第一九二話 海戦の勝者


「叔父上ーー! その首、置いていくのじゃーーー!」



「やらせはせんわっ! お主が置いていけ!」



 二人が櫂を打ち合うたびに、発生した衝撃波が船上に広がっていく。



 普通なら衝撃で木製の櫂がぶっ壊れてるはずなのに、破壊しないギリギリの力加減で打ち合ってるんだろうか?



 謎の技量を見せつけてくる。



「ははっ! マリーダ! どうした! 兵どもがおらねば、ワシの首は獲れんぞ!」



「うるさいのじゃ! 妾には兵など必要ない!」



 マリーダの上段振り下ろしを櫂でいなしたブレストが力比べに持ち込む。



 戦闘力では若干マリーダに分があるが、その分ブレストには戦場の場数という経験が多い。



 なので、両者の実力は伯仲しているのだ。



「マリーダ様! 早く、ブレスト殿を仕留めてください! ラトール殿が船を反転させ、迫っております! このままではこちらが兵数の差により押されます!」



 マリーダの参謀として参加しているリシェールが、状況を伝えてきた。



「むぅ、そうは言うてもなぁ、叔父上は勝負を急いでおらん! ようじゃのぅっ!」



 力比べを嫌ったマリーダは、後ろに飛び退くと、はしごの付近で敵兵の阻止をしていたこちらの兵を薙いだ。



 櫂によって薙ぎ払われた兵たちが、吹き飛ばされて海面に落ち、水音がいくつも聞こえた。



「進め! 叔父上は無視じゃ! 近衛兵どもはアルベルトを捕らえよ! あちらの軍の指揮官は実質アルベルトじゃ! 司令塔を潰せば、叔父上たちなどカルアとともに各個撃破してくれる!」



 マリーダの櫂の先が、アレウスとともに観戦モードに入っていた俺に向く。



 はあっ!? 俺を狙うだって!? 聞いてない! 聞いてないよ! マリーダさん!



 マリーダが侵入路を開き、こちらに乗り込んできた敵兵たちの視線が一気に俺に注がれる。



 乗り込んできたのは、マリーダ専用に選抜した脳筋近衛兵! こっちの兵じゃ、防ぎ切れるか分からないぞ!



 獲物を視認した脳筋どもが、闘気を発し、突入してくる。



「防げ! 近衛兵は強いぞ! 全力で当たれ!」



「「「おぅ!」」」



 配下の兵たちが、木剣を手にして突入した近衛兵に応戦を始めた。



「父上、近衛兵たちは強いですよ。私よりも断然強い。四天王に続くエルウィン家の武勇自慢たちですからね」



 アレウスの調練の相手もマリーダができない時は、彼ら近衛兵が行ってくれていると聞いた。



 戦闘職人である鬼人族たちの中でも特に武芸に秀でた者たち。



 そんな彼らが突入してくるのが、こんなにも恐怖を感じるものだとは……。



 敵側はいつもこんな緊迫感の中で戦わされているのか。



 近衛兵の放つ殺気に、俺の部下たちも足をすくませ、応戦する手が止まる。



「いくさ場で手が止まったやつは、首を落ちるぞ!」



 応戦の手が止まった部下が、近衛兵の一閃を受けて、膝から崩れ落ちる。



 早いっ! 斬撃が見えねぇ! 選抜の時も度肝を抜かれたが、やっぱりヤベー連中だ!



「首、置いてけ。首ぃー!」



 ケダモノたちの眼が俺に注がれる。



 視線を受けた俺は、背中から冷たい汗が流れ出すのを止められなかった。



「父上、どうされますか? この状況、父上の腕前では切り抜けられないはず」



 アレウスたんが淡々とした表情で俺の絶体絶命の危機を見切っている!?



 俺の武芸じゃ、あのケダモノたちは防げないさ! 部下たちも防げないだろう!



 けどそれは、視線の奥に見えるラトールの船が間に合わなかったらの話だ!



 ラトールの率いる船がこちらの船に接舷するまで、あと少し! 数分、しのげば状況は逆転する!



「アレウス! いくさは弱気になった方が負けだ! 私は負けるつもりはない! ラートル隊がじきに来る! 時間を稼げ!」



「「「おぅ! 援軍到着まで守るのだ!」」」



 部下たちも援軍の姿を視認し、士気を回復したようで、突入してくる近衛兵を押しとどめ始めた。



「むきぃいい! 進め! 進むのじゃ!」



「マリーダ! そなたの相手はワシじゃ! 逃さんぞ!」



 近衛兵に加勢しようとしたマリーダを阻止したのは、総大将のブレストだった。



 その瞬間、船上に衝撃が走る。



 ラトールの船が接舷し、即座にはしごがかかると、兵たちがマリーダに殺到した。



「親父! マリーダ姉さんの首は、オレがもらったぁあああああっ!!」



 ブレストと打ち合っていたマリーダの背後から、ラトールが手にした木刀を振り下ろす。



 木刀は紙一重でマリーダにかわされた。



「ラトールにやらせるほど、妾は甘くないのじゃ!」



「だがな! バカ息子に気を取られすぎだ!」



 隙を突いたブレストの蹴りがマリーダの腹にめり込んだ。



「ぐぅ! 叔父上! 二人がかりとは卑怯なのじゃ!」



「ばかもん! ワシはあいつの助力など期待しておらぬっ!」



「うるせー! 親父は引っ込め! オレの獲物を横取りするんじゃねぇ!」



「うるさいぞ! バカ息子が! 囮に騙されおったくせに!」



 あ、あれ? これはまさか……。嘘だろ! いくさ場だぞ!



 膝を突いたマリーダが、2人の口喧嘩を見てニヤリと笑うのが見えた。



「二人とも口を慎め! マリーダ様に狙われてる!」



 櫂をふるってブレストの首を狙ったマリーダの前に、ラトールが立ちふさがる。



 櫂がラトールの脇腹に当たり鈍い音を響かせる。



「ぐえ! いってぇえ! けど、大将はやらせねえよっ! マリーダ姉さんっ!」



 櫂を掴んだラトールは、そのままマリーダに近づき、動けないようにガッチリと腰を掴む。



「よくやった! ラトール! マリーダの首は、ワシが取る!」



「くぅ! やはり二人がかりではないかっ!」



 ラトールに抱えられ身動きの取れないマリーダが、ブレストの振り抜いた櫂の直撃を受けた。



 実戦なら、確実にマリーダの首は地面を転がっているくらいの斬撃だ。



「敵将マリーダの首! このブレスト・フォン・エルウィンが獲った!」



「まだじゃ! まだ、やれるっ!」



「マリーダ様、お討ち死に! あたしたちの負けです! 総員戦闘停止!」



「マリーダ様、討ち死に! 総員戦闘停止!」



 俺とリシェールの戦闘停止命令に近衛兵や部下たちが、一斉に戦闘を止めた。



「アレクシア様、カルアさんとバルトラートさんに信号旗! 『勝者、青軍! 我ら、敗北!』」



 リシェールの指示に従い、アレクシアが部下に指示を出すと、信号手が旗を振り始めた。



「母上が……負けた……」



「無理に突っ込んだ代償だと思う。マリーダ様と突っ込んできた副将がカルアであれば、私たちが蹴散らされ負けであった」



 強くなり始めているとはいえ、まだアレウスは子供。



 突破力はカルアとは比べ物にならないほど低い。



 リシェールもマリーダもそれを理解したうえで、突入部隊の副将に選んだはずだ。



 囮にするには容姿も実力も足りないので、妥当な判断だと思う。



「私のせいか……」



 武勇の足りなさを知り、意気消沈した様子を見せるアレウスの肩に手を置く。



「ああ、だが今のアレウスでもできることはあるぞ。次の部隊の調練では、私と組みマリーダ様の近衛兵を指揮するのだ。いくさは兵を動かし、優位を保ち、武勇を示すこともできることを教えてやろう」



 大事な嫡男アレウスを脳筋戦闘武将にするわけにはいかないので、兵の指揮をさせ自信を持たせることも忘れずにさせておかないとな。



 ふぅー、それにしても近衛兵たちのヤル気が異常に高いんだが……。



 普通の農民兵なら、あの姿だけでちびって腰を抜かすぞ。



 叩き伏せた兵を起こす、近衛兵たちはさっきまでの殺気を消し、朗らかに談笑をしている。



 その後、部隊を何度か変更し、一週間ほどの日程をかけ、接舷斬り込み、同航戦、反航戦、射撃の仕方など船いくさの調練を進め、技術的な蓄積を重ねることに成功した。



 代償として、やんちゃしすぎたマリーダが新造艦の甲板に穴を空けたので、修復費は肉体で返してもらうことにしたのだった。



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いせ嫁二巻発売されましたー。書籍版の方も応援よろしくお願いします/)`;ω;´)

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