第一二一話 諜報組織の拡充も大変


 毎年恒例のヴェーザー自由都市同盟からの徴収は、ロアレス帝国を刺激しかねないため今年は中止。


 脳筋たちは収まらないと思うので、石砲傭兵団と野戦要塞陣地の研究と称し、メトロワ→ビッグファーム→アシュレイの三方に睨みを利かせられるヴェーザー河の岸に簡易要塞の構築をさせている。


 いちおう対ロアレス帝国用にヴェーザー河の防衛も考えねばならない。


 ビッグファーム領の防備はないので、その簡易要塞が補給地兼水軍寄港所兼防衛設備となる予定だ。


 メトロワ陥落時の石砲傭兵団撤退先兼アシュレイ直接攻撃阻止点としても考えているため、ヨゼフとよく話し合って図面を作るよう家老のブレストに申しつけてある。


 ヴェーザー河自由都市同盟が緩衝国家として存在はしているが、陸に興味を示しているロアレス帝国がいつ併呑するか分からないため、ヴェーザー河の防備の強化は急務だ。


 野戦築城はいくさに関する技術のため鬼人族に任せておけば、下手なものを作るわけがない。


 防衛戦の妙手であるヨゼフの意見も組み込めば、簡易とはいえ堅牢な要塞が作られるはずだ。


 というわけで、脳筋たちが出払って静かになったアシュレイ城の広間に諜報部門の採用試験会場を設置した。


「志望動機は?」


「はい、お給金がよいと聞きましたので。雇ってもらってた貴族家が没落しまして……」


「へぇ、アレクサの貴族家をぶっ潰したのは、エルウィン家だがいいのか?」


「諜報に生きる者は金次第ですので」


「はい、残念不採用。おつかれっしたー」


 面接を受けていた中年の男が表情を変える。


「なぜ!?」


「金だけで動く諜者は使い捨て要員でしかないんで、うちじゃ間に合ってる。今回の採用枠は正規枠なんで腰掛の使い捨てはいらない。ゆえに不採用! はい、次」


 中年の男は何かを言い繕おうとしたが、護衛として残っている鬼人族に、両脇を抱えられ面接会場から引きずり出された。


 続いて席に座ったのは、見た目の良い若い女性だった。


「はい、合格。勤務地はラルブデリン領の温浴施設の給仕係ね。噂話を拾って上司に報告して」


「え? まだ、何も答えてませんけど……」


「経歴書を見たから大丈夫。メトロワ市に雇われて、うちの内情探ってた子でしょ。クラリスが割と優秀だって褒めてたから推薦されてる。向こうでの上司はクラリスだからよろしく」


「は、はぁ……」


 若い女性は、アシュレイ城下の酒場で給仕係としてメトロワ市から雇われてた密偵の子だ。


 メトロワ市がうちの保護領になってからも、律義に飼い主のメトロワ市へ情報を送り続けた忠勤をクラリスに評価され、元飼い主だったメトロワ市議会議員からもらい受ける形になった。


 能力は高くないが、見た目のよさと飼い主への忠実さを買われての正規採用である。


「これ支度金ね。給金とは別だからよろしく」


 若い女性に帝国金貨20枚が入った革袋を手渡す。


「こんなに!? は、はい! 頑張ります」


 革袋の中身を見た若い女性が、深く頭を下げて面接会場を退室していった。


「はい、次」


 次に入ってきたのは、眼光鋭い初老の男性。


「まさか、うちの募集に応募してくれるとは思いませんでしたよ」


「わたしもそろそろちゃんとした飼い主が欲しくなってな。エルウィンの金棒殿なら、飼い主として問題はないと判断した」


 眼光鋭い初老の男性は、ワリドがずっと勧誘を続けていた山の民の中でもゴシュート族と並ぶ諜報活動を得意とする梟人族のドグリブ族の族長スヴァーダだ。


 鳥人族の親戚みたいな一族で背中に翼を持ち、夜目も利くうえ、耳もいいという種族だった。


 ずっと山の民の中で諜報を担ってきたが、勇者の剣の一件では中立を貫き、その後山の民がワリドとワリハラ族長の合議制に移行してからは、山の民から離れ自分たちだけで生活をしていた。


 彼らの話を聞いた俺が、ワリドを通じてこっそりと生活の支援の資金を出し続けていた一族でもある。


 その一族がついに自立の道を諦めて、うちの軍門に降ってくれるらしい。


「では、スヴァーダ殿には戦士長待遇を与え、一族の者と一緒に今年立ち上げるロアレス帝国の黒虎将軍とその夫人の専属諜報組織を率いてもらいます。相手もかなりの手練れの諜報組織を有していると思われますので、難易度はかなり高いです」


「ほほぅ、それはわたしらの一族の実力を高く評価してくれてるとみていいのかな?」


「評価してますよ。ワリドの構築したアシュレイ城の防諜配備をかいくぐって、マリーダ様の寝室まで侵入してたらしいじゃないですか。並みの連中なら絶対に無理ですよ」


「飼い主殿がどんな人物か探る必要があったからな。嫁殿には見つけられたみたいだったがの」


 動物的な勘でマリーダが見つけてくれてなかったら、寝首をかかれてた可能性もあったので、わりと笑えない。


 でも、おかげで実力は把握できてる。


 ヴァンドラ商人じゃ、情報をほとんど取ってこれなかったロアレス帝国内の諜報活動でもかなりの結果を出してくれるはずだ。


 黒虎将軍とその夫人の動向は常に押えておかないと、うちが滅ぼされかねないため、有能な者を任務当てたい。



「うちの寝室を覗くのはご勘弁してもらいたいが、黒虎将軍とその夫人の寝室になら潜り込んでもいいですよ。私も大いに二人のことが気になりますからね。高く買わせてもらうつもりです」


「わたしが向こうに裏切るとは思わんかね?」


「大丈夫です。娘のアスセナ殿はマリーダ様の女官兼リュミナスの補佐としておきますのでご安心を」


「そして、金棒殿の種をもらうか。もちろん、子には領地はもらえるんだろうな?」


「そこは一族の働きしだいといたしておきましょう。ただ、ロアレス帝国の諜報活動で得られた情報は高く買うと申し上げた通りの処遇は準備しております」


 しばらく考え込む様子を見せたスヴァーダだったが、やがて椅子から立ち上がり、俺の前に跪くと拝礼をした。


「承知した。これより梟人族のドグリブ族はエルウィン家のもとで繁栄するべく、全力で忠勤を果たさせてもらう」


「ありがたい。助かります」


「これよりロアレス帝国へ潜入する者の選抜をしますので、今日はこれにて。潜入者の詳細は娘アスセナに通じて報告いたします」


「分かりました。頼みます」


 スヴァーダは広間を出ると、中庭で翼を広げ、スラト領の方角へ向かって飛び立った。


 マジで空が飛べる諜報者ってチート能力だろ……。


 さすがに黒虎将軍の夫人も、うちがあんな諜報者を雇ってるとは思わないはずだ。


 飛び立ったスヴァーダから視線を広間に戻すと、次の面接者を呼ぶ。


「はい、次の人どうぞ」


 続いて入ってきたのは、どこかの貴族家の令嬢っぽい装いをした人だった。


「諜者の採用をしていると噂を聞きましたので、わたくしも拾ってもらいたく参上いたしました」


「ロートレシア王国のバリモス侯爵家の令嬢殿でしたかな?」


 ロートレシア王国は、エランシア帝国の前にこの辺りを統治していた旧国名で、すでにこの世に存在しない国家だ。


 目の前の貴族の令嬢風の女性は、その存在しない国に実在した侯爵家の令嬢を名乗って、エルウィン家の領内をうろついては事情に疎い商人や豪農たちから金銭を巻き上げていると、ワリドから報告を受けている。


 つまりは詐欺師である。


 でも、話術と容姿に皆が簡単に騙されて金を巻き上げられているのだ。


「今はアレクサ王国のロクシタン伯爵家の令嬢ですわ」


「その貴族家は、たしかアレクサ内戦で当主死亡の跡継ぎなしで断絶した家のはずだが?」


「わたくしは命からがら逃げだし、アシュレイ城にまでたどり着いたしだいでございます」


 自信ありげな女性の答弁に、思わず本当なのでは思う自分がいたが、アレクサ内戦で潰れた家に関してはワリドに詳細に調べさせていたので、ロクシタン家に令嬢がいなかったことは知っていた。


「残念だがロクシタン家に令嬢はいない」


 こちらの返答を聞いた令嬢は、それまで浮かべていた笑みを止め、表情を引き締めた。


「さすが、金棒アルベルト殿と言ったところかしら。潰す予定、潰した家の係累は全て押さえてるってわけ?」


「まぁ、そうしている。命を狙われるだろうからね。で、詐欺師の君には特殊任務を遂行してもらいたい。上手くいけば玉の輿で大公家当主夫人になれる」


「失敗したら?」


「首を刎ねられ広場に晒されるだけで済む。なに、痛みは一瞬だろうし、成功すればいいだけの話だ」


 令嬢から俺に向けられた視線が厳しいものに変化する。


「面白いこと言う人ね。でも、成功報酬が魅力的過ぎるわね。大公家当主夫人、エランシア帝国の上流階級入りか。それで、任務は?」


「四大公家の一つファルブラウ家の当主レックス・フォン・ファルブラウの長男デニスの篭絡」


「だから成功報酬が大公家当主夫人ってことなのね。エルウィン家の支援は?」


 詐欺師の女は任務の内容に動じることなく、こちらの支援体制を尋ねてきた。


「ノット家のビョルンソン伯爵家の令嬢身分」


「その家、東部侵攻された時に潰れてるわよね?」


「詳しいな」


「仕事に使う情報は最新のものを使うようにしてるのよ。ノット家の許可はもらってるの?」


「ああ、当主から直々に許可はもらっているから安心してくれ。領地も家臣もないが、書類上は君が継承候補として実在できるよう準備はしてある」


 ショタボーイに無理言って、断絶しているビョルンソン伯爵家の家名を今回の謀略のため、名義だけ貸してもらっている。


 謀略が発動すれば、魔王陛下の権限でもって貴族名鑑も書き換えられる予定になっていた。


「なら、わたくしは本物のビョルンソン伯爵家令嬢になれるってわけね」


「そういうことだ。どうだろう、依頼を受けるか?」


「いいわ。その賭けに乗った。上手く大勝したら、大公家当主夫人としてお付き合いをよろしく」


 詐欺師の女は、厳しかった表情を緩めると、握手を求めてきた。


「握手をする前に、これから名は何と呼べばいい?」


「オリアーヌ・フォン・ビョルンソン女伯爵。オリアーヌでいいわ。篭絡の方法は任せてもらえるかしら?」


「ああ、承知した。方法は任せる。あと、支度金として帝国金貨300枚を支給する。その他の資金はリュミナスという子を通じて支払わせてもらう。成功を祈ってるぞ」


「最大の獲物を釣りあげて、仕事はこれが最後にしとくわ」


 オリアーヌは、俺にウィンクすると革袋を受け取り広間を後にした。


 それから、あと十数名の面会を行い、それぞれ合否を伝え、パンク寸前だった諜報組織の拡充をはかった。

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