第一八八話 待望の調練日がやってきた!

 帝国歴二六八年 金剛石月(四月)



 エルウィン家の水軍大調練の日がやってきた。



 開催一週間前から、脳筋たちがソワソワし始め、調練日はまだかと催促してきたが、騒ぐやつは参加させないと布告した途端、一言も発せずに開催日まで粛々と準備に明け暮れた。



 さすが脳筋。調練への不参加は死ぬよりもつらいことらしい。



「調練! 調練! 調練なのじゃーーーー! 皆の者! 用意はいいかっ!」



「マリーダ! ワシはどの船だ!」



「マリーダ姉さん! オレは親父と別の船にしてくれ!」



「海か……。落ちたくはないな」



「斬り込みなら、こっちの武器の方が使いやすいような気がする」



「「「「うぉおおおおおおおおっ!!」」」」」



 ヒモ水着姿のマリーダが、調練のため、特別に借り受けたルーセット家のグレダン領の船着き場に居並ぶ常備兵たちを前に拳を振り上げた。



 テンションたけぇ! 脳筋四天王もいるし、事故の予感がビンビンするんだが。



 いつもよりマリーダの露出度が増しているが、みんなそれどころじゃないって感じだな。



 どんだけ調練好きなんだよ……。



 にしても、俺も赤褌姿にされてて、非常に恥ずかしいのだが……。



「父上、初の船いくさの調練。緊張しております」



「母上の傍らに立ち、落ち着いてやればいい。失敗しても、それを次への糧にするのが、調練の持つ意味だからな」



「はい! 頑張ります!」



 同じく赤褌姿のアレウスだが、最近マリーダとの調練の成果が出たのか、鬼人族の肉体的資質なのか、次男ユーリとは比べ物にならないほどしっかりとした体躯に成長している。



 赤褌姿もバッチリ決まっていて凛々しさも感じる。



 将来は貴族令嬢たちの視線を独占する、文武両道イケメン辺境伯令息確定だ。



「アレウス様も健やかな成長をされてますねー。いやー、さすがマリーダ様とアルベルト様のご子息です」



 リシェールさん、よだれ、よだれ。



 それと、アレウスたん、ペロペロしたらお仕置きするからねっ!



「リシェール、変な気を起こしたらダメだよ」



 俺は隣に立つリシェールの腰をグッと引き寄せる。



「だ、大丈夫ですよ。わたしはアルベルト様、一筋ですから! ええ、大丈夫ですー!」



「なら、いい」



「こらー、そこー! 調練の場でイチャイチャするんじゃないのじゃー! アルベルトと言えども調練で緩みを見せれば妾は許さぬー!」



「はっ! 承知しました!」



 俺はリシェールから離れると、アレウスとともにマリーダの横に立った。



「では、本日の船いくさ調練の概要を発表させてもらいます」



「「「「「うぉおおおおおっ! 早くヤラセロ! 早く! 早くぅ!」」」」」



 むさい脳筋たちの発する熱量で、まだ肌寒いこの季節でも、周囲が熱く感じられた。



「本日はこのグレダン領の船着き場から漕ぎ出し、ヴェーザー河口を抜け、紺碧海に出て六隻ごとに分かれ、接舷斬り込み戦闘の調練を行います。外洋のため、河よりも船の揺れは大きくなり、足場は悪くなります。武器は刃や矢じりを落としてますが、当たれば痛いので頑張ってください」



「「「「「「うぉおおおおおおおおっ!! いくさ! いくさ! いくさ!」」」」」」」」



 マリーダが騒ぐ脳筋たちを制するように手を突き出す。



「アレクシアからも注意事項を申すのじゃ!」



 マリーダと同じくヒモ水着を着込んだアレクシアが、兵たちの前に立った。



「海戦における接舷斬り込みは、足場の悪さもありますが、一番気を付けるのは、船の間に挟まれないことです! 接舷時の衝撃は強く、放り出された兵が挟まれて死ぬ事例も多いので、調練とはいえ十分に気を付けるように! あと、斬り込み兵は海兵の指示があるまで勝手に斬り込まないこと! 以上です!」



「「「「「承知っ!!!」」」」」



「では、皆の者! 調練開始! それぞれ割り振れた船に乗船するのじゃ!」



 脳筋たちが、戦闘モードに入り、事前に渡されていた色付きの布と同じ色の船に乗り込んでいく。



 三〇人乗りの新造艦は操船する海兵が一〇名、斬り込み隊が二〇名ほどの編成になっており、六隻で一八〇名。



 総数三六〇名の兵を何日かに分けて調練する予定をしている。



 出航の鐘が鳴り響き、帆を張った船が次々に紺碧海へ出港していく。



「マリーダ様、我々も乗船しましょう。アレウスも遅れないように」



「アレウス、妾のそばを離れないようにのぅ」



「ははっ! 母上に後れを取らないようついて行きます!」



「アルベルトは、アレクシアとリシェールを連れ見物しておればよい!」



「はいはい、頑張りすぎて事故がないようにしてくださいよ」



「出港!」



 船長のアレクシアの指示で、俺たちの乗る船も外洋へ出ていく。



 天候は穏やか、風もそれほど強くなく、波も穏やか、絶好の調練びよりだと思われる。



 出航した船は、海上で陣形を組み直し、目的海域に向け、帆に風をはらませ進んでいった。

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