第一四七話 いつもの騒ぎ

 帝国歴二六六年 金剛石月(四月)


「アルベルト! いくさはまだか! いくさ、いくさがないぞ! いくさ!」


「アルベルト! 兵300くらい率いて、アレクサ王国に侵入し、小規模戦闘してきていいか! 調練の成果をみたい! 親父がオレの指揮を馬鹿にするんだぞ!」


「アルベルト殿、新しい技を考え出したので、試したいのだが、どこかで戦闘はないだろうか。盗賊退治でもいいのだが」


「アルベルト殿、この前、実戦で使ってみた火薬式破城大槌だが、改良品ができたらしく、試したいのだが、どっか一つ城を攻める予定はないだろうか?」


 今日は朝から脳筋四天王たちが、執務室に詰め掛けてきている。


 前年の十月にフェルクトール王国との大いくさが終わって半年。


 脳筋たちは、もうその身浴びた血の量を忘れたようで、いくさがしたいと大騒ぎをしている。


 無視だ。無視、視線を合わせたら、出兵させろと大合唱して、さらに騒ぐからな。


 今年は落ち着いた内政の年。


 お金を貯めつつ、領内を充実させ、兵を鍛える時期である。


 ただ、いつもなら真っ先にいくさをさせろと言うマリーダが今日は、一切騒がすにリシェールとリュミナスを従え、印章押しを淡々と行っていた。


 どうしたんだ? 昨日はあれだけ仕事したくないと駄々をこねてたはずなのに。


 それに、脳筋四天王たちがいくさせろと騒いでも、飛びついてこないなんて……。


 今日はマリーダの背後に後光が見えるような気がする。


 ついに俺の調教が功を奏し、脳筋が理性を得てくれたのだと思いたい――。


「できたのじゃ! アルベルト! 妾は今日の仕事を終えたので、これから鍛錬にまいるのじゃ!」


 ノルマを達成しているため、止める理由はなく、マリーダが調練にいくのを止める理由はない――。


 ないのだが、マリーダの横顔とさっきまでの態度を見て、脳裏に嫌な予感がよぎった。


「お待ちください! マリーダ様! 調練は何をされるつもりですか?」


 ギクリとした表情を浮かべ、足を止めたマリーダに胸騒ぎが強くなる。


「違うのじゃ! ちゃんとちょっと調練しに行くだけなのじゃ! け、けけけけ、けして、城下町に来てる『象』という乗り物を試そうなどと思っておらぬからな! 調練に行くのじゃ!」


 『象』だと! 『象』!? まさか、愛馬を『象』にするつもりかっ!


 東部諸部族の隊商のどこかが、アシュレイ城下まで来てて、その中に『象』を取り扱っているという話を聞いていたが、まさか、マリーダが騒がずに黙々と仕事してたのは、『象』の購入をしようと企んでいたのか!


 それはさせん! 飼育料が激増するじゃないか! そもそも、『象』は小回り効かないし、怒ると通常の人じゃ制御できないから味方に被害を出しかねない。


「ダメです! 『象』はダメですよ! 認めません!」


「マリーダ! その話本当か! 『象』って、あの巨大な動物だよな!」


「マリーダ姉さんだけズルいぞ! オレも買う! 兵の指揮は高い場所からした方がいいからな! そうだろ? アルベルト!」


「マリーダ様、その『象』は強いのか手合わせしてみたいですね。どこにいます?」


「『象』か、城門壊せるくらい力を強いって話を聞いたことがあるぞ! 俺も欲しいな!」


 いくさと騒いでいた脳筋四天王が、『象』に反応してしまった。


 マジで面倒くさい! 城内に『象』の飼育場なんて作る経費を考えたら、費用対効果が悪すぎて頭が痛くなる。


 せっかく馬の育成で金が入って来てるので、乗り物はもういらない。


「ダメです! ダメ! 『象』の購入は禁止しますし、軍での使用も禁止しますからね!」


 俺が厳しい口調で『象』禁止令を出すと、さすがに皆も特別反省室を警戒して、その場の全員が口を噤んだ。


 ふぅ、危ないところだった! 嫌な予感がしてなきゃ、『象』を連れてきたマリーダを見て発狂するところだったぜ。


 俺は椅子に腰かけ、安堵のため息を吐く。


 そんな俺の前にアレウスとユーリがアレスティナを抱っこしたまま現れた。


「ちちうえ! ぜひともお願いしたい儀があります!」


「あります!」


 嫌な予感が再び全身を駆け巡っていく。


 やめろ、やめてくれ! 頼む、アレウスたん、ユーリたん、アレスティナたんを出汁にしてはいけない!


 そんなことをされたら――。


「アレスティナに『象』をみせてやりたいので、城下町まで出かけてもよろしいでしょうか!」


「ははうえが護衛をしてくれると申しておりましたので――」


「待て! 待つのだ! マリーダの護衛があるとはいえ、三人で城下町に出かけるなど言語同断!」


「ふえぇええええっ!」


 それまで指をしゃぶってキャッキャしてたアレスティナが、『象』が見えないと知り不機嫌そうに泣き始めた。


 ふあぁあああっ! らめぇええええ! アレスティナたんに泣かれたら、おとうさん発狂しちゃうからぁあああ!


「ア、アレスティナたん! そんなに、『象』が見たいのか? え? そうなのか?」


「キャッキャ!」


 『象』という単語に明らかにアレスティナたんが反応している! ここで、アレスティナたんの機嫌を損ねたら今日の俺のやる気はマイナスを突き抜けてしまう。


 俺は歯をくいしばって周囲に視線を巡らし、おもむろに口を開く。


「み、見るだけ、見るだけなら許可を出す。リシェール、至急城下町にいる『象』を売ってる交易商人を連れてきてくれ」


「承知しました」


「「「「「やったぁ!」」」」


 俺以外、全員大喜び。


 でも、絶対に買わないから、見るだけ、見るだけなんだからねっ!

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