第一四九話 天与の才とは恐ろしいもの
帝国歴二六六年 翠玉月(五月)
購入した『象』が意外な効果を発揮してくれている。
アレスティナたんに芸を仕込まれた『象』たちによるステージが週に一回、象舎の前で開催され、領民たちの娯楽として受け入れられているそうだ。
おかげでアレスティナたんは、エルウィン家の獣姫様として、人気が爆上がり。
目聡い商人たちから、アレスティナたんのグッズを出していいかの問い合わせが殺到中だ。
父親としては立体フィギュア的な木彫りの像は見本だけ作らせ、自分用にゲットすると以降の製造を禁止してある。
内緒で作れば、即座に店を取り潰すときついお達しを出してあるのだ。
お父さんは、アレスティナたんの木彫りの像など作ることは許しませんよっ! 自分用のは、単身赴任時のお守りだからヨシ!
この状況に一番の困惑を感じているのは、母親のリュミナスだった。
「アルベルト様、アレスティナの件はどうしましょうか? 城外での催しですし、人が増えれば護衛の増加の必要もあるかと思いますし、止めさせますか?」
「アレスティナに悪さしようという輩を見つけたら、ワリドが即座に消してくれるだろ。この前も、催しの最中に近づこうとした者が、突如姿を消したそうだし」
「はぁ、まぁ、そうなのですが……。それと、どうやらアレスティナは、新たに鷹も手懐けたらしく……」
申し訳なさそうに報告してくるリュミナスであったが、アレスティナが新たな獣を手懐けたという話は初耳だった。
「た、鷹!? だ、大丈夫なのかそれ?」
「ええ、まぁ、もともと、ボクたちゴシュート族が偵察用に使役してた鷹なので人に慣れた大人しい個体です」
「そ、そうか。なら、問題あるまい」
こちらの言葉を聞いたリュミナスの視線が、俺から逸れた。
な、なんか問題あるの!? めっちゃ気になるんだが!
「問題があるなら、話しておいてくれると助かる。大事な娘が大問題にさらされているのかと思うと、仕事が手に付かないぞ」
「実は――」
「実は……」
「実は、鷹を手懐けたアレスティナが、どうやらその鷹に自らの身体を掴ませて、空を移動して象舎に向かったらしいとの話を入手しました」
ふぁぁあああああああああああああああああっ! なんという危険なスタント! って違う! 無茶苦茶だろソレ!
あまりの突飛な報告を受け、心臓が鈍い痛みを大量発生させる。
「ちょ、ちょって待ってくれ」
「アレウス様、ユーリ様が目撃されております。ボク自身はまだ見ておりませんが……。フリン様とカラン様からアレスティナが急に居室から消えるという事態は何度か報告を受けてます」
だ、ダメじゃん! マジでやらかしてるやつじゃん! アレスティナたん、お空飛んじゃってるじゃん!
これじゃあ、仕事が手に付かん!
「イーレナ、すまないが象舎まで行ってくるので少し席を外す!」
「はぁ、承知しました。午後の面会は取りやめにしておきますね」
「すまん、頼む」
俺はイレーナに仕事の調整を頼むと、リュミナスとともに城と城下町の中間地点に作った象舎に向かった。
飛んでる……飛んでますよ! さすがうちの天使ちゃん! って違うからっ! 飛んじゃってるからぁああああっ!
「あうぅー!」
「「「「うぉおおおおっ! すげぇええええ! 飛んでるよ! 姫様すげぇえええ!」」」」」
今日は週一回のアレスティナたんの催しの日であり、領民たちが象舎の近くに集まって来ていた。
「アレスティナ、そなたはすごいのう! 空飛べる者など妾は初めて見たのじゃ! 将来が楽しみじゃのぅ!」
「ははうえ、わたしもあれくらいできますぞ! たぶん」
「あにうえ、アレは無理です。アレスティナもまだ小さいからできるのであって。あにうえの体重では――」
嫁と息子二人が娘のショーを見てキャッキャしてる。
「マリーダ様、アレウス、ユーリ、なんで止めないんだ!」
「おぅ、アルベルトも見に来たのか。アレスティナは逸材じゃな。獣を手懐けるのが上手い。将来は獣軍団を率いて戦場で有名を馳せるおなごになるかもしれぬのぅ」
イアァアアああっ! そんなのらめぇえええっ! お父さん無理ですから! 娘が獣たち率いて戦場で戦うなんて無理ぃい!
俺は半狂乱になって、空を飛び回るアレスティナを回収しようとステージに乱入した。
「アレスティナ! 降りてきなさい! それはダメだから! ねっ! いい子だから降りてきなさい! お父さん怒ってないから!」
「あうー!」
鷹が大きく羽ばたくと、アレスティナの身体がさらに高く浮き上がる。
お願いですから、おやめくださいぃいいいいっ! お父さん、ショック死しちゃうからぁ!
「「「おぉ、いつも冷静沈着な金棒アルベルト様が狼狽しておられるぞ! さすが姫様だ!」」」
そんなところで感心しないで欲しい! 俺の娘の危機に狼狽して何が悪い! 落ちたら大事故なんだぞ!
無責任な観客からの声に激怒しそうになるが、声を荒げるとアレスティナの機嫌を損ねると思い、グッと我慢する。
「その鷹も飼っていいから、飛ぶのはやめなさい。飛ぶのは。あ、そうだ! 『馬』さんなら乗ってもいいぞ! 移動も楽だし、お城の中でも飼えるからな。どうだ、アレスティナ」
「あーい!」
俺の説得を受け入れたアレスティナは、どこからともなく現れた馬の背に降りた。
いつの間にか城内の馬を手懐けてたのか、現れた馬は背に乗せたアレスティナが落ちないようゆっくりと歩き出す。
すげぇええ! 呼んだのキミ! って違う! すごいけど! 違うから!
驚きと安堵がごちゃまぜになって意味不明の思考に陥っているが、とりあえず危機は去ったと思いたい。
「アレスティナ、それ妾の愛馬じゃぞ。アルベルトエッチィ二世号と言うてな――」
「マリーダ様、馬は私が新しいのを用意しますので、あの馬はアレスティナにお与えください。機嫌を損ねてまた空を飛ばれてはかないませぬ!」
「そうか、アルベルトエッチィ二世号もまだ若い馬だが、それ以上の有望な新馬がおると牧場からも連絡があったが予算が足りなくてのぅ。助かった」
にこやかな笑顔を浮かべたマリーダだったが、もしかしてアレスティナと示し合わせて――。
そんなわけないよね? ないと言って欲しい! ないはずだ! ないことにしておこう!
そんなわけで、我が娘であり、エルウィン家の獣使いとして後に名を遺すことになるアレスティナであるが、象舎の近くに彼女の手懐けた動物たちによる動物園が開設されることになる。
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