第一九三話 東部の蠢動


 帝国歴二六八年 翠玉月(五月)



 エルウィン家初の大規模な船いくさの調練は大成功に終わった。



 マリーダも脳筋四天王も調練内容に大満足だったようで、肌がつやテカしている。



 嫡男アレウスもいくさの指揮に興味を持ってくれたようで、武芸を鍛えるだけでなく、兵学の書を読み始めた。



 マジでお金はかかったが、やっておいてよかったと思う。



 新規採用した元ホルゥジャ商会の海兵たちも、操船に慣れ、今はエルウィン家の船を使って輸送業のお手伝いに精を出して、外貨を稼いでくれている。



 順風満帆。



 周囲に敵の影はなく、領内の商売もゴランが王となったアレクサ王国向けや、ロダ神聖部族同盟国向けの輸出品が増え、潤っている。



 このまま、今年いくさがなければ、税収の大幅な増加が見込まれるとの試算も出た。



「アルベルト様、お客様がお越しになられました」



 執務室で今後の税収増を夢想し、ニヤついていたら、リシェールから声がかけられた。



 声に振り返ると、リシェールの背後には、鳥人族の凛々しい青年が立っているのが見えた。



「アルベルト殿! お久しぶりです!」



「これは、これは。ヨアヒム殿、ご連絡頂ければ、出迎えに出ましたのに」



「いえいえ、私ごとき者を稀代の大軍師様に出迎えてもらうなど、もったいない」



 もともと、いいところのお坊ちゃんぽいショタボーイだったが……。



 年月とともに四皇家当主としての風格も出てきた。



 ただ、俺の熱烈な信奉者ってところは変わらないでいる。



「四皇家の一つ、ノット家当主であらせられるヨアヒム殿に出迎えもせずにいたと、魔王陛下に知られれば、このアルベルトの首が落ちまする」



「魔王陛下は、アルベルト殿のことをとても買っておられます。帝都でお会いするたびに、私に対し、アルベルト殿の軍略を熱く語られておられますので」



 ショタボーイ改め、イケメン男子ヨアヒムは、魔王陛下とも仲がいい。



 ヨアヒムが当主であるうちは、ノット家が魔王陛下の敵に回ることはないとまで言われるほどの蜜月な付き合い方だ。



 にしても、事前に連絡もなくヨアヒムが会いに来るのは珍しい。



 最新版アルベルト変身セット(赤褌バージョン)のおねだりだろうか?



「立ち話などさせられませんので、すぐに部屋を用意させます」



 リシェールに視線を送ると、すでに整っていると言いたげな顔をしていた。



 彼女もヨアヒムの急な訪問に何か感じるところがあったのだろうな。



「お仕事の手を煩させて申し訳ありません」



「いえ、ちょうど休憩しようと思っていたところです。ここでは何ですから、部屋を用意させました。そちらで話しましょう」



 俺は書類を閉じると、ヨアヒムを伴って別の部屋に移動した。




「それで、私に何用でしょうか?」



「実は……ゴンドトルーネ連合機構国とマヨ自治連合国の件でして……。できれば、アルベルト殿の知恵をお借りしたいと来訪したしだいです。本当なら自ら策を練り、皇家当主として戦果を挙げねばならぬことは重々承知しておりますが、非才の身のため、良い策が浮かびません」



 青年当主に成長したヨアヒムは、以前のお飾り当主を脱却し、家臣からの意見を募り、自らの考えのもと堅実に政務を行っている。



 堅実なヨアヒムの統治によって、いくさで大きな痛手を受けたノット家の領内もかなり盛り返しているとも聞いている。



 だから、けっして無能な当主ではない。



 その彼が俺に相談を持ちかけるのは、ゴンドトルーネ連合機構国とマヨ自治連合国の件は、相当困った案件なのだろう。



「私の知恵が役に立つかは分かりませんが、ヨアヒム殿の困りごとの助力くらいはできるかもしれません。お話しいただけますか?」



 目を輝かせたヨアヒムは、俺の手を両手で握ると、感謝を示すように頭を垂れた。



「ありがとうございます! アルベルト殿の知恵を借りられるなら、万の兵を得たのも同然! しからば――」



 ヨアヒムはさっそく、懐から地図を出し、テーブルの上に広げ始めた。



「実は外縁部を守る家臣からの連絡で、ゴンドトルーネ連合機構国のとある理事からロブー、ゾティネ、カツー、ザクシニアの割譲の誘いがきているです」



 ふむ、ヨアヒムがあげた4つの領地は、ステファンとうちが一緒にゴンドトルーネに侵攻した際、徹底的に破壊した領地だな。



 多少復興はしているだろうが、城もなく、領民も散ってしまっているから旨味は少ないはず。



 もらうにしても、対価が高ければ蹴った方がいい案件だろう。



「割譲の対価はなんでしょうか?」



「それが……ないんです。先方は割譲させてくれと言ってるだけで、こちらに何かしろと依頼をしてこないとのこと。罠であることも考えられますので、気楽に受け取るわけもいかず、割譲案の出た背景を調べさせているのですが……。どうにも実態が掴めずに困っておるのです」



 対価なしの割譲だと……。



 いったいどういうことだ?



「義父であるステファン殿はなんと?」



 ヨアヒムは、ステファンの娘と婚約中で、関係は良好だから、そっちから情報が取れるはずだが――。



「義父殿も出所をさがしているらしいのですが、なかなか掴めないと言われておりまして」



 だからこそ、俺の知恵を借りに来たってことか。



 すぐさま、同席しているリシェールに視線を送る。



「ヨアヒム様のお困りの件、こちらでも気になって調べております。無償割譲案を提案した候補者はこちらの3名のうち誰かかと」



「なんと! すでに動いておられたのか! さすが、アルベルト殿の率いる組織!」



 ヨアヒムも驚いているが、さすがうちの諜報組織は仕事が早い。



 リシェールから差し出された書類を受け取り、書面に視線を落とした。



――――――――――――――――――――

あとがき


長らくぶりの更新再開です。かなりお待たせしてしまいましたが、商業の原稿と新作JKヒモ勇者(https://kakuyomu.jp/works/16817330660643377271)の更新も一段落つき、WEB版いせ嫁の集中連載に取りかかれるようになりました。毎日更新できるよう頑張っていきたいと思います。



小説版3巻も発売中ですし、来月にはコミックス2巻の発売も控えております。そちらも応援して頂けるととても助かります。



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