第一九〇話 奇策


 マリーダの座乗していると思われる大将艦を先頭に突っ込んできたな。



 止めてくれよ。ラトール、バルトラート。



 先行する四隻が、突っ込んでくるマリーダの船を阻止しようと、進路を塞ぐルートに入っていく。



「減速はしないらしいな。突っ込んでくるぞ」



「まぁ、マリーダ様ですからね。調練とはいえ手は抜かないでしょうな」



 近づく船影の舳先に大剣を構え、真っ赤なマントで身体を包んだ女性がうっすらと見える。



 さすが、マリーダ。正面突破一択か。



 あのリシェールでも、いくさでの制御はできなかったんだろうな。



「あれくらいであれば、バカ息子たちでも止められるだろう」



「ええ、速度的に進路は塞げそうですしね」



 ラトールとバルトラートが率いた船が、突っ込んできたマリーダの乗る船の突出を止め、船の縁がぶつかる音が響いた。



 ちょっと、激しくないですかね……。



 いいお値段するんですよ。その船。



 船の衝突音にドキドキが止まらない。



「マリーダ姉さんの首を獲るぞ! 野郎ども! 海兵がはしご渡したら、乗り込め!」



「ラトール殿に遅れるな! マリーダ殿を捕縛すれば勝てる!」



 接舷した二人が乗り込むために、武器を手に持ち、はしごがかかるのを待っていた。



 かなり遠くに見えてたマリーダの姿がかろうじて視認できると、その姿に違和感を覚える。



 ん? 珍しくマリーダが、俺のいつも着けている銀仮面を付けてるな。



 いつもなら、あんな仮面なんて付けないはずだが――。



 表情が見えないマリーダの姿に背筋がゾクゾクする。



 なんだ、この違和感! なにか、おかしい。



 自分の中に感じた違和感が、どんどんと広がっていき、頭の奥で警鐘を鳴らす。



 ラトールたちの大将艦への突入が始まり、敵船にかけられたはしごを渡って、接近戦を始めていた。



 なんだ、なんだ、この違和感! この違和感の正体!



 頭の奥で鳴り響く警鐘のもとを探そうと、銀貨面にマント姿のマリーダの姿を凝視する。



 銀貨面の隙間からチラリと髪色が見えた。



 ちがっ! ちがう! あれはマリーダじゃない! 



「あれはカルアだ! 囮にされたカルアが大将艦に乗ってる! マリーダ様は別の船だ!」



「あのマリーダが先頭をカルアに譲るとはな! どうなっておるのじゃ!」



「リシェールが説得したのでしょう! だとしたら――」



 単縦陣最後尾の船が乱戦になった戦列を離れ、こちらに向かって突入してくる様子を見せた。



 あれだ! あれにマリーダがいるっ!



 このタイミングじゃ、ラトールとバルトラートの率いてる兵たちは戻せない。



 手持ちの船と兵で防ぐしかないかっ!



「ブレスト殿! マリーダ様が来ます! こっちを狙ってますよ!」



「前衛は間に合わん! マリーダが単艦で突入してくるぞ! 接舷されたら敵を海に叩き落としてやれ!」



 ブレストの号令で待機していた海兵や兵たちが慌ただしくなった。



 マリーダの乗る船はグングンと近づいてきた。



 乱戦を防ぐ手がない、このまま移乗されるっ!



「アレクシアの操船で船足が早いっ! 来ます!」



「衝撃に備えよ!」



 足を踏ん張り、船の縁を掴むと、衝突の衝撃が船に響いた。



「待たせたのぅ! 妾が来たのじゃ!」



「父上! ブレスト大叔父上! 覚悟!」



 櫂を手にしたマリーダとアレウスが、はしごがかかる前にこちらの船に飛び乗ってきた。



 飛び乗った二人が櫂を振り回して、不意を突かれた兵たちが叩き伏せられていく。



 くっ! アレウスたんもつえー! いつの間にあれだけの武芸をっ! 動きが良すぎるっ!



 ここにいる兵は、鍛え抜かれたエルウィン家の常備兵だぞっ!



 鬼人族エリートの血がなせる武芸の技か! くぅ、かっこいい! かっこよすぎるぞ! アレウスたん!



 息子の勇ましい姿に見ほれそうになるが、頬を叩いて気合を入れ直し、現状の不利を挽回するための策を考える。



 前衛が戻るまでには時間がかかるし、もう一隻に乗ってる兵を足してもマリーダ様とアレウスたんを止められる気がしない。



 どうしよう? どうすればいい? 不意を突かれ乱戦に持ち込まれるとはな……。



 とりあえず今は、前衛が合流できるまで耐えるしかない。



「くっそ! 防げ! 敵はマリーダ様とアレウスたんだけだぞ!」



「兵ではマリーダを止められない! ワシも出る!」



「すみません、頼みます! ラトールかバルトラートが戻れば勝機はあります! それまで耐えてください!」



「ワシがバカ息子の世話になるわけにはいかぬ。この手でマリーダを仕留めてくれるわ!」



 愛用の槍の代わりに、マリーダと同じ櫂を持ち出したブレストが凶悪な笑みを浮かべて、甲板上のマリーダに近づいていく。



「アレウスには手加減してくださいよ! ケガさせないでくださいね!」



「請け負いかねる。鬼人族なら、いくさばでのケガは名誉」



 呼気を吐き出し櫂を構えたブレストは、本気モードが発動していた。



 らめぇえええっ! 死んじゃうからっ! 本気はダメェエ!



「アレウスたん! にげてぇえええええっ! 引き返しなさい! 引き返してぇええっ!」



 息子の命の危機を感じた俺は、思わずアレウスに向かって叫んでいた。

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