第一七八話 ライバル、動く!
アシュレイに帰城してから数日経っても、政務の処理は続いている。
「リシェール……後生じゃから、日を浴びさせてくらなのじゃ。もう、これで5日ほど居室と執務室の行き来だけで外に出ておらぬじゃぞ。このままでは身体にカビが生えてしまうのじゃ……」
「ダメですね。貯め込んだマリーダ様のせいですので」
「死んでしまうのじゃ……」
「マリーダ様、お仕事頑張りましょう! とりあえず、エルウィン家の施策に反対する部族は抹殺すればスッキリですね」
マリーダの隣に席を与えられたロダ神聖部族同盟国の女王アスセナさんの言動が危うい。
反対したからってバッサリ斬り殺したら、できて間もない国が内乱に陥りますから!
マリーダの影響を受けすぎです!
「アスセナ、反対派は懐柔するようにと言っておいたはず」
「そうでしたっけ? 国の害になる輩は斬っておいた方が楽ですよ」
「いずれは必要だが、今ではない」
「アスセナ! 妾がそなたの国を害する輩を斬る! アルベルト! 政務は終わりじゃ! 出陣の――」
執務室から飛び出そうとしたマリーダだが、身体に巻き付いた太い鎖で脱走できずにいる。
「リシェール、いくさなのじゃ! この鎖を――」
「席に戻ってくださいねー。アスセナさんもマリーダ様の真似したら脳筋になりますから、ダメですよー」
リシェールに見据えられたアスセナとマリーダが、お互いに身体を震わせる。
夜はリシェールの方が上手だからなぁ。二人ともいいようにされてるわけで。
「はい、すぐに懐柔するよう書簡を送ります」
「妾はお仕事するかのー。あー、忙しい」
「マリーダ姉様もアスセナさんもまだまだ元気だね。オレはアルコー家の仕事が溜まってて倒れそうだよ」
リゼも防衛指揮官としての仕事が多く、アルコー家当主としての仕事が山積みになっているらしい。
半年近く遠征していたので、各人それぞれ通常業務が滞っており、解消するため頑張っている最中だ。
「アルベルト様も遊んでいる暇はありませんよ。バフスト領、ザズ領、ノモーネ領の引継ぎもありますし、他の領地でも代官たちが懸案事項を記した書簡を送ってきてますし、納税の処理もありますので」
ふぅ、減らねえ……。
正式に引き渡されてない3領も、事前に掌握はやっておかないと後で面倒なことになるし、辺境伯家就任に関する準備もしないといけないし、やることは山のようにあるし、忙しすぎぃ!
別室の文官団も死屍累々だし、増員しないとなぁ。
人をくれ! 人! 脳筋以外をくれ!
「アルベルトー! ロダ神聖部族同盟国に派遣する軍事顧問団を結成するぞ! 人員は――」
「お帰り下さい。いくさを終えたばかりですし、軍事顧問団はまだ早いです!」
駆け込んできたブレストが差し出した書類を、そのまま紙飛行機にして中庭に向け飛ばす。
「ぬおっ! ワシが一生懸命に書いた書類を一読もせずに!」
「早くとも来年の春以降ですね。それまでは我がエルウィン家に余力はないため保留。以上!」
「だがのぅ、今ロアレス帝国に攻め込まれでもしたら――!」
ブレストの進言を聞いているマリーダは耳がピクピクしてるので、危うい兆候である。
自らを軍事顧問団の団長に任命して、政務から逃走する可能性もゼロではない。
これ以上、ブレストに口を開かせるわけにはいかないな。
「ブレスト殿、これより巡視任務を命じます。ラトール、バルトラートと兵100名を率い、バフスト領、ザズ領、ノモーネ領の巡視を行い、盗賊たちを取り締まるように。なお、取り締まりの可否は、私が任命するミラーの判断に従うように」
さらなる進言をしようとしたブレストが口を紡ぐと、了承を示す頷きを返す。
俺は卓上にあった紙に、ミラーを監察官として任命する旨と命令の詳細を書き込み、ブレストに渡した。
「すぐに出立する! ミラー! ミラーはどこだ! ラトール! バルトラート! 巡視に行くぞ! 用意しろー!」
紙を受け取ったブレストが、大声でミラーたちを呼びながら執務室から駆け出していった。
「ズルいのじゃ! 妾も――」
「はいはい、口を動かす前に手を動かしてくださいねー」
「きひいぃいい! なんで、妾だけぇええ! ここは地獄なのじゃぁあああ!」
鎖で席に縛り付けられたマリーダが、血の涙を流しつつ叫んでいる。
遅れている仕事が片付いたら、どこかで血抜きしておかないとマズそうだな。
目下のところ敵という敵はいなくなった感じだが……。
辺境伯家になると、また赤熊髭と風見鶏からの風当たりが強くなるかもしれないし、ロアレス帝国がリベンジを挑んでくるかもしれないし、ゴンドトルーネ連合機構国もまた動き出すかもな。
情報収集もさらに強化しておかないと。
来月にはアレクサ王国侵攻作戦の成功を祝した宴席が帝都で行われるし、それまでに正常化させておかないと年末決算が超えられずに終わってしまいそうだ。
執務に戻ろうとした俺の前に、ワリドがスッと姿を現す。
「アルベルト殿、スヴァータから連絡が来た。黒虎将軍が動いたぞ!」
ワリドの言葉に思わず椅子から腰が浮き上がる。
「まさか、動いたとは」
フェルクトールの叛乱組織との繋がりによって、皇帝派に睨まれて領地に謹慎してたはずだが……。
一番可能性が低いと思ってた自ら動くという選択肢を選んでくるとは。
「フェルクトールの王位継承を謳い、フェルクトール王国沿岸都市を次々に落としているらしい。ロアレス帝国皇帝が黒虎将軍をフェルクトール王にするため後援しているとのことだ」
南部諸部族との戦いに負けた皇帝派の失態をネタに、フェルクトールへの侵攻を皇帝に承諾させたのか。
それにしても黒虎将軍がフェルクトール王か……。
フェルクトール王国を併呑し、黒虎将軍が王となれば、ロアレス帝国との力関係は逆転する可能性もある。
ロアレス帝国皇帝と黒虎将軍との間には、今回の謹慎の件ですき間風が吹いてるはずだ。
そのすき間風を利用して、対ロアレス帝国として同盟するのもありか……。
あの軍師夫人なら、こっちの思惑も読んでるはず。
お互いに生き残ることを考えれば、無用ないくさを避けることはできると思いたいが……。
「スヴァータには状況報告の密度を上げるよう伝えてくれ。増員が必要なら送るように。とりあえず、こちらは事態を静観する」
ロアレス帝国の最強陸兵部隊を率いる黒虎将軍の兵だが、弱体化しているとはいえ、大国のフェルクトール王国を制圧する可能性は五分五分くらいだろう。
まだこちらが掴んでいない情報があるのだろうが……。
予想外の動きを報告され、戸惑いを覚えたが、努めて表情を崩さずにいる。
人目のある場所で、軍師の俺が焦った様子を見せるわけにはいかない。
冷静に向こうの動きを掴み、こちらに有利になるよう策を仕込まないと。
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