第一八五話 視察旅行も終わりを告げる。


 領地視察旅行も最終地。



 スラト領の東部とバフスト領に接するノモーネ領。



 領地は荒れてるけど、スラトの防衛のためもらうことにした土地。



 ゴランに譲渡され統治はされていたが、長く続いたエランシア帝国とのいくさに巻き込まれたところで荒れている領地だ。



 これといった産業もなく、領民も少なく、領内のほとんどが険しい山岳地帯が占めている。



 馬車を下りた俺の前には、砦に毛が生えた程度のノモーネ城があった。



「酷くボロッチイ城じゃのぅ。門もかなり傷んでおるし、城壁も綻びておる」



「何度も取ったり取られたりしてた領地ですしね。何人も領主が入れ替わってますし、修繕の手も追いつかなかった感じですね」



「この城じゃ、籠ってももたぬのぅ」



「わたし一人でも簡単に落とせそうな城ですね」



「アルベルト様、修繕せずに新築しますか?」



 これだけ破損が酷いと新築した方が安上がりかもしれないな。



 スラト領に近い比較的低地に住民の大半が住んでるし、南に向かう馬車の大道の支街道を通すつもりなので、そっちに作り直した方がいい気がする。



 ここから先はかなり険しい山岳地帯しかないし、大軍が大挙して通過できる場所でもないしな。



「そうだね。この損傷だと、スラトに近い方に新築した方がいいようだ」



 新ノモーネ城をスラト防衛の前衛基地として整備し、進入路を限定してしまえば、大軍も容易に国境を越えられないはずだ。



 視察旅行で見てきた各領地の防備が予定通り完成すれば、南から大軍で侵入することは地勢的に厳しい。



 東はヨアヒムとステファンがいるし、北は魔王陛下とデニス。



 攻められる国は、ロアレス帝国のみ。



 けど南西はロダ神聖部族同盟国と山の民が連携して阻むし、補給路が確保できない。



 今のエルウィン家に対する攻め口は、ルーセット家の対岸を占拠し、ヴェーザー河口から艦隊を率いて遡上する案くらいしかない。



 艦隊補強も急がないとな。



 黒虎将軍の意識がフェルクトール王国に向いてる間に負けない体勢を整えたい。



 そろそろ水兵候補たちをこっちに呼び寄せる時期かな。



 お金がまた金がかかるなぁ。



「マリーダ様、視察旅行もおわりますが、この後、しばらくお仕事に励んでもらえば、今度は船いくさの調練をしましょう」



 船いくさの調練と聞いたマリーダの顔が紅潮する。



 鬼人族も未だに不得手とする船いくさの調練は、何度も計画書が提出されていたが、人員不足を理由に俺が却下していた。



「船いくさじゃと! ふふふ! その言葉、あとで忘れたとは言わせぬ! 一筆書いてもらうのじゃ! リシェール! 筆と紙を持て!」



 アレクサ侵攻戦での勘違いがトラウマになったのか、ちゃんと約束することの大切さを覚えたマリーダが、リシェールから紙と筆を取り、こちらへ差し出してきた。



 嫁ちゃんの知力、実は上がってるんじゃないか疑惑があるが。



 ただ、悪知恵の類かもしれないが……。



「承知しました。ちゃんと一筆お書きしますよ。ただ、期日は入れられませんが」



 サラサラと紙に船いくさの調練に関しての約束を書き記す。



「よいのじゃ! よいのじゃ! 約束した事実が大事なのじゃ! 文字に残せば、何度もしつこく実施を迫れるからのぅ。ウヒヒ! 船いくさは経験が少ないので楽しみじゃのう! 島亀たちにも栄養を取らせねばならんなぁ。おぉ! そうじゃ! アレスティナにも見せてやるとするか!」



 ん? アレスティナたんに島亀……。



 脳裏に象パニックと鷹パニックの残像がよぎる。



 あー、なんかマズい気しかしない。アレスティナたんの動物使役能力は亀まで発揮されそうなんだよなぁ。



 この予感に従うなら、断固阻止した方がいい。



 俺はマリーダに渡した紙を奪うと、『ただし、アレスティナの参加は禁止する』の一文を添えた。



「なんじゃ! アレスティナは見たがっておるのじゃぞ! このような一文を入れたら連れていけぬ!」



「ダメです! それはダメ! 船いくさの調練にアレスティナたんは連れて行ってはいけません! 父親として許しません!」



 絶対に島亀を暴走させて、大惨事が起きる! 俺はそれを二度学習した!



 幸いにして、アレスティナの興味は、アレクサ土産として連れ帰った大きなねこさんの子供(虎)に向いている。



 なので、絶対に触れさせてはならない。



「船いくさの調練に連れていくのは、アレウスたんにしてください。船に慣れて欲しいですからね」



「ふむ、アレウスかー。最近は剣もそこそこに使えるようになったからのぅ。よいのじゃ! 調練の折には妾に帯同させる」



 マリーダがそばにいてくれれば、成長著しいアレウスたんもよい刺激になるだろう。



 政務の大事さはしっかりと理解してくれてきたので、本格的にいくさの技術も磨いていく時期に入ってきた。



 はぁーでも、脳筋たちとかの調練とか怪我とかしないかなー。



 心配だから、俺もこっそり影から覗くか。



「よし! 妾! ふっかーーーつ! 船いくさの調練をせねばらなん! 視察旅行は終わりじゃ! アシュレイ城に急ぎ戻り! 速攻で政務を片付け! 調練三昧の日々を送るのじゃ! アルベルト! リシェール! カルア! 帰るのじゃ!」



 マリーダが俺たちの手を引き、馬車に乗るとノモーネ城から去り、アシュレイ城に帰還することになった。

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