第一七三話 燃える寄港地


 帝国歴二六七年 カンラン石月(八月)



 魔王陛下に送った使者から帰ってきた返事は、『やれ』だった。



 エランシア帝国南方の安定と対ロアレス帝国に向けての戦力増加を目指す、3者軍事同盟のメリットを即座に理解してくれたようだ。



 アレクサ王国との新国境線もゴランが納得できるラインで了承してくれたし、ロダ神聖部族同盟国の樹立後の承認もしてくれている。



 さすが頼れる上司様であった。



 でも、まぁ、お仕事には厳しい上司なので、承認するのにあたり付帯事項が付いた。



 その付帯事項は、南部諸部族の領域に建設されたロアレス帝国の寄港地の破壊だ。



 しっかりと働かないと、3者同盟締結は許さないってことまで、私も付き合いが長くなっているので予想はしていた。



 そのための策もすでに準備してあり、俺は今、南部諸部族領域の海岸に来ている。



「アルベルト殿、準備完了です」



 周りの様子も確認できないような漆黒の闇の中から報告する声が聞こえた。



 視線の先には、漆黒の闇の中に煌々とかがり火を焚いたロアレス帝国の寄港地が見える。


 

 寄港地の周りを包囲するように、南部諸部族の兵士たちが柵で囲い、同じくらい煌々とかがり火を焚いていた。



 闇に潜むゴシュート族の若者の数は50名。



 ワリドの配下の精鋭たちで、泳ぎと忍び込みの技に優れた者を集めてあった。



 それぞれが、背中に黒く塗った小型の樽を3つ背負っている。



 樽の中身は黒色火薬と壷に入った燃える水となっており、湿気が含まれないようそれぞれが油紙で包まれている。



 黒色火薬であるため、爆破能力は低いが、同梱してある燃える水に火が着けば、簡単には消火はできないので、木材でできた桟橋や停泊中の船を焼き尽くせるはずだ。



 桟橋と停泊中の船は補給路と脱出路となっているため、絶対に焼き落とさないといけない。



 皇帝派の重鎮ルーシラ公爵の嫡男デレックス・ルーシラが、南部諸部族の連合軍の猛攻に対し奮戦してるけど、補給路と脱出路がなくなれば、率いてる経験の浅い兵たちは浮足立つはずだ。



 そうなれば、鉄壁の守りにも緩みが出て、降伏へ舵を切ると思われる。



「これよりロアレス帝国の寄港地に停泊する船の焼き討ち及び、桟橋の爆破作戦を開始する。各人、事前に指定された箇所へ爆弾を設置するように。なお、海路より脱出不能の場合は敵陣に潜入し、南部諸部族の攻撃のどさくさに紛れて逃げ出すことを徹底しろ。死なずに帰還すること」



 俺は上げた手を作戦開始を告げるように振り下ろした。



 応答する声はなく、静かに黒い影が波打ち際にある黒く塗られた小舟に取りつく。



 やがて数艘の小舟はロアレス帝国の寄港地へ向け、漕ぎ出していった。



「無事に帰れるだろうか?」



 警戒している敵地への潜入であるため、発見されれば捕らえられる可能性が高いミッションだ。



 なので、ワリドに頼んで精鋭を集めてもらったわけだが――心配は尽きない。



「お任せください。我らゴシュート族からしたら、敵地潜入からの爆破工作など朝飯前の仕事ですぞ」



「そうだったな。では、無用な心配などせずに、私たちも予定の海上に移動するとしよう」



「ははっ! 小舟ですので、揺れはしますが、海上の特等席から敵地が燃え上がるのを見物しましょうぞ」



 ワリドと配下の若者が、燃える水を積んだそれぞれの小舟に乗る。



 黒い装束に身を包んでいる俺も、その小舟に乗って、海上へと漕ぎ出した。



 しばらく漕ぎ、海上に出ると錨を下ろして停泊する。



「海流は問題なさそうだね」



「はい、下調べした通り、この位置から燃える水を流せば、停泊する船と桟橋のあたりに流れ着くはず」



「なら、準備完了の合図が上がるのを待つのみだね」



「それにしても、アルベルト殿が描いた絵図通りにことが進んでおる。わしは手足となって動いてるだけだが、どこまで先を見通しておるのか考えたらそら恐ろしく感じるぞ」



「さすがに私も神様じゃないから、どこまでも先を見通してないさ。ワリドたちが集めてくれた情報を基本に組み立ててるだけ。だから、情報が命なのさ」



 実際、ワリドたち諜報者の情報がなければ、策の立てようもない。



 正確度が高い情報があるから俺の策が的中し、効果を発揮してくれるわけだし。



 ワリドたちの貢献度は高いから、アレスティナたんの大首長就任は認めてあげてもいいかもしれない。



 でも、山の民の領域には行かせないし、アシュレイ城に住んでもらうし、婿は取らないんだっ!



 ああっ! アレスティナたん! パパを置いてったらダメぞっ!



 大事な一人娘の将来を考えていたら、ワリドに肩を掴まれて我に返る。



「アルベルト殿、設置完了の合図が来た。これより、燃える水を流しますぞ」



「あ、ああ。私も手伝おう」



 小舟に積まれた燃える水入りの壷の封を開け、海中に次々と投棄していく。



 他の小舟も同じように封を空けた壷を投棄した。



 潮の流れに乗って、海面に浮いた燃える水が流れていく。



「そろそろ夜が明けてくる頃合いですな」



 夜明けが近付き、うっすらと明るくなり始めた海面には、桟橋や停泊中の船まで連なる燃える水の黒い帯ができあがった。



「こっちも用意は終わったようだ。潜入した者たちも無事に逃げてくれてることを祈ろう」



「我が配下に逃げ遅れる無能者はおりませんので、無用な心配ですな」



 ワリドが周囲の燃える水に引火しないよう、慎重に火種から起こした松明を手渡してくれた。



「では、仕上げをやらせてもらうとしよう」



 俺は手にした松明を海面を漂う黒い帯に向かい投げ入れた。



 松明の火は海面に浮かぶ燃える水に引火し、桟橋や停泊している船に向かって勢いよく火が燃え広がっていく。



「引火確認、離脱しますぞ」



「ああ、頼む」



 ワリドが櫂を漕いで小舟を岸に向けて漕ぎ始める。



 俺は炎の行き先を見つめた。



 炎が停泊している船の外板や桟橋に燃え移り、しばらくして寄港地全体に轟音と響き渡り、白煙が立ち昇った。



「よく燃えている」



「派手に燃えましたな。あの火勢では敵船も燃え尽きて着底するでしょうなぁ」



「寄港地としては再利用されたくないしね。船も燃やして沈めておけば、まず撤去に時間がかかるはずさ」



 潜入した者が設置した火薬と燃える水入りの樽に次々と引火し、何度も轟音が響き、白煙があがると、周囲に火柱が上がった。



「南部諸部族の連中も寄港地の異変を察したようですぞ。慌ただしくいくさの準備を始めております」



 火災の勢いが増し、次々に船や桟橋が焼け、寄港地の施設にも引火を始めている。



 包囲していた南部諸部族も轟音と白煙で異変に気付いたらしい。



 でも、もう遅い。



 包囲陣を駆け抜けた一群が、寄港地の防壁に向かっていく姿が遠くに見える。



「温存していた親エルウィン派の部族が到着し、攻撃を開始しましたな」



 寄港地を包囲していたのは、ロアレス帝国と激戦を続けてきた沿岸部族と親アレクサの部族が中心。



 けど、新たに現れ寄港地に攻撃をかけた軍勢は、うちに近い部族の連中だ。



 最後の美味しいところはうちに近い連中にやらせて、国家樹立の際の役職ポストを与える実績とさせてもらうつもりだった。



「うちは表立って戦えないからね。これで寄港地に籠る皇帝派の重鎮ルーシラ公爵の嫡男デレックス・ルーシラも、抵抗を諦めて降伏してくるだろうさ。なんせ、補給路も脱出路もなくなったわけだしね」



「数日以内には決着がつくでしょうな。では、我らは集結地点に向かうとしましょう」



 小舟が砂浜に乗り上げると、残した燃える水をかけて火をつけ、証拠の隠滅を図った。



 その後、集結地点に到着し、作戦参加した全員が帰還したことを確かめ、国家樹立の式典を用意しているロダ部族の集落へ向かうことにした。

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