第一八四話 嫁孝行の旅は続く


 あー、いてて、頑張り過ぎた気もするが……。



 嫁孝行はできたと思うし、愛人孝行も頑張った。



 お家とはまた違う場所だったというのも、頑張っちゃった理由の一つだろう。



 別荘か……。意外とありかもしれない。



 アシュレイの冬は耐えられないほどの寒さじゃないけど、ザズ領の方が生まれ故郷のアレクサに近くて暖かいんだよなぁ。



 アシュレイ城からエルフェン川を遡上してこれば、1日半くらいで来られるし、休暇をすごすにはいい場所かもな。



 意外に快適だったザズ城を遠くに見つめつつ、俺たちの乗っている川船はドルフェン河を遡上していく。



 次なる領地バフスト領は、ヒックス領とアシュレイ領に隣接したところで、ドルフェン河にも近い場所にある。



 国境領主が以前領有していたが、とある事件により魔王陛下の逆鱗に触れ、御家断絶され、直轄領だった場所だ。



 実はずっと欲しいなぁって狙った領地なんだけども、今回ようやく譲ってもらえることになった。



 スラト、ザズ、ヒックス、バフスト、ノモーネってラインで外縁部を固めれば、アシュレイ本領はほぼ安全地帯化する。



 領地の北部はアシュレイ領に隣接しているため、平野が多く農村が作られ発展しており、南部は山岳地帯であるが防御面での優位を取れる地形であるため、軍事的な価値も高い。



 しばらく魔王陛下の直轄領だったこともあり、統治も行き届いて、すぐにエルウィン家の懐を潤してくれそうな領地でもあった。



「アルベルトは、もうちーと妾のことを優しく扱ってもよいと思うのじゃが」



 船室のベッドに身体を横たえて、カルアに腰を揉ませているマリーダから、恨みがましい視線が注がれる。



「しっかりと優しくさせてもらったと思いますが? 足りませんでしたか?」



「たしかに優しかった場合もあるのじゃがのー。ほれ、その、全体的に激しいのが多いのじゃと思うじゃぞ」



「では、もう少し頑張った方がよろしいですか? 船旅は1日ほどかかりますし、時間はタップリとありますので」



「ち、違うのじゃ! そういう意味ではないのじゃぞー」



「マリーダ様はご不満の様子ですね。昨夜のでは足りなかったようです」



 隣で話を聞いていたリシェールの顔を見ると、ニヤニヤしている。



「リシェール、違うと言っておるじゃろう! アルベルト、手をワキワキさせるでない! 妾は十分――」



 とりあえず、嫁孝行がちょっと足りなかったようなんで、船旅の空いた時間を使ってイチャイチャしとくことにする。



 お家だと、子供たちもいるしね。



 外でならイチャイチャも悪くない。



「そのような遠慮は無用ですよ」



「きひぃーー! エッチな旦那様に襲われるのじゃー! カルアたん、妾を――」



「無理ですー!」



 まだちょっと日は高いけども、それも旅行の醍醐味というべきかな。



 俺は船室のドアを閉めた。




「はぅ……妾は身も心もアルベルトに蹂躙されてずたぼろなのじゃ……。カルアたんに慰めてもらわねば」



 2日目だったけど、意外と頑張っちゃったので、マリーダがいじけている。



 子持ちだけども、まだまだ全然可愛い嫁の姿を見せられたら、頑張らないといけないわけで。



 優雅なクルージングを楽しみつつ、河を遡上した俺たちは馬車に揺られ、バフスト領内に入っている。



 事前に派遣しておいた代官からも領内はよく治まっているとの報告があり、車窓に見える農村からは疲弊した様子は見られない。



「マリーダ様、バフスト南部に防衛用の山砦を2つほど作るとしたら、どのあたりがよろしいでしょうか?」



「防衛用の山砦じゃと?」



 先遣隊として送り込んだ鬼人族の測量班が作ったバフスト南部の地図をマリーダに見せる。



 いくさの勘というか、戦況の読みに関して、マリーダは天性のものを持っているため、参考意見をもらいたかった。



 地図を覗き込んだマリーダがうんうん唸る。



 政務では不活性化している脳細胞が、いくさになると途端に活発化する。



「バフスト城からの手早い救援を受けられるなら、ドルフェン河に近い山麓に1つ配し、ザズ、ヒックスと連携させて河から上がった敵軍を足止めできる。大軍で攻められ砦が破られても、後詰の拠点として中間地点の隘路近くに山砦を構えれば、そこまで、敵を引き込んでもうひといくさできる」



 バフスト領の南部の山岳地帯を防壁として考えれば、マリーダが指差した2つの地点に砦があると、容易に侵攻ルートは確保できなくなるな。



 無理に突っ込んで来たら補給が滞るだろうし、かといって少数の奇襲では簡単に落ちない砦ってことで侵攻ルートから外される可能性が高くなる。



 やっぱマリーダの視点はよい気付きを与えてくれたようだ。



「では、マリーダ様の案を軸にして、バフストの砦の建設を軍務部に指示しておきましょう。数千の兵に囲まれても容易に落ちない堅牢な砦を作るよう建築案を出させましょう」



「それなら鬼人族の技術の粋を注ぎ込んだ砦を作らねばならんのぅ。妾も城に帰ったら叔父上に言って設計に混ぜてもらうとしよう」



 鬼人族の築城術は、変態レベルにまで引き上げられてるからな。



 堅牢な砦って指示を出せば、マジで難攻不落のものを作り出す。



 まぁ、その分資材も金もふんだんに使うわけなんだけども、防衛線は固めておいて損はない。



 あ、そうだ。材料調達はゴランのアレクサ王国からして、金を落としておけば警戒もされないはず。



 最悪の事態に備えるって伝えておけば、ゴランなら対ロアレス帝国との戦闘のためだと理解してくれるだろうしね。



 精力剤と一緒に防衛網強化の理由を書いた書簡を送っておくか。



「設計に参加するなら、ちゃんとお仕事終えてからにしてくださいねー」



「はぁー、仕事しとうないのぅー。嫌じゃ、嫌じゃ、好きなことだけして生きていきたいのじゃー。お仕事のことを考えたら頭が痛くなってきたのじゃー。カルアたん、膝枕を頼む」



「は、はぁ。どうぞ」



 政務を思い出したマリーダが、カルアの膝に頭を乗せて座席に寝そべると、イヤイヤとごね始める。



「だそうです。アルベルト様、マリーダ様は体調が優れぬ様子。本日のバフスト城で予定されている住民有志の方が集うパーティーは中止した方が――」



「そうか……。せっかく見目のよい年頃の女性を、宮内部のメイドとして採用すると布告して準備していたのに残念だ。でも、体調が優れぬなら――」



 マリーダが揺れる車中をものともせずに、バッと立ち上がると、目にも止まらぬ速さで俺の前に正座した。



「アルベルト! 頭が痛いのは治ったのじゃ! 問題ない! パーティーは絶対に実施するのじゃぞ! 妾が自ら宮内部に属するメイドを選びたいからのぅ! リシェール、ちゃんと面接もあると伝えてあるのじゃろ? そうじゃろ? そうであるな? そうだと言ってくれなのじゃ!」



「ええ、まぁ、参加者にはそのように伝えてありますが」



「ひゃっぽー! なら、早くバフスト城へ行くのじゃ! 妾の大事なメイドちゃんたちが待っておるのじゃ! 急げ! 急げ! 急ぐのじゃ!」



 窓から身を乗り出したマリーダが、御者に速度を上げるよう急かす。



 それから馬車がバフスト城に到着すると、メイドの選考会を兼ねたパーティーで、興奮したマリーダが暴れ出さないようにするのにいろいろと大変だったとだけ追記しておく。

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