第一四八話 長女アレスティナの才能


 ずっと、中庭の入り口で到着を待ち望んでいた脳筋プラス子供たちがキャッキャと騒ぎ始める。


 俺は執務室からその声を聴き、中庭が見える廊下へ移動した。


 中庭にはリシェールに先導され、『象』を連れた交易商人の姿があった。


「デカいのじゃ! これなら、戦場で取り囲まれても蹴散らせるのぅ!」


「マリーダ、ワシが買うから、お主は遠慮せい! フレイに金をもらってくる! 商人、予約する!」


「親父卑怯だぞ! オレも買う! アイリア! 金くれ! 金! オレは『象』買うぞ!」


「これは強そうな生物。一度戦ってみたいが――」


「この体格だと、体重で城門を叩き壊せるかもしれんなぁ。木柵くらいなら簡単に蹴散らせそうだ。馬は性に合わんがこの『象』は俺にピッタリかもしれん」


 嫁に金を強請って怒られる者2名確定、戦いたい1名は商人に嫌がられるだろうし、マリーダとバルトラートが買う気を見せているが――。


「これが『象』というやつか。ユーリ、強そうな生物だな」


「『象』はちせいがたかく、鼻をきように使ったり、力がつよい生き物らしいです。エランシア百科事典に書いてありました。あにうえの乗騎に合うのではありませんでしょうか」


「ははうえですら、乗らせてもらえぬ『象』を乗るか……」


 息子二人もなにやら買う気満々なんですが――助けて! エルウィン家のお財布のHPはもうゼロよ!


「キャッ! キャッ! キャッ!」


 息子二人に話に恐れおののきながら、アレスティナたんの声が聞こえた方に視線を向けてみたら――。


 ふぁぁあああああああああああああああああああああっ! ア、アレスティナたん! なぜ、そのようなところにぃいいいいいっ!


 息子たちに抱っこされていたはずのアレスティナたんが、いつの間にかゾウの頭の上に掴まっていた。


「ア、アレスティナたんが! 今、私が行くから、そこで待ってなさい!」


「キャッキャ!」


 アレスティナたんが、『象』の頭をポカリと叩くと、棹立ちになる。


 ふぁぁあああああああああああああああああああああっ! 危ないっ! 危ないからぁ!


「お、落ち着かせてくれ! 早くっ! うちの大事な娘が!」


 近くで見ていた『象』の調教担当者に、アレスティナたんの救出をするため落ち着かせるようにと指示を出す。


「いえ、『象』は姫様に懐いておりますな。ほら、あのように鼻で支えて落ちないようにしてますし。相当姫様のことが気に入ったようです」


 調教担当者の言葉に、今一度『象』を見ると、棹立ちになりながらも、自分の鼻を使ってアレスティナたんが落ちないよう支えているのが見えた。


「ほ、ほんとだ! すげぇ!」


「キャッキャ!」


 アレスティナたんが『象』の頭を撫でると、棹立ちだった『象』は足を曲げて地面に伏せた。


「アレスティナ! すごいのじゃ! 妾も乗せて欲しい!」


「あい!」


 マリーダが『象』の背に乗ったところで、アレスティナが再び『象』の頭をポカリと叩くと立ち上がって中庭を歩き回り始めた。


「いやー、姫様はあの歳で『象』を心服させておられますなぁ。ものすごい才能かもしれませんぞ」


 そりゃあ、俺の子だし、当たり前でしょ――って違う、違う!


 今のタイミングで、商人から今ならあの『象』が帝国金貨1万枚とか言われたら買っちゃってたよ! あぶねー!


「すごいのじゃ! これは、よいのぅ! 高く見渡せるのじゃ! それにアレスティナが喜んでおるのぅ」


 チラチラと俺に向かい、父親として娘に『象』くらいプレゼントできぬのか的な視線を送るのはやめてくれ!


 さすがに俺もそこまで娘に甘くは――。


「ははうえ! 自分だけずるいですぞ! アレスティナ、わたしとユーリも乗せてくれ!」


「あにうえ、僕は――」


「あいー!」


 アレスティナが『象』の頭をぺちぺちすると、鼻を伸ばしてアレウスとユーリをその背に乗せた。


「すごい! すごいですよ! ちちうえ! これは!」


「ちちうえ、この『象』という生き物、わがエルウィン家の力になりはずです!」


 『象』の背に揺られ、中庭を歩く子供と嫁たちの買ってくれ圧力が高まってくる。


 いやいや、絶対にダメだ。ダメだ。ダメだ。


 飼育代を含めた維持費が、どれだけかかるか分からないものを買うわけにいかない。


 ここは厳しく言い聞かせなければ――


「ちなみにこの一頭でいくらなのじゃ! 申してみよ」


「一頭帝国金貨500枚ほど頂ければ、お売りしますよできれば、群れとして牝4頭、繁殖用の牡1頭が理想かと思います」


「ほぅ、つまり5頭まとめて購入せよと申すか?」


「はい、その方が家臣の方たちと喧嘩にならずにすむと思いますが」


「なるほど――そちもなかなかの策士じゃな」


 地上に降りたマリーダと『象』の商人が、コソコソしないコソコソ話をしている。


「じゃが、うちのお財布係は厳しいのでな。飼育代がどうのこうのと言うのじゃ。そこのところはどうじゃ?」


「この地方なら草木も豊富ですし、餌代はそこまでかからぬかと」


 待て待て、たしか『象』はめっちゃ食うはずだ。餌代がかからないなんてことには騙されないぞ。


 少なく見積もっても5頭で年間帝国金貨500枚は行くはず。


 子供が生まれれば、さらに出費がかさむはずだ。


 それにアシュレイ城には置いておく場所がない。


 近場に飼育場を作るとなれば、さらに出費がかかる。


 そんな金はどこからも出てこな――


 お金の計算をしている俺の目の前を、『象』に乗ってにこやかに笑う子供たち3人が駆け抜けた。


 なにやってんだ俺は、これはもう金の話じゃねえだろ。


 子供が欲しいって言ってるものくらい、買ってやれなくてなにが父親だよっ!


 俺は自分の頬を自分の手で叩くと、商人の手を取って口を開いた。


「買いまーす! 買い! 買います! 今すぐ買います! おーい! ミレビス君、帝国金貨2500枚出してきて! 飼育場と飼料代の概算予算案すぐに作るから承認してくれたまえ!」


「はっ!? アルベルト殿、そのようなことを急に言われましても――。今年度の予算は――」


 急に呼ばれたミレビスが執務室から顔を出して驚いていた。


 俺も驚いてる。


 買う気はなかったが、子供たちのあの喜びようを見たら買わざるをえないだろう!


 俺はけちん坊な父親だと思われたくないんだから!


「大丈夫、私がなんとか数字合わせするから、すぐにもってきてくれ!」


「内政の最高責任者がそのようなことを言われては――」


「頼む、ミレビス! 父としての威厳の問題なんだ! 頼むよ! お前のところも子が生まれたから分かるだろ! この私の気持ちは!」


「分かりますが、仮にもエルウィン家の政務担当官のアルベルト殿が率先して予算を弄り回すのは、いかがなものかと――」


 帳簿係のミレビスが『象』への出資を出し渋る。


 いつの間にか子供たちの期待を帯びた視線が俺に集まっていた。


「分かった! エルウィン家の金が使えないなら、私の懐から出す! リシェール、マルジェ商会の金で決済してくれ」


「さすがにマルジェ商会でも、帝国金貨2500枚はおいそれとは用意できませんよ。分割でしか」


 分割と聞いた商人は首を横に振った。


 ちくしょーーーーっ! マルジェ商会の金も使えず万事休すかっ!


 頭を抱えて地面に足を突いた俺の肩に誰かが手を置いた。


「私は今、資金捻出先を考えて忙しいのですよ!」


「アルベルト、妾を忘れておるようじゃな!」


 肩に手を置いたのは、マリーダだった。


 白い歯を見せてニコリと笑っている。


 マリーダが金の用意なんて――。


 ハッ! そうか、その禁断の手があった! これなら、誰も文句は言えないはず! 


 俺は懐にいつも忍ばせている紙と筆を取り出すと、1通の書状をしたためた。


「マリーダ様、決裁のほどよろしくお願いします!」


「うむ、こたびの『象』5頭の購入費を軍事機密費として処理すること承知したのじゃ。通常予算とは別枠の予算として処理するのじゃ」


「はっ! 承知しました! ミレビス君、別枠予算獲得したから会計処理よろしく! 今、印章もらうから!」


「別枠予算ですと!? し、仕方ありません! アルベルト殿が禁じ手まで使われるとあれば、臣下たる私たちには逆らえませぬな。すぐにご用意します」


 執務室から金庫に向かったミレビスを見届けると、ホッと安堵の息が漏れる。


「マリーダ様、この恩はいずれお返ししますぞ! 父親の面目は保てました」


「よいのじゃ、よいのじゃ! 妾にはアルベルトにこれくらいしかしてやれぬからな。ああ、お返しは武器枠を増額してくれるくらいでよいのじゃぞ。うん、それでよいのじゃ」


「承知しました。来年度は増やしておきます」


「ちちうえ、アレスティナも喜んでおりますぞ!」


「あうーー! キャッキャ!」


「さすがちちうえ、ははうえの権限を使い別枠よさんをかくとくする方法があるとは」


 ふぅ、これで子供たちの父親評価はうなぎのぼりだぜ!


 その後、ミレビス君が商人にお支払いを済ませたが、オプションとして飼育員数名を雇うことになり、プラスで帝国金貨100枚ほど出たが、そこは自腹を切った。


 そして、城下町とアシュレイ城の中間地点に『象』の飼育場所で象舎が設置されることになり、エルウィン家の脳筋たちは『象』を手に入れ、子供たちは『象』に餌やりが毎朝の日課となった。


 それにしてもアレスティナたんは、動物使いの才能があるのか、どの『象』もアレスティナたんの言うことだけはしっかりと聞いているらしい。


 大きくなったアレスティナたんが、『戦象』部隊の指揮官になるとか言い出したらどうしようか……。


 無理です! お父さん、そんなの耐えられません! 勘弁してください!

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