます感は、出しておきたいんだよね。



「無視もよい策とは思いますが――。無償割譲される4つの領地とともに、新たにこの4つの領地を支配下に納めると、義父であるステファン殿と領域接する地域も増え、連携して防衛しやすくなりますな」



 拡げられたゴンドトルーネ連合機構国の地図に書かれたある地方を指でなぞる。



「トグンダ地方を我らの領域に納めるということですか……!? たしかに防衛に適した山地もありますし、かの地方を勢力圏に納めれば、義父殿の領地との交通の便は格段によくなる。ですが広大な領域を領地したら防衛力が手薄になってしまうのでは?」



 今度は、リシェールのくれた書類を指で突く。



 ヨアヒムは幼少期から苦労しているため、細かいことに気が付き、頭の回転は悪くない。



「はっ! 謀略を放ち3者を相互不信にさせ、混乱を拡大し、ゴンドトルーネ連合機構国の力を3分割させるということですか! すごい! さすが、アルベルト殿だ! この状況を上手く使うとは!」



「私の能力は大したことはない、リシェールたちが集めた情報があればこそ、ヨアヒム殿が今言われた判断ができるわけです」



 ヨアヒムはキラキラと瞳を輝かせて俺を仰ぎ見てくる。



 でも、一発で正解を出してくるとは、ヨアヒムも意外と謀略家の素質は高そうだ。



 魔王陛下もヨアヒムのことは、かなり気に入ってると聞いているしな。



 エランシア帝国の制度改革が進み、皇家による皇帝選挙がなくなっても、重臣として重用されるだろう。



 そのため恩を売っておいて損はない人物である。



「この件はヨアヒム殿が発議したという体裁にして、魔王陛下に許可をもらい、義父のステファン殿に助力を申し出て、ついでにうちも兵たちも動員してもらえると助かります」



「それはマズい。この策はアルベルト殿の知恵と諜報組織があればこそ浮かんだ物です。私がその功績を奪うわけには――」



 俺はヨアヒムの手を握ると、そっと耳打ちする。



『我が家は功績を上げすぎております。数年で男爵家から辺境伯家にまで昇りつめました。これ以上、目立てば他の貴族家の嫉妬を一身に集めることになる。それだけは避けたいのです。ですから、この件はヨアヒム殿からの発議でなければなりません』



 まぁ、でもステファンとか魔王陛下には、俺が後ろで囁いたことはバレるだろうけども。



 他の貴族たちにバレるとは思わないので、ぜひともヨアヒムから発議して欲しい。



「ですが、それではエルウィン家の利益が――」



「であれば、うちへの報酬は、いくさで得た捕虜を処分する権利をすべていただくというところでどうでしょう? うちは人を欲しておりますし、ゴンドトルーネ連合機構国と領域を接しているノット家では捕虜の管理が負担になりますでしょうしね」



「本当にそれだけでよろしいのですか?」



「ええ、うちは正規兵しか動員しませんし、彼らはいくさを欲するので、調練を兼ねた遠征をさせてもらえたうえ、捕虜まで頂ければ利益として十分に満足できるのです」



 うちはゴンドトルーネ連合機構国と領域を接していないし、仕事を頑張る捕虜にはとっても優しい。



 ビックファーム領の馬の育成にも人は欲しいし、開拓地にも人を送り込みたいので、スカウトチャンスを逃すわけにはいかない。



 しばらく考え込んでいたヨアヒムだったが、俺の手をもう一度しっかりと握り直すと頷いた。



「分かりました。アルベルト殿の言う通り、ゴンドトルーネ連合機構国のトグンダ地方掌握作戦を私からの発議として、魔王陛下に上奏させてもらいます」



「よきご決断をされた。リシェール、わが諜報組織が得た情報をヨアヒム殿にも流すように」



「承知しました。すぐに連絡を入れます」



「かたじけない。義父殿にはわたしからすぐに使者を送ります」



「そうですな。詳しい情報が集まったところで内密に話をしたい。ああ、来月あたり妻と嫡男アレウスを連れ、義兄殿にご挨拶をせねばと思っておったところです」



「承った。それまでに魔王陛下の許可を取り付けます。では、ごめん!」



 席を立ったヨアヒムは、そのまま居城に戻っていった。



 魔王陛下のことだから、大公家である竜鱗族のデニスも、今回の侵攻に際して押し付けられそうな気もする。



 けど、いかつい見た目は裏腹に、地味な警備活動や裏方仕事はしっかりとやってくれるのはアレクサ侵攻の時、確認させてもらった。



 なので使い方さえ間違わなかったら、問題は起きないだろう。



 さって、今度は東に出張か―。お土産は何がいいかなー。


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