第一二二話 情報戦


 帝国歴二六五年 紫水晶月(二月)。



 ブモワから大量の赤熊髭派閥の極秘情報が、ラルブデリン領の温浴施設にいるクラリスを通じて送り込まれてきた。


 もちろん不信を抱かれないよう、こちらの内部情報も漏れていいものはブモワに持たせ、赤熊髭の懐深くに入れるようにしてやっている。


 シュゲモリー派閥から離脱した時も鮮やかだったらしいから、裏切ると決めたら行動が早いのが、ブモワの身を助けてるのかも。


 まぁ、自分の命は大事だからね。


 そんなブモワから送られてきた情報を精査していく。


 とりあえずエルウィン家ぶっ殺す計画っていう直接的な被害を被りそうな情報から。


 ふむふむ、フェルクトール王国と戦争再開(偽装)して、魔王陛下を通じてうちに助っ人依頼。


 西部戦線までうちを引っ張り出して、最前線の小城に派遣。


 ほうほう、補給を故意に途絶させフェルクトール王国軍に討たせるって筋書きか。


 美味しい餌として、赤熊髭の娘を魔王陛下に嫁入りさせる。


 はぁ、あざとい。例の夫人の入れ知恵だろうか。


 けど魔王陛下もエランシア皇帝初の他の四皇家からの嫁入りなら、権勢を固めるため、うちを切り捨てる価値はあると思う。


 自分が魔王陛下なら、少なくとも天秤にはかける餌だ。


 こわっ! 四大公家からの輿入れの話が進んでなかったら、魔王陛下がこっちの話に乗ってたかも。


 でも、この謀略を利用して西部戦線を引っかき回し、フェルクトール王国軍と赤熊髭との関係に再びヒビを入れておきたいところでもある。


 脳細胞が動き出し始め、最大効果を発揮するであろう策を練り出していく。


 ・西部戦線の助っ人依頼を受ける条件として、魔王陛下との婚姻ではなくワレスバーン家の領地からエルウィン家への恩賞下賜を承知させる。(赤熊髭としてはうちを謀殺できると見越してるはずなので受け入れる可能性大)


 ・派遣されたうちの軍勢は指定された小城に入らず、包囲戦と思って進軍してくるフェルクトール王国軍を奇襲で混乱させる。(赤熊髭の裏切りを喧伝しとく)


 ・裏切りに激怒したフェルクトール王国軍を引き連れ、補給の途絶を画策する赤熊髭の軍勢にぶつけてずらかる。(相打ちさせて、戦力漸減)


 ・魔王陛下の援軍とともに反転し、戦力が減ったフェルクトール王国軍を撃破(赤熊髭派閥ざまぁ!)


 ・領内からフェルクトール王国軍を追っ払うところで戦争終結し、戦後処理で赤熊髭派閥の領地を削る(赤熊髭に不満が募る形がベスト)


 ・不満者をこちらに取り込む謀略の下地を作る(赤熊髭の暴発時に防波堤代わり)


 我ながら悪魔的謀略をまた考え出してしまった。


 でも、まぁタイミングを見誤ると敵中孤立しかねない策ではあるが……。


 うちの脳筋軍団なら、孤立しても敵中突破を楽に決められる戦闘力を発揮してしまうんだよなぁ。


 全軍騎馬兵とかなら、ほぼどこの軍勢も捕捉不可能な気もする。


 撃破までは脳筋たちの仕事、それ以降は俺の仕事の領分ってところか。


 ロアレス帝国の動きも気になるところなので、作戦期間はニ~三か月が限界。


 スヴァータがすでに専属チームを編成して、ロアレス帝国に潜入してくれてるが、基盤が整うまではもう少し時間もかかりそうだ。


 ブモワを使って、赤熊髭の謀略発動時期を上手く調整してやらないとな。


 俺は浮かんだアイディアを紙に書き留めておく。


 あとは、風見鶏さんの娘が赤熊髭さんちの息子へ嫁入りの話が進んでるって形か。


 これも潰しておきたいところ。


 風見鶏さんちの娘は奔放ビッチだって噂を、温浴施設にできつつある上級貴族サロンで流すのもありだな。


 赤熊髭殿はわりと奔放な女性(うちの嫁みたいなの)を嫌うので、効果はバツグンかもしれない。


 反皇帝派の皇家連合は組ませたくないんで、どんな手を使っても潰しておくに限る。


 風見鶏さんちは、赤熊髭さんちが動かない限り、自ら行動を起こすことはないだろうしね。


「また、アルベルトが悪い顔をしておるのじゃ……これは、いくさの匂いがする」


 当主の席でいやいや執務していたマリーダが、こちらの表情を見て妖しい笑みを浮かべている。


 本当にいくさの匂いには敏感な生物だこと。


 大規模会戦になる可能性も高いし、脳筋たちは狂喜乱舞して喜ぶだろうなぁ。


「まだですよ。でも、まぁ、ご期待に沿えるようにいたします」


「妾は単騎駆け1000人斬りを達成したいのじゃ! アルカナから高品質な鉄も入るようになったし、武器を新調しておるからのぅ」


「無駄遣いはダメですよ。質素倹約、武器は帝国金貨300枚までにしておいてくださいね」


「分かっておるのじゃ。ところで、投擲物は武器に含まれぬよなぁ?」


「投げ槍、手投げ斧とかは武器です。ちゃんと、予算から引きますよ」


「なら大丈夫なのじゃ、ただの鋭利に尖った鉄だからのぅ。そっちをたくさん用意しておくのじゃ」


 それは手裏剣とかいう物体じゃなかろうか……。


 まぁ、それくらいなら鉄もかなり豊富に手に入るようになったから、自由に作らせてもいいけどさ。


「近頃は武器一つ作るのも自由にできぬ身の上になって辛いのぅ」


 長年放漫財政を続けて蔵が空っぽじゃなかったら、自由に作らせてるんですけどねっ!


 ようやく貯まり始めた蔵の金貨を、鬼人族の趣味で作る武器代で使い潰すわけにはいかない。


 それこそ、蔵が空になったら財政を預かるミレビス君が憤死しかねないのだ。


「武器を自由に作りたいなら、きりきりと働いてくださいよ。当主様の決裁待ちの書類はいくらでもありますので!」


「妾は働きたくないのじゃ! リシェール、今日の政務終わりじゃ! エミル、湯あみの支度をせい!」


「今日はノルマを達成しておりますし、エミル、すぐに支度を」


「はーい、すぐに準備いたします」


 リシェールが珍しく、マリーダに優しい気がする。


 いつもなら隙を見ては決裁書類をねじ込んでたはずだが……。


 あのリシェールがそう簡単にマリーダを甘やかすわけが……。


「エミルたんと、おふろ~♪ おふろ~♪ そうじゃ、リュミナスたんも、フリンたんも、カランたんも、リゼたんも、カルアたんも呼ぶのじゃ」


「承知しました。皆様をお呼びします。それとお夜食は何にしましょうか? ご希望の物を用意させます」


「それはリシェールに任せるのじゃ」


「承知しました。では、あたしは準備をしてまいります」


 不敵な笑みを浮かべたリシェールが、浮かれるマリーダに頭を下げて執務室から去った。


 その日の夜に惨劇は起きた。


 長い湯浴みを終えてご満悦で出てきたマリーダが、そのままリシェールよって執務室に連行され、お夜食付きの残業を命じられていたのだ。


 いつもいるはずの寝室にいないことを不思議に思ったが、リシェールが問題ないと答えたためそのまま寝た。


 そして、次の朝、執務室で印章を持って身体中にキスマークをつけて気絶したマリーダを見つけた時、全てを悟った。


 リシェール、恐ろしい子。


 万が一、俺が命を落とした時は、マリーダを唯一御せる彼女にエルウィン家の行く末を導いてもらうのがいいのかもしれない。

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