第一七二話 勘違い


 帝国歴二六七年 紅玉月(七月)



 アレクサ王国の王都ルチューンに滞在して2か月。



 国王就任に向け、着々と権限を高めているゴランの評判は、前王の酷さから王都の民の中で急上昇している。



 ただ、ゴランがエランシア帝国の傀儡であることを嫌った一部の貴族が、前王の庶子たちを幽閉先から誘拐し、ヴィゼン公爵の領地に逃げ込み、王都陥落を静観した南部貴族たちとともに蜂起した。



 ワリド、仕事早すぎ。キレキレにキレすぎでしょ。



 前王オルグスの庶子たちが、互いに王を狙うよう、それぞれの野心を持つ中堅貴族が後ろ盾として配してるあるといういたせり尽くせりの手際の良さだ。



 叛乱勢力が巨大化すれば、すぐに主導権争いが起きて、内部でお互いを攻撃し合うと思われる。



「アルベルト―! 叛乱だ! 叛乱! アレクサ南部の貴族連中が蜂起したぞ!」



「いくさだ! いくさ! すぐに兵を出して鎮圧していいよなぁ! アルベルト!」



 ドアを開けて執務していた部屋に駆け込んできたのは、エルウィン家の家老二人だ。



 すでに完全武装をして、許可をすれば速攻で南部で蜂起したアレクサ貴族たちを討ち取りに行くだろう。



「ここはアレクサ王国内なので、エルウィン家が勝手な鎮圧行動はとれませんよ。ゴラン殿からの援軍要請はありませんし、大人しく、駐屯地に帰ってくださいね」



 叛乱の報に接したゴランも味方の貴族に対し、防御に徹し事態を静観するよう通告を出している。



 叛乱討伐よりも、奪った王都周辺の土地をしっかりと確保する方が先決だって、判断したのだろう。



 慎重派らしいゴランの判断だが、おかげでこちらの仕込んだ謀略は上手く事が運びそうである。



「だが――ゴラン殿に刃向かったことは、エランシア帝国に刃向かったのと同罪!」



「裏切り者は死を与えないと―――」



「ダメですよー。勝手に軍を動かしたら二人とも死罪ですからねー」



 こちらが仕込んだ謀略が上手くいきそうなので、脳筋の相手をしてる暇はない。



 それに今はロダ神聖部族同盟国の成立に向け、大急ぎで各種の交渉や部族への役職ポストの振り分けを考えないのだ。



 駆け込んできたブレストとラトールに対し、手を振って追い払う。



「アルベルトーー! いくさ! いくさなのじゃ! 裏切った連中がおる! 斬ってよいな! 斬っていいのじゃろう! 斬るのじゃ!」



 マリーダまで駆け込んできたか……。



 いくさ、いくさと面倒くさい人たちを黙らせるためにも、早いところロダ神聖部族同盟国を成立させ、ゴランをアレクサ王にして、3者同盟結んでお家に帰りたいんだがなぁ。



「マリーダ様、そろそろ溜まっている政務を片付けないと、アシュレイ城に帰った時、監禁状態で印章押しをさせられる量になってますが。それでもいくさをしたいと申されますか?」



「わ、妾はエランシア帝国軍総大将として責務を果たしておるのじゃ! 当主の仕事はアルベルトが――」



「残念ながら、私は侵攻軍の参謀長として軍の雑務はお引き受けすると申しましたが、当主の仕事は引き受けておりませぬぞ」



「な、な、な、なんじゃと! いくさで指揮を執っておる妾は忙しいのじゃぞ! そのうえ、普段の当主の仕事までやらねばならんなどと、納得がいかぬのじゃ!」



「遠征中もリシェールが散々、政務を処理するようにと忠告をしていたはずですが?」



「じゃから、それは――。アルベルトが政務を処理するという話になって――」



「『当主』の政務は、私の請け負っていない仕事ですので」



 俺の言葉を聞いたマリーダが青い顔で固まった。



 遠征中は俺が当主の仕事を代行して処理してくれると思っていたらしい。



 そんな話はいっさいした覚えはなく、『遠征軍での』決裁業務は代行すると伝えただけだった。



 自分の勘違いに気付いたマリーダが、壊れたロボットのようにぎこちなく俺の方を向く。



 ほぼ、2か月分の当主の決裁を有する政務が滞っているからだ。



 決裁案件数にして600件。



 もちろん俺が暫定で許可して案件自体は滞っていないが、書類は年度末までにきちんと揃えないといけないので避けては通れない道であった。



「嘘じゃ……。嘘じゃ、嘘じゃあぁああーーーーーーーーっ!」



「いや、嘘じゃないです。マリーダ様、あたしはちゃんと言ってましたよ。いくさばかりしてると後が大変になりますよって。今日もちゃんとノルマをこなしましょうと申し上げたはず」



 開け放たれたドアから顔を出したのは、マリーダの後を追ってきたリシェールだった。



 手には決裁が必要だと思われる書類の束を抱えている。



「アルベルトが……。アルベルトがーー。アルベルトがーーーー」



 燃え尽きて真っ白な灰になったマリーダが、その場に崩れ落ちた。



「はい、というわけで、マリーダ様はきちんとノルマを処理してくださいね。リシェール、連行してくれたまえ」



「はーい、承知しました。マリーダ様、頑張りましょう。死ぬ気でやれば、600枚くらい何とかなりますって」



「嫌じゃあああっ! 叔父上! 叔父上も手伝うのじゃ! 前当主として妾を助けるのじゃ! それと、ラトール! そなたもエルウィン家の家老であろう! お家の危機である! 妾を助けよ!」



 リシェールに捕まったマリーダが、家老2人を道連れにした。



「ば、馬鹿を申すな! ワシはもう当主ではないのだぞ! 政務はマリーダの仕事のはず!」



「そ、そうだぜ! 政務はマリーダ姉さんの仕事!」



「当主として命じるのじゃ! 妾の政務を助けよ! 抗命は許さぬ! 叔父上は書類設置を命じる! ラトールは印章を押す準備を命じるのじゃ!」



「なっ! 卑怯だぞ! マリーダ!」



「それはないだろ! マリーダ姉さん!」



「うるさいのじゃ! 妾だけ政務などしてたまるか!」



「マリーダ様の命令なので、ブレスト殿もラトールも手伝うように、3人で協力すればきっと終わりますよ。じゃ、リシェールあとよろしく」



「承知しました」



 がやがやとうるさい人たちが、部屋から出ていくと、静寂が戻ってくる。



 ふぅ、これで落ち着いて仕事ができるはず。



 ロダ神聖部族同盟国の設立に向けた概要をまとめている書類に再び視線を落とす。



 親アレクサ王国の部族と、寄港地建設に手を貸した沿岸部族の損耗は激しいようだ。



 まずは予定通りというところかな。



 ロアレス帝国とのいくさで弱った部族は、新国家での発言権も弱くなるし、こちらとしては一石二鳥。



 国家樹立後は、部族を徐々に解体し、アスセナという女王を中心とした中央集権国家に衣替えしていきたいし、できるだけ弱められる部族は弱めておきたい。



 もちろん滅亡されても困るので、ほどほどにしとかないといけないわけだが。



 まぁ、でもアスセナの女王就任に許諾を示した部族は9割に達してるわけで、このままいけばつつがなく国家樹立は行えそうだ。



 国家樹立支援に関連して、うちからけっこうなお金も持ち出しがあるんだけどね。



 まぁ、それは兵力提供代と考えておくとしよう。



 それに国家として成長すれば、いくらかは上納してくれるようになるだろうし。



 さて、そろそろ魔王陛下にも詳細を記した書簡を送っておかないと、いろいろと勘繰られそうだし、3者同盟の話も切り出さないといけないし、お家に帰るのはもう少しかかりそうだ。



 子供たちへのお土産は何にするかなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る