第一四六話 新領地を視察してみた!
帝国歴二六六年 藍玉月(三月)
拝領予定だったリリンド領の元領主が、ようやく支度を整え、新領地に移転したため、代官にする予定のヘクスを連れ領内の視察に訪れた。
リリンド領はアシュレイ領と北東部で隣接しており、領内にはステファンの領地に繋がるズラ、ザイザン、ベニアを貫く大きな街道が通っている。
今はノット家から運び込まれる鉄鉱石を積んだ荷馬車や、ステファン領から商売しにくる商人、さらに東方の諸部族の国家の交易商人などが、アシュレイ領に入る前、最後に宿を取る場所として栄えていた。
街道の宿場町として大いに発展している領地であった。
「これはまた人通りの多い町ですね。モラニー市も交易で栄えておりましたが、このリリンドも多くの商人で溢れておる様子」
「東部との交易は、ヨアヒム殿とステファン殿のおかげで順調に規模を増してるからね。色んな品が手に入るようになってきてる。今まではこの地は別の貴族家が領有してたため、手を出せなかったが、新たに魔王陛下より下賜されたので、さらに交易量が増えるよう施策を行いたいと思っている」
「この地の代官職をご下命頂いたあと、調べてみたのですが、どうやら街道で渋滞が酷く発生しているようで、荷の動きが滞っているとの話も聞こえてきてます」
ヘクスの言葉を聞き、再び街道上に目をやるが、西のアシュレイ領を目指す者や東のステファン領やノット家の領地を目指す者で大きな街道も人が溢れている。
たしかに日中、これだけ人が溢れてると荷馬車も速度を出せないだろうなぁ。
予想以上に交易量が増えてるという証でもあるんだが。
増えすぎるのも困ったもんだな。
「解決策はあるかい?」
「ははっ! こちらの地図をご覧ください」
ヘクスは懐から出した地図を手渡してくる。
地図にはこのリリンド領から北西に伸び、帝都に続く『馬車の大道』に繋がる一本の街道が強調してあった。
さすが、モラニー市で商人としてなりあがり、最年少市議会議員をしてただけのことはある。
俺もそこの街道には目を付けていたところだ。
「この街道を拡げる意図を教えてくれ」
ヘクスの意図が、俺と同じか確認するため、尋ねてみた。
「はっ! このリリンド領から北西に伸びる街道は帝都へ繋がる『馬車の大道』に行きつきます。なので、アシュレイ領を介さず帝都に向かいたい商人たちが利用しやすいよう街道整備をしてやれば、迂回路として機能し、渋滞を回避でき、交易量の増大にも耐えられるようになり、リリンド領が中継地として発展すると思われます!」
ドンピシャだった。
やはり、拾っておいてよかった。
ステファン領の商人や東部の諸部族国家から交易に来る商人、あと正統アレクサ王国の商人の中には、アシュレイ領ではなく帝都を目指す者も多数いる。
現状、それらの商人はアシュレイ領を経由して向かった方が日数が少なくて済むため、街道の使用率が高止まりしているが、ヘクスが指摘したリリンド領の街道を整備してやれば、日数が短縮できると思われる。
そうなれば、アシュレイを経由せず帝都に向かいたい商人たちは、そちらを使うようになり、リリンド領がその中継地として栄えるようになるはずだ。
その分、アシュレイ領行きの街道は使用率が下がり、スムーズに人や荷馬車が流れ渋滞の発生を抑えるはずだ。
今までは他家の領地だったので、手が出せない案件だったが、リリンド領を与えられたのでようやく手がつけられるようになった。
「ふむ、私同じ考えのようだ。では、街道の拡幅工事ともに必要になるものはなんだと思う?」
「中継地となるため、商人たちが荷を置いておくための倉庫や支店開設用の店舗かと思います。リリンド領に荷を集めさせ、アシュレイや帝都、東部、正統アレクサ王国などに動かし利を稼ぎたい商人は多数いると思われますので」
物を動かすだけで金を作り出す商人の嗅覚とも言うべきか。
ヘクスも胆力だけでなく、商人としての才もかなりのものだな。
「早急に倉庫区画と商業地開設の見積もりを――」
「こちらにございます」
ヘクスは新たな紙をこちらへ差し出した。
代官職を正式に下命してから、二週間ほどしか時間がなかったはずだが、すでに見積もりまで。
街道拡幅工事が工期一年の総工費が帝国金貨二〇〇〇枚。
倉庫区画開設が工期三か月で総工費が帝国金貨一〇〇〇枚。
商業区画開設が工期半年で総工費が帝国金貨一五〇〇枚。
帝国金貨四五〇〇枚の投資か。
増大している交易量から考えると、四~五年で投資した額は回収できそうな気はする。
リリンド領は、周囲を味方に囲まれた安全な場所だし、第二の商業都市としてエルウィン家の財政を支えてくれるよう街づくりをしていくとしよう。
お金大事! 老後のため帝国金貨2億枚くらい貯め込みたいところ。
「この見積もりを許可する。イレーナとミレビスには伝えておくので、すぐにとりかかってくれ」
「はっ! 街道拡幅にはレイモア殿をお借りしても?」
「ああ、いいよ。堤防も一段落ついたし、レイモアたちにも新しい仕事がいるだろうしね」
「ありがとうございます! では、早急にとりかかります」
ヘクスは部下として連れてきた文官たちとともに代官として政務を行う、屋敷に向かって駆け去っていった。
ジームスが裏切ったら、モラニー市の議長に据える予定だが、そうなった時はリリンド領の代官職はラインベールに任せてもいいかもなぁ。
イレーナの子にも領地を与えたいしね。
賑わう街道を見つめつつ、将来のことを考えていると自然と頬が緩んだ。
「お楽しみところ申し訳ありませんが、クラリスから至急の連絡が来ました」
背後から声をかけてきたのはワリドだった。
クラリスから至急の連絡? 上級貴族のサロン化した温浴施設で何か掴んだんだろうか?
「報告を頼む」
「はっ! クラリスからの報告では風見鶏殿の周辺に北方部族が姿を見せているらしい噂になっているとのこと」
北方部族が風見鶏殿の周辺に姿を見せてるか。
もともと、ヒックス家は北部守護職なので北方部族は敵のはずだが……。
でも、現当主ローソンになってからは、一度も北方部族と戦争が起きてないんだよな。
北方部族も身内争いで忙しく、大きな勢力ができたとは聞こえてきてないし。
まぁ、ローソンは自ら行動を起こす人物ではないと思うが、噂が聞こえてくるのは不気味だし、用心しておくことに越したことはないか。
「クラリスにはヒックス家の情報収集を強化するように伝えておいてくれ、赤熊髭殿は派閥内のゴタゴタでしばらく動けないだろうしね」
「はっ! そのように伝えておきます。あと、スヴァータからも続報が来ました。黒虎将軍はフェルクトール王国の占拠の功績により、ロアレス帝国の皇帝より大将軍の称号を与えらえれ、一部艦隊指揮権も譲渡されたそうです」
皇帝派とやり合ってると思ったが、フェルクトール王国の電撃占領で地盤を強化したか。
あまり地力を付けられるのも怖い連中だし、謀略を仕掛けておくのもありな気がしてきた。
「ふむ、黒虎大将軍となったということか。スヴァータには、『黒虎大将軍』がフェルクトール王国の後援を受け自立しようとしていると噂を流すように伝えてくれ」
「そのような噂は、あの夫人にすぐに打ち消されてしまいますぞ?」
「打ち消されても、執拗にねちっこく、人の口伝に拡散させていけばいい。何度も何度も噂になれば、そのたびに皇帝派へ注進する者が出てくる。注進が積もり積もれば、聞いてる側は打ち消す側の言い分が白々しく感じるようになるんだよ」
白を黒くするには、執拗に黒だと言い続けるのが有効である。
白だと信じている者もあまりに黒いと言われ続けると、疑念が浮かび、疑念が白を黒にするようになるのだ。
黒虎大将軍には悪いが、皇帝との仲は裂かせてもらうとしよう。
「は、はぁ。そういうものなのですな」
「ああ、そういうものだ。ただ、スヴァータには細心の注意を払って噂を流すようにと徹底してくれ、あの夫人はこちらの意図を察し、噂の発信元を潰そうとしてくるだろうと思う」
「はっ! 承知しました! すぐに伝えさせます!」
ワリドは頭を下げると、すぐにその場を駆け去っていった。
さて、向こうがどういった手に出てくるか、注視しておかねばならないな。
今年は落ち着いて内政に時間を割けると思ったが、まだまだ周辺はきな臭い。
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