第一七一話 3者同盟締結への道



 玉座の間の奥に作られた王の居室にズカズカと足を踏み入れていく。



 俺がアレクサの叡智の神殿の神官だった時には、足を踏み入れることすら許されない領域だった。



 ゴランの護衛を務める近習たちも、俺の顔を見ると頭を下げて道を譲った。



 今の俺は戦勝国で総大将を務めたマリーダ・フォン・エルウィンの婿であり、今回の王都ルチューン攻略における参謀長として絶大な権限を持つ者だ。



「ゴラン様、アルベルト・フォン・エルウィン様がお見えになられました!」



 警護の近習たちの声に反応しゴランが入室を許す。



 ドアを開けて俺の視界に飛び込んできたのは、豪奢な調度品に囲まれた王の私室であった。



「アルベルト殿が、私の私室に来るとは珍しい」



「アレクサ王国の今後をゴラン殿と話し合いたいと思いましてね。今回は同行者もおりますが」



 ゴランの視線が同行したアスセナに注がれる。



「その者の容貌と衣装からして、アレクサの民ではないな」



「その通り。このアスセナは、山の民と境を接する南部諸部族に連なる者でございます」



「南部諸部族か」



 ゴランにわずかに困惑した表情が浮かんだ。



 文明圏の国家ですらない者が、王族である自室にいるというのが気になったのだろう。



 そういうところは一般的な王族に近しい感性をゴランも持っているので、妥当な反応だと思われる。



 でも、馬鹿ではないのであからさまに侮蔑した表情を浮かべてはいない。



「アスセナと申します。ゴラン様には以後お見知りおきを」



 何も言わず連れてきたアスセナだが、今から何やら重要な会談が行われることを察したようで、ゴランに丁寧に頭を下げた。



「こちらこそ、よろしく頼む。そなたを私のもとに引き合わせたということは、アルベルト殿の頭の中には壮大な策が出来上がっておるはずだしな。私もそなたも駒の一つということだろう」



 ゴランは母国を崩壊させた俺の手腕を間近で見てきたため、すでにこちらに逆らおうという意志を見せていない。



 でも、アレクサ王国の本来の国力が戻れば、ムズムズするものが出てくるとは思う。



 その時を引き延ばす策はすでにリシェールを通じて、ワリドたちに頼んであるからヨシとしよう。



 今はエルウィン家、南部諸部族、そしてゴランの継ぐアレクサ王国を含んだ相互の軍事同盟を成立させることが先決だ。



 この3者の軍事同盟の意義は、アレクサ王国の残党ではなく、対ロアレス帝国向け。



 島嶼部を制したロアレス帝国が、大陸進出する気満々なのは、アレクサ救援で感じられたしね。



 南部諸部族領域から、山の民の領域を抜け、アシュレイ急襲ってルートを防ぐのが1点。



 アレクサ南部の港から王都ルチューンを落とし北上してくるルートを防ぐのがもう1点。



 ヴェーザー河を遡上してアシュレイ本領を襲った場合の援軍兵力を得るのが1点。



 上記3点の侵攻ルートを防ぐのと相互に助け合うことで、ロアレス帝国の侵攻を抑止させるのが目的だ。



 できればこちらの抑止策が効いて、黒虎将軍とのことで、関係が悪化してるフェルクトール王国へ侵攻して欲しい。



 って言っても、あの黒虎夫人がどう動くか次第なんだけどね。



 その黒虎夫人が動いても対応できるようにって意味の軍事同盟締結でもある。



「ゴラン殿、これよりは3人で内密の話を進めたい。人払いを」



 俺は両者が挨拶を終えたのを見計らい、ゴランに人払いを申し出る。



 すぐに部屋に詰めていた護衛の近習たちに下がるようゴランが指示を出した。



「これでよいか?」



「ありがとうございます。これからお話することは、まだ魔王陛下の許諾を得ていない話であり、当主マリーダ様も知りませぬ」



「ふむ、そうか……。でも、許諾を得る目算はあるのであろう?」



「まぁ、そうですね。でなければ、ここで話はしません」



「であれば、話してもらおうか」



 ソファーを勧められたため、アスセナとともに腰を下ろすと、懐から地図を取り出しテーブルの上に拡げる。



「まず、現在南部諸部族はロアレス帝国が領域内に作った寄港地を襲っており、交戦状態に入っております」



 地図上に赤丸で示したロアレス帝国の寄港地へゴランの視線が注がれた。



「それは伝え聞いておる。エランシア帝国としては関与してないいくさだと思ったが?」



「まぁ、そうですね」



 エランシア帝国自体は支援してないが、山の民を通じてエルウィン家は、南部諸部族のいくさに援助をしている。



「ですが、南部諸部族がロアレス帝国に敗れることになれば―――」



 地図上に示された南部諸部族の領域を抜け、ゴランの居城であるティアナ、エルウィン家の本拠アシュレイに移動できるルートを示す。



「アルベルトは、ロアレス帝国が勝利の余勢を買って、アレクサ王国やエランシア帝国に侵攻してくると申すのか?」


 

「可能性が皆無とは申しません」



 現状、戦況は一進一退だが、激しい戦闘で死傷者が増し、南部諸部族は反ロアレス帝国で結束を強くしてきている。



 そこにシャーマンとして有名なアスセナが女王として君臨し、国家樹立を宣言すれば、ほぼほとんどの南部諸部族が参加した形の国家になるはずだ。



 国家の重職は、親エルウィン家の部族が占めることになるけどさ。



「そこで、アスセナを南部諸部族を束ねる女王に据え、緩衝国家を設立してエルウィン家とアレクサ王国を含む三者の軍事同盟を結ぼうかと思っております。さすれば、互いにロアレス帝国に攻められた時援護ができると思いますので」



 地図上の南部諸部族の領域に『ロダ神聖部族同盟国』と書き込んだ。



『ロダ』は、アスセナの出身部族名だ。



『神聖部族同盟国』という名は、神託を受けたロダ族のシャーマンであるアスセナに、統治権を授けられたことを南部諸部族の部族会議が了承したという態でつけてある。



 血族継承はできないって話にしてあるが、そこはあくまで建前で、俺との間に子が生まれたら、神託の子として、多数を占める親エルウィン家の部族が部族会議で了承する手はずとなっていた。



 完全なエルウィン家の傀儡国家である。



「私が女王という話になっておったのですね……。マリーダ様からは任せておけと言われましたがー―」



 薄々は察していたと思うアスセナも、国家樹立までは思ってなかったようで驚いた顔をしている。



「エルウィン家、アレクサ王国、そしてロダ神聖部族同盟国の相互軍事同盟の締結をしたいというわけか」



 ゴランは真剣な表情で地図に目を落としている。



 判断を誤れば、せっかく国王になったアレクサ王国が滅亡しかねないため、必死に思考を巡らせているのだろう。



「内容は同盟者間の相互不可侵条約の締結。ロアレス帝国の侵攻時には相互に軍事支援と戦力派遣を行う協定の締結というところでどうでしょう。対ロアレス帝国戦だけに適用される軍事同盟のため、負担は少なくて済むと思います」



「クライスト殿は、絶対に許可されるのであろうな?」



「ええ、この軍事同盟に乗ってもらえるなら、陛下が再編される予定の領地交渉においても、私がゴラン殿の主張に沿うよう手助けいたします」



 魔王陛下は大規模な再編を考えてそうだけど、ティアナ近郊からエランシア帝国領に流れ込んでいるドルフェン河を新国境とするくらいが妥当だと思っている。



 あんまりがめつく領地削ると、ゴランも反目するだろうし、エルウィン家との同盟の話をすれば、魔王陛下も南方の戦力強化につながると理解してもらえるはずだ。



「よかろう。無事アレクサ国王として就任したら、エルウィン家とロダ神聖部族同盟国の3者同盟を結ぶつもりだ」



「私も異存はありません。ロダ神聖部族同盟国の女王として国家を樹立した後で3者同盟に名を連ねましょう」



「では、ゴラン殿とアスセナがそれぞれ王位に就任した後、同盟に向けて進むよう、私も各種交渉を行ってまいります。とりあえず、正式に発表ができるまでは他言無用でお願いいたします」



 2人とも無言で頷く。



 とりあえず、これで南方における対ロアレス帝国の戦力は拡充できたはずだ。



 あとはルチューンの掃除と、ロアレス帝国の寄港地の処理だな。



 3者同盟締結の成功を確信した俺は、ゴランに辞去の挨拶をすると、アスセナを伴い自室へ戻ることにした。

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