第一八〇話 人事制度に手を付けたら修羅場だった
帝国暦二六七年 瑠璃月(一二月)
戦勝式典を終え、帰還した俺たちは年末進行に巻き込まれ、政務に励んでいる。
今年こそ、年末最終日まで仕事の可能性が高い。
それをなんとか回避するため、残業地獄が続いているのだ。
「母上! そこではありませんぞ!」
「兄上、母上を手をお持ちください! もう少し右です。右」
「アレウス、ユーリ、妾はもう駄目じゃ。後を頼むぅ。すぅ、すぅ」
印章を持ったままアレウスとユーリにされるがままにされていたのマリーダが寝落ちする。
帝都から帰還してから、ずっと調練もできず、地獄のような印章押しを課せられたマリーダにはちょっとだけ同情を覚える。
政務が積み重なった原因は3つ。
1つ目はアレクサ遠征による政務の停滞。
2つ目は新たに得た領地の引継ぎと課題の処理。
3つ目は辺境伯家になるため、家臣の人事制度を改変を断行。
特に3つ目の家臣の人事制度の改変が難航しており、政務が遅れに遅れる原因となっていた。
でも、男爵家だったエルウィン家が定めた人事制度を流用して、俺がねじ込んだ文官枠がいい加減軋みを発生させているので、大身の貴族家になるタイミングで一新することにしたのだ。
現状のエルウィンは家老・戦士長・戦士・従士・従者頭・従者って形で家臣に身分が与えられており、それぞれ職務が割り振られている。
今回、これらの身分に手を入れたのだ。
まず、武官と文官の身分をきっちりと分けることにした。
武官身分枠として兵(従士)・十人長(戦士)・百人長(新設)・千人長(戦士長)・将軍(家老)の五個を設定した。
カッコ内は旧来の身分制度に当てはまる身分で、今回新設したのもある。
新設した百人長の俸給は帝国金貨8枚だ。
領地を得られる身分は千人長以上としてある。
それぞれの身分で率いる兵を決めておいた。
戦時の編成の基本的な区分としても使うため、身分の名称に入れてある。
さらに武官身分も種族問わずと改定し、実技試験、戦功、指揮官試験等で昇進するよう変更した。
現状与えられている身分を新規の身分制度に反映させつつ、新設した百人長選抜もしているため、遅れ気味ではあるが、なんとか年内には決まり、新年度からには適応できそうな目処が立っている。
いくさに関する技術が、ずば抜けている鬼人族が武官職では強いが、指揮能力というところで評価をされ昇進できる道は作っておいた。
鬼人族もいくさの指揮の上手い者には一目を置くので、文句は出てこないで済んでいる。
いくさに関する技術の高い者を素直に認める鬼人族は、本当に優れた兵士だと思う。
一方、文官枠は大幅な改変を行っている最中だ。
事務官(従者)・書記官(従者頭)・担当官(戦士)・行政官(戦士長)・執政官(家老)の5つの身分に分けた。
で、文官の最高位である主席執政官は軍師である俺だけが就けるように設定してある。
民生部(戸籍調査と徴税)・大蔵部(造幣と財政政策)・外務部(外交政策と通商や条約締結)・商工部(インフラ整備と産業振興)・司法部(国内法整備と法の執行)・宮内部(エルウィン家内部の諸雑事処理)・執政府(政務軍務全般を采配する俺専属の組織)
業務を7つに分けてはいたが、今回の改変でそれぞれのトップに行政官を置き、能力応じた部署に配属するよう、再編中であった。
ちなみに軍務部(軍事)は存在してるが、武官のためのポストのため、ブレストがトップを務めることが決定している。
どの部署も俺の執政府の管轄下のため、勝手に暴走はできない仕様にしてあった。
民生部行政官ラインベール、大蔵部行政官ミレビス、外務部行政官ヘクス、商工部行政官レイモア、司法部行政官フォローグ、宮内部行政官カラン、執政府次席執政官イレーナという陣容を予定して年末進行ししつ、異動命令を出してある。
文官はまだまだ充足しないといけないし、新陣容でさらなる充実を図っていかねば。
「アルベルト様、ぼうっとしていると終わりませんから! これを確認してください」
書類を差し出すイレーナの眉間の皺は深い。
それだけ遅れが酷いということだ。
「分かっているが、まだ確認できる状況じゃない。それは置いておいてくれ」
たぶん、俺の目の下の隈もかなり酷いだろう。
リュミナスの特製ドリンクも効かなくなってきてるし、頭の働きが鈍く感じる。
嫁と嫁の愛人と子供たちとキャッキャウフフな俺のスローライフは、いつ到来するんだろうか。
「では、こちらとこちらも置いておきます。次が来ますよ! ミレビス殿、寝てませんよね? 父上も書類の提出は早くお願いしますよ!」
別室の者にもイレーナの激が飛ぶ。
皆、疲労困憊で作業効率が落ちている。
「マリーダ姉様、寝たらダメだって! ほら、起きて!」
「母上! 起きてください! リシェール、母上が寝落ちをされた! 水を持て!」
「はーい! お待ちください!」
「兄上、それでは母上の眠気は取れないかと。たしかワリド殿が持ち込まれた、眠気覚ましの薬があったはず」
「おおぉ! そうだった! リシェール、ワリドの持ち込んだ眠気覚ましの薬も一緒にもってきてくれ!」
「はい、今しばらくお待ちくださいねー」
あー、あれかー。あのヤベー薬か……。
三日三晩眠気来なくなるけど、脳みそ焼き切れそうな激痛が走るやるだよな。
あれはマズい。今のマリーダが飲んだら壊れてしまう。
「ア、アレウスたん、ユーリたん。マリーダ様は少し寝かしてやってくれ。とりあえず、今はパパの方を手伝ってくれるか?」
うちの最凶に可愛いコンビがニコリと笑う。
「承知しました! ユーリ、父上を手伝うぞ!」
「はい! まずは文官からの書類を集めてきます! イレーナ殿、助太刀します!」
「では、アレウス様はミレビス殿から書類をもらってきてください。ユーリ様はフォローグへこちらのミスの再確認をしてもらうよう伝えてください」
イレーナから仕事をもらった二人が元気よく隣室に駆け出していく。
パパも意外と限界に近いからお手柔らかに頼むぞ。
寝落ちしたからって、ワリドの薬はなしだからな。
「お待たせしましたー。はーい、マリーダ様、お飲みくださいねー」
「ぐげけええっ! ゲホゲホっ! きぎいいぃいいいっ!」
リシェールの手によって例の薬を飲まされたマリーダが、のたうつように悶絶する。
「リ、リシェール、マリーダ様は大丈夫か?」
「はい、ちゃんと適量にしてありますのでご安心ください」
リシェールはにこやかな笑顔を返してくる。
その瞬間、俺は追求する言葉を失った。
「そ、そうか。マリーダ様は頼むぞ」
「はい、お任せください」
ビクンビクンしてるマリーダを介抱するリシェールを見ていたら、背後のイレーナからのプレッシャーが増す。
修羅場とはこういうことか……。女性関係ではなく仕事の修羅場ではあるが、これはこれできつい。
新年から新体制に移行できるか微妙なラインだが、これだけ頑張っているので間に合うと思いたい。
俺は目の前に積まれた書類の山を前に、気合を入れ直し、穏やかな年末年始を迎えるため、仕事に集中することにした。
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