第一九一話 敵将アレウス



「マリーダ! アレウス! 本気で行くぞ!」



 櫂を構えたブレストが前に出ると、船上の空気が張り詰めたものに一気に変わる。



「アレウスたん! 下がれ! 下がるんだ! マリーダ様! アレウスを!」



「アルベルト、エルウィン家の嫡男がいくさ場で敵に尻を向けるなんてことは許されんのじゃ!」



「父上、私はやれます!」



 きえええっ!! ブレストさん、本気だからっ! アレウスたん、やれます! きりっ! って顔されてもパパは困ります!



「アルベルト様、一ついい案がありますよー!」



 突入した船に甲板にいたリシェールがメガホンを持って話しかけてくる。



「なんだ? いい案だと?」



「ええ、とてもいい案があります。アレウス様の安全が確実に守れます」



 リシェールは、ニヤリと笑みを浮かべた。



 その笑みに背中がゾクゾクとするものを感じる。



「そ、その案とは?」



 息子の身の安全を守れる案を知りたくなった俺は、リシェールに案の中身を聞いた。



 俺からの問いかけに、真面目な表情に変わったリシェールが、ブレストを指差す。



「アルベルト様の部下を使い、ブレスト殿を捕縛すれば、アレウス様の身の安全は図れますよ。ええ、無傷で調練を終えられると思います」



 俺の視線は本気の殺気を放つブレストの背に注がれる。



 俺の部下を使って、ブレストを止め、捕縛……。



 つまり俺のブレストを裏切って、内応者になれと言うのか。



 調練には負けるが、息子の身の安全は図れる……。図れるがっ!



 俺の動揺を読み取ったのか、周りの部下の視線がこちらに向く。



 くっ! リシェールの狙いは俺の部下たちの動きを止めることかっ!



「マリーダ様、アレウス様、今です! アルベルト様の部下は動きません! ブレスト殿を捕縛するのです!」



「任せるのじゃ! 叔父上かくごー!」



「母上の背中は私が守る! 兵ども進め! 進め! 止まる者はエルウィン家の兵とは言えぬぞ!」



 くぅうう! 凛々しい! 凛々しいよ! アレウスたん! 惚れちゃううぅうう!



 だが、私もエルウィン家の婿であり、いくさの采配をする軍師!



 調練とはいえ、負けるわけにはいかない!



 まずは、こちらの弱点を消すのが先決!



「我が配下の兵は敵将アレウスの捕縛! マリーダ様はブレスト殿に任せよ! 狙うのはアレウスだ!」



 自らも木刀を手に取ると、アレウスの前に出る。



 ブレストに全力で襲われる前に、俺がアレウスたんを止めるっ! そうすれば、こちらの弱点はなくなるはずだ!



「アレウスを召し取れ! 無傷で捕らえた者には褒美を取らす! かかれぇー! かかれぇー!」



「父上、私は簡単には捕らえられないですよ!」



「ブレスト殿、私がアレウスを捕らえるまで、マリーダ様の相手をしててくださいよっ!」



「よかろう。マリーダ! お前はこっちだ!」



「イヒヒっ! 叔父上の首を頂くとするかのぅっ!」



 マリーダは、ブレストの首を狩りに行ってくれる。



 なら、全力でアレウスの身柄を確保だ!



 俺の部下の兵たちは、捕縛しようとアレウスに殺到して、返り討ちにあっていく。



 だが、向こうの兵の方がまだ少ない。



 このまま押し包めば、捕えられるっ!



「アレウスたん、降伏しろ! パパが身柄の安全は保証する!」



「それはできませんっ! 私はエルウィン家の将! 兵たちの前で無様な姿が見せられません!」



 くぅうううっ! かっけぇええ! 痺れるぅうう! 抱いてぇええ!



 いやいや、そんなことしてる暇ないっ! 早く捕らえないと!



 それにしてもいつの間にこんなしっかりした子に育ったんだ。



 さすが、俺の子って言いたい。



 エルウィン家の未来は明るすぎるほど明るいぞ!



 だが、勝たせるわけにはいかない!



「囲め! 囲め! 武器を振らせるな!」



 殺到した兵たちが、アレウスの振るう櫂を押さえ動きを止めるのに成功した。



「悪いがアレウスたんの身柄の安全は確保させてもらう!」



「護衛はアレウス様を守ってください! それだけで、アルベルト様と兵は押さえられます!」



 リシェール! 俺の近くにいる間に随分と悪賢くなった!



 こっちの予想を見切り、想定外の戦術でかく乱し、弱点を突く。いくさの常道をきちんと踏まえた見事な策だ。



 おかげでこっちは劣勢だが、まだ勝負は決まってない。



「アレウス! 覚悟!」



 俺はアレウスに殺到した兵たちの上に飛び乗り、一気に近づくと飛びついて地面に引き倒す。



 なおも暴れようとするアレウスに木刀を突き付け、口を開いた。



「敵将アレウスの首は獲った!」



「まだー」



「アレウス。私が持つこの木刀が本物なら、お前は確実に首を落とされている。事実を受け入れろ」



「くそー!」



 歯をくいしばっているアレウスが、目から涙を流し始めた。



 あわわっ! 泣くな! 泣くんじゃない! アレウスたん! 君は強かったぞ!



 俺は慌ててアレウスを抱き締めると、兵たちとともに奥へ下がった。



 アレウスの身柄を確保し、ひとまずの安堵を得た俺は、周囲の状況を確認する。



 ラトールが船を反転させて戻ってきてる! カルアはバルトラートが抑えてるらしい! これなら兵力差で勝てる!



「ブレスト殿、ラトールが兵を率いて戻ってきてる! マリーダ様との一騎打ちは長引かせてください! 兵たちは敵兵の移乗を阻め!」



 すでに何度もマリーダと打ち合って、両者の持つ櫂は傷だらけになっている。



 その2人が戦う戦闘領域には、誰1人立ち入れないでいた。



 あれなら、しばらく持つはず! 早く戻ってこいラトール! 勝利の決定打はお前とお前の兵だ!



 ラトールに乗る船が反転し、徐々に姿が大きくなるのが待ち遠しかった。




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本日、異世界最強の嫁小説版二巻の発売日となりました。


WEB版ともども書籍版も応援して頂けると幸いです。


あと、本日まで集中更新してまいりましたが、明日より放置してた確定申告作業に入るため更新頻度が不定期となりますことご了承くださいませ。



お時間ある方は↓の作品も読んでもらえれば幸いです。


劣等生だった俺の就職先は、異世界の最強勇者でした。

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スキル【再生】と【破壊】から始まる最強冒険者ライフ~ごみ拾いと追放されたけど規格外の力で成り上がる!

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