第一七六話 3者軍事同盟の締結

 

 アスセナの行った盟約の儀式は、南部諸部族の族長たちに畏敬を持って受け入れられ、マリーダが当主を務めるエルウィン家の庇護もあり、ロダ神聖部族同盟国は国家として順調に組織化されつつある。



 いらぬ邪魔が入らなかったら、年内には組織を固め終えるとの報告を受けた。



 国家としての基盤は、国力を始め脆弱ではあるが、外敵には固まる性質を持つ南部諸部族なので、領域を犯したロアレス帝国憎しで結束は高い。



 なるべく外に敵を作って、内政の不満のガス抜きをしつつ、部族の解体を進めれば、国家として安定軌道には乗ると思われるので、引き続き支援はしていこうと思う。



 そして、一番の問題だったゴランによるアレクサ国王の継承だが、国教として権威を持つユーテル総本山の大神官が、ゴランの王位継承を認め、正式にアレクサ国王の地位に就任することになった。



 式典にはゴランに忠誠を誓った貴族のみ参加だったが、王都ルチューンで盛大に行われ、王都の民も彼の統治を受け入れるよう歓呼してお祭り騒ぎの様相を呈していた。



「アレクサ国王就任おめでとうございます」



 新国王誕生に湧きたつ王都の民の熱気を感じつつ、俺はゴランの私室にマリーダとアスセナを伴って訪れている。



「めでたくはないな。アレクサ国王であるが、国の半分近くは敵でしかない。それに魔王陛下の威光がなければ何もできぬ名ばかりの国主だ」



「兄様は親族のリゼルをそなたの嫁に遣わしておるのじゃ。これは滅多にない信頼の証。栄誉なことなのじゃぞ。胸を張って良いのじゃ!」



 勝手にソファーに座り、一緒に来たアスセナを膝に載せてセクハラを行っているマリーダが、ゴランを褒めていた。



 好悪の激しいマリーダだが、魔王陛下の縁者であるゴランは嫌っている様子はなく、むしろ馴染んでいる感じではある。



「マリーダ殿にそう言ってもらえると、多少の慰みにはなりますな」



 ゴランとしては自分が国王になるため、国を割ったという負い目もあり、大国アレクサの凋落もかなりのダメージなんだろうと思われる。



 俺も彼が嫡男であれば、エランシア帝国には行かず、片腕として国家運営を手伝っていたと思うが――。



 天は愚物を兄とし、傑物を弟として世に生み出してしまったわけで。



 アレクサの衰亡は起こるべくして、起きたものだと思うしかない。



 仮に俺がエルウィン家の婿にならずとも、魔王陛下やステファンによって、弱点を狙われて崩されてただろうしね。



「そう肩を落とされますな。これより締結する3者軍事同盟により、仮想敵国のロアレス帝国に対する備えはでき、ゴラン殿は当面の敵であるアレクサ国内の叛乱勢力だけに集中できるはずです」



「だが、国内の叛乱勢力は多い。エランシア帝国に与した私を許さないと息巻く貴族も多いのが実情」



「ゴランを害そうとする者は妾が斬ってやるのじゃ! もちろん、妾を頼る時は、アルベルトに賄賂を払わねばならんぞ。ロアレス帝国が襲ってきた時以外、勝手にアレクサ国内でいくさをすると妾が怒られるからのぅ」



「承知しております。なるべく独力で国内問題は片付けるつもりでおりますよ。それくらいできねば、魔王陛下に見限られますからな」



「兄様の性格をよく知っておる。無能は嫌いじゃからな。あと、よく働く者には気前はいいのじゃぞ」



「お役に立てるよう頑張ることとします」



 ゴランは一国の王ではあるが、エランシア帝国の属国であり、魔王陛下の直臣で次期辺境伯となるマリーダに対しては低姿勢を貫いている。



 普通の王族ならキレ散らかすだろうが、頭を下げることができるゴランは忍耐の人だった。



 我慢の結果が今の王位であるし、今後も平身低頭な姿勢を保ちつつ、自らの力を蓄えると思われる。



 隣国の国王としては中々に油断できない相手なんだよなぁ。



 そのため、3者軍事同盟に相互不可侵条約を盛り込んだわけだし。



 アスセナの方は離脱する可能性は皆無に近いが、ゴランは戦況次第で裏切る可能性もあるしね。



 裏切り時のリスクを最大限に高めておく条約を盛り込む必要があった。



 さすがにゴランも、エルウィン家単体なら軍事同盟を破棄して裏切るかもしれないけど、裏切ったことで自動的にエランシア帝国に宣戦布告となり、全面戦争って流れにはしたくないだろうしね。



「魔王陛下のため、南方の安定化させる3者軍事同盟の締結とまいりましょう。内容は以前送った書簡のままとなっております。承諾はされたとの認識でよろしいでしょうか?」



「私は問題ありません。ロダ神聖部族同盟国は、エルウィン家の傘下みたいな国家ですので」



「こちらも問題はない。アレクサ王国はエルウィン家とエランシア帝国の友好国と戦火は交えない」



 アスセナとゴランはともに了承を示すように頷いた。



「では、御三方で3通の書簡に署名を」



 調停式は大々的にはやらず、布告に関しても大々的にはやらないつもりだ。



 国家のトップ同士が内々に交わす密約に近い形の同盟である。



 大っぴらにするのは、それぞれの国内問題が落ち着いた時期になると思う。



 3人がそれぞれ3通の書簡に署名を終え、無事にエルウィン家、ロダ神聖部族同盟国、アレクサ王国の3者軍事同盟が現時点から発効することになった。



 これによりエルウィン家の領地は安全地帯化することになる。



 アレクサ側からエランシア帝国に譲渡される領地は、ドルフェン河を新国境として、パラロ領、テリエル領、モセロック領、ノモーネ領、ザズ領、レビズル領、ヴレテニヴァ領、フレデニ領、モルダサシル領、キシュ領の10個の領地だ。



 もとのアレクサ王国の国土からすると、1割ほどをエランシア帝国に割譲することになる。



 王都まで落とされたわけだし、これでも魔王陛下もだいぶ譲歩した条件だと思う。



 うちは今回の遠征の褒賞として、アシュレイ領に隣接した魔王陛下の直轄領だったバフスト領が与えられ、他に譲渡される領地のうち2つを選んでいいって言われた。



 なので、以下の2つの領地をもらう。



 1つ目はスラト領の東部と接するノモーネ領。



 領地は荒れてるけど、スラトの防衛のため領地としてもらうことにした。



 街道整備して、ドルフェン河の河川流通に乗り出せばぼちぼち発展しそうな領地であるし、ゴランたちが統治してた領地なのでエランシア帝国に敵愾心を持つ領民も少ない場所だ。



 2つ目はアルカナ領に接し、ドルフェン河と支流に挟まれたヒックスの対岸の領地であるザズ領。



 うちの大事な収入源であるアルカナ銀山防衛強化のためにもらう領地。



 ステファンとの連携もさらにしやすくなるはずだし、ドルフェン河川交通網の拠点にもできそうな領地だ。



 河川網は、陸路よりも早く品物が運べるわけで、アレクサの物産がエランシア帝国に流入すれば、儲けが上がると思うので、期待の領地である。



 一気に3つも領地が増え、さらに辺境伯家になるためのいろいろな出費も重なるので、ミレビス君が過労死しそうな気がするが、おかげでステファンにも劣らない立派な辺境伯家の陣容にはできると思われる。



 だいぶ出費がかさんでるから、しばらくはお金稼ぎしないといけないけどさ。



 息子や娘たちの生活のためにも頑張らないとな!



 調停式を終えると、王都の治安維持のため最後まで駐留していたエルウィン家の常備兵を連れ、本領アシュレイへ帰還することにした。

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