第一七九話 そこらじゅうの火の気が消えない



 帝国歴二六七年 黄玉月(一一月)



 黒虎将軍のフェルクトール王国侵攻は未だ続いており、奇襲から立ち直ったフェルクトール王国側も内陸の要衝に籠り防衛線を維持しているとの報告が入ってきている。



 ただ、沿岸部の都市は軒並み陥落し、黒虎将軍を王位に据えるとした叛乱組織の統治下に入った。



 海路からの補給も確保され、戦況は黒虎将軍有利に傾きつつある。



 そんな緊迫した状況の中、帝都で開催されているアレクサ侵攻作戦の戦勝記念式典に、俺とマリーダは参加していた。



「侵攻軍総大将を務め、アレクサ王国の王都ルチューンを陥落させ、国王オルグスを討伐した功績により、辺境伯に任じ、バフスト、ザズ、ノモーネの三領を新たに領地として下賜する」



「ありがたき幸せ! 身命を賭して、陛下の恩に報いるのじゃ!」



 参加している多くの帝国貴族たちの視線が、魔王陛下の前で拝礼しているマリーダに注がれている。



 問題集団として扱われていたエルウィン家の歴代当主で、もっとも問題児だった彼女がついに方面司令官とも言うべき、辺境伯の重責を担うことになったのだ。



 これにはシュゲモリー派閥の貴族たちにも波紋を呼んでいる。



 異例のスピード出世だからだ。



 もともとシュゲモリー家が、問題児集団のエルウィン家を面倒を見てきており、厚遇していることは派閥内の周知の事実だったが、それまでの歴代当主は爵位を上げることをしてこなかった。



 その暗黙の了解を破ってエルウィン家の爵位を上げたのが、シュゲモリー家出身の現皇帝クライスト様だった。



 慣例を破り爵位上げてる理由は、俺がマリーダやエルウィン家の脳筋たちを効率的に動かせるとの判断なんだろうけどさ。



 ぶっちゃけ、信頼してもらえるのはありがたいが、これ以上出世すると派閥内からも敵が出そうで怖い。



 爵位的には、そろそろ十分な気もする。



 義兄ステファンからもこれ以上の出世は、古参の家臣からの横槍が入って面倒くさくなるって言われてるしね。



 戦力的には侯爵家級はゆうに超えてて、頑張れば最大五〇〇〇名ほどは動員できそうな気もする。



 まぁ、防衛戦争でもない限り最大動員なんてしないけど。



 しばらくは黒虎将軍の動向を注視しつつ、他国の動きを把握して、内政に注力するつもりだしね。



 それにしても、赤熊髭と風見鶏派閥に属する貴族たちの憎しみの視線が突き刺さるな。



 今回、またしてもシュゲモリー派閥であるうちが領地を加増されたわけだし、魔王陛下に近い大公家のデニスも加増されている。



 均衡がより一層崩れ、劣勢が明らかになりつつあるわけで、起死回生の一手を打つ可能性も捨てきれない。



 連中が取れる起死回生の一手は、後継者がいない魔王陛下を暗殺するってことだけど、そこは魔王陛下も身辺警護に気を使ってるので、まず起きない。



 それに嫁ちゃんとは仲睦まじいし、俺が贈った精力剤もあるんで、近々後継者が生まれそうな気もする。



 魔王陛下の子が生まれた時のためのお祝いの品も考えておかないとな。



 うちもいろいろと子供たちにもらってるわけで、お返しとして豪華なもの贈らないと。



 そんなことを考えていたら、戦勝式典は終わりを告げ、立食式のパーティーが始まっていた。



「アルベルト殿、今回の遠征もエルウィン家の一人勝ちでしたな。大公デニス殿は美味い汁を吸えたようですなぁ」



「今度、遠征がある時は我が家もぜひ加えて頂きたく」



「そうだ。うちの分家に妙齢の女性親族がいるんだが、身の回りの世話をさせてもよいと申しておってな。どうだ? もらう気はあるかね?」



 シュゲモリー派閥に属する中堅貴族たちが、パーティーが始まったことで、俺のもとに集まってくる。



 帝国貴族としては下級貴族でしかないのだが、辺境伯家となったエルウィン家を俺が実質取り仕切っている者と知っているため、彼らは自分たちを売り込みに来ているのだ。



 ご近所さんだし、同じ魔王陛下の派閥に属する貴族なので、無下に扱えないが正直めんどうくさいんだが――。



 これも仕事の一つなので愛想笑いを浮かべて、返答していくことにした。



「大公デニス殿は、後方支援で見事な手腕を発揮されておりましたから、陛下の覚えめでたく加増されたとおもいますよ。それと、遠征軍に関する編成は陛下の専権事項で、私では決めかねます。口添えはしますが、ご要望に添えぬ時はお許しください。あと、女官に関してはマリーダ様の承諾が必要であり、これも私の一存ではきめられぬこと。そのお話はマリーダ様にお持ち込みください」



 返答を聞いた貴族たちが、それぞれ納得するように頷きを返してくる。



 相手の要望はなるべく聞くだけ聞いて、やんわり拒否しておき、不興を買わずにおく方がいい。



「では、私は他の方にもご挨拶をせねばなりませんので、これにて」



 集まってきた貴族たちに挨拶を告げ、別の場所に移動する。



「アルベルト殿!」



 場所を変えた俺に声をかけてきたのは、ノット家の当主であるショタボーイこと、ヨアヒムだった。



 しばらく見ない間に成長し、身長が伸びていた。



「おお、これはヨアヒム殿、久しぶりの再会ですね。領地の方は問題なく治まっておりますかな?」



 ヨアヒムも荒廃した領地の立て直しが忙しく、ずっと書簡を通した連絡がほとんどだった。



「アルベルト殿から受けた薫陶のおかげで、領内はようやく一息つけるくらいにはなりました。家臣や領民を食わせるというのは本当に大変ですね。上手くいったこともあれば、失敗したことも多いわけで」



「それが皇家当主の務めですからね。家臣や領民たちの声に耳を傾け、彼らの望む物をより多く与えれば、こちらの要望も聞いてもらえるわけですし。ただ、甘やかしすぎれば舐められるわけで、以前話した通り、引いてはいけない一線はきちんと決めておくことですぞ」



「ええ、その話をしてもらえたので、今の地位が守れていると思ってます。アルベルト殿に出会わずにいたら、すでに家臣の操り人形になってたと思いますので」



 俺の弟子を自認するヨアヒムは、こちらの言葉の中身まできちんと理解してくれたようだ。



 大事な同盟者でもあるので、末永く友好的な関係を続けていきたい。



「アルベルト、うちの婿殿に悪い知恵を付けんでくれ」



 新たに声をかけてきたのは、義兄のステファンだった。



 マリーダの姉で、ステファンの妻であるライアとの間にできた長女タリアトーレが、ヨアヒムの婚約者となっている。



「これは、ステファン殿。私は悪い知恵など付けておりませんぞ。それに義兄の子の婿なら、我がエルウィン家とも縁続き。ともに繁栄をするため、知識を授けることはお互いに不利益にはなりませんよ」



「まぁ、そうであるな。それにしても、あのマリーダがついに辺境伯か。アルベルトの深慮遠謀の結果とはいえ、恐ろしくもある」



「いえ、私ごときの知恵だけでは結果が出せませんでした。全てはエルウィン家の力です」



 力を放出する方向は、俺が決めさせてもらってるわけだけどね。



 足りない物を補い合った結果が、今のエルウィン家だと思う。



「そのエルウィン家の力、また借りる時があるかもしれん。のぅ、ヨアヒム殿」



「ええ、東部国境がきな臭くなってきましたので、またお知恵を借りることもあるかも」



 東部国境がきな臭いってなると、ゴンドトルーネ連合機構国とマヨ自治連合国が動き始めてるのか?



 フェルクトール王国攻略中の黒虎将軍夫人あたりが、エランシア帝国を参戦させないため、ゴンドトルーネ連合機構国とマヨ自治連合国を唆してそうな気もする。



 東部国境はノット家とステファンが対応するので、こちらは援軍になると思うが。



 準備だけはしておく方がよさそうだ。



「承知した。こちらも準備だけは怠りなくしておきますよ」



「うむ、頼む」



「アルベルト殿が控えていれば、我が家臣たちも動揺はせぬはずです。もちろん、備えは怠りませんが」



 それから、途中合流したデニスを交えて、4人で今後の協力関係強化を話し合いつつ、勝利の美酒を味わい、戦勝式典パーティーは閉幕することになった。

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