第一一五話 嫁が全力を発揮したらえらいことになった。


 歩兵主体のバルトラードを俺の護衛部隊として引きつれ、スラト領を通過し、アレクサ王国のアレバヤフ地方に侵入していた。


「我こそはエランシア帝国伯爵! マリーダ・フォン・エルウィンなのじゃ! 腕に覚えのある者は妾に挑んでまいれ! 弓でも剣でも妾に傷を与えた者には戦士長の待遇をくれてやる!」


 国境警備として配置されていたアレクサ王国軍500の守備兵に向かい、マリーダが単騎で挑発する。


 応射の矢が馬に乗るマリーダに集中したが、大剣を振り回し全ての矢を打ち払う。


「アレクサ王国は雑魚どもばかりなのじゃ。骨のある者は中々おらんのぅ」 


 さらに相手を挑発するように馬上で髪をかき上げ、露出度の高い胸を強調する姿勢を取った。


「くっ! エルウィンの鮮血鬼に舐められてたまるかっ! 我はアレクサ王国より将軍位を拝命したヨセック・ベライゾン! いざまいるっ!」


 マリーダの挑発を受け顔を真っ赤にした騎士が、長槍を構え、馬を走らせ駆け寄ってくる。


「一騎打ちか? よいぞ、妾が直々に相手をしてやろう」


 にやりと凶暴な笑みを浮かべたマリーダは大剣を構えることなく、突っ込んでくる騎士を待ち受けた。


「おぉ、マリーダ様に挑むアホがおったぞ」


「どれだけ持つと思う?」


「一撃だろ。どうみても、戦い慣れた騎士とは見えぬし」


「つまらんな」


 一騎打ちを挑んだ騎士に対し、うちの家の兵たちから厳しい言葉が投げかけられる。


 マリーダが負けるとは誰も思っていないようだ。


 もちろん、俺も負けるなんて思ってない。


 あの人類最強生物を倒すには万の軍勢が必要だと思われるからだ。


「っしねぇっ!! っ―――!?」


 相手の突進を馬上から飛び上がって避けたマリーダが、そのまま大剣を振り下ろし馬に乗った騎士ごと真っ二つに斬り裂き、地面に降り立った。


「弱いのじゃ。準備運動にもならぬ。雑魚はいらんのじゃ、雑魚は。アレクサ王国に妾を楽しませる漢はおらんのか?」


 大剣の血を振るって、肩に担ぐと敵兵の挑発を続けた。


「全員でかかってまいれ。それと、エルウィン家の者は一切手を出すことを禁ずるのじゃ」


 まぁ、弱卒500人くらいならマリーダ一人でも斬り伏せられるだろう。


 派手な戦果も喧伝できるし、許してやるか。


「承知した。エルウィン家の者は、マリーダ様に助太刀すること一切まかりならん。今いる位置から一歩でも動けばすぐに軍を引く」


 軍令を司る俺の宣言であるため、エルウィン家の兵はすぐにその場で馬を降り、整列をして動かなくなる。


 もちろん四天王も文句は一言も言わず馬から降りて整列に加わった。


 舐められたと激怒したアレクサ王国の国境警備軍500はイキリ立ち、マリーダに向かって殺到していく。


「ざーこ、ざーこ、腑抜けた玉無しばかりで妾はつまらぬぞ」


 群がる敵兵を大剣で一閃するたび、敵の首が10、20と飛び、あたりに血の海が作り出される。


「妾に傷を与えた者を戦士長に取り立てる約定は生きておるぞ。エルウィン家の戦士長となれば、貧乏暮らしとはおさらばなのじゃ。気合入れてかかってまいれ」


「くそがぁ! しねぇ、鮮血鬼っ!」


「口だけの雑魚は一番きらいなのじゃがなぁ」


 デカい体躯の兵がマリーダの鉄拳を顔面にくらい、周りの兵を巻き込んでゴムまりのように吹き飛ぶ。


「くそ、数で押せ! どんなに強いやつでも数にはかなわん! やれ!」


「いくさ場で妾に近寄ると命はないのじゃがなぁ」


 数を頼んで殺到したアレクサ王国の国境警備兵たちは、マリーダの大剣の一閃を受け止めることができず、胴を両断され、地面に臓物を巻き散らす。


「嘘だろ。そんなわけ――」


「いくさ場でよそ見は感心せぬな。妾はここにおるのじゃ」


 怯んだ敵兵の背後の寄ったマリーダは、怪力を発揮し、その首をへし折る。


 絶命した兵は糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。


 やっべー、500人くらい余裕だと思ってたけど、改めて人類最強生物のヤバさを再認識したわ。


 俺も首を折られないようあとで、サービスしとかないとな。


「そろそろ、身体があったまり始めたようじゃな。本気を出すとするかのぅ」


 肩に担ぎ直した大剣を天高く構え直すと、マリーダの眼がすぅと細められ、次の瞬間から周囲の敵兵が見えない何かに斬られ、身体がバラバラになって地面に崩れ去っていく。


 み、見えねぇ! 俺じゃ見えない動きとかしてるぅ!


 虐殺だ。これは戦闘じゃなくて虐殺としか言えない一方的なやつだ。


「お、おいみんな! どうした!? ふぐぅっ!」


「に、逃げ――」


「ば、け、も、の」


「妾に挑んだ以上、降伏は認めぬのじゃ」


 血まみれのマリーダが逃げ出そうとした兵の頭を鷲掴みにする。


「や、やめてくれ! 死にたく――」


 グシャという音とともに頭の潰れた男は絶命した。


 その男が500人いた国境警備の兵の最後の一人だった。


 ほんの少しの時間で、500人の兵は屠られ、流れ出した血で河ができ、周囲には巻き散らされた臓物の放つ悪臭と鉄さび臭い匂いが充満した。


「アレクサ王国の兵も質が落ちたのじゃ。これだけやっても骨のある兵は一人もおらぬ」


 返り血で真っ赤に染まったマリーダは、文字通り鮮血鬼を彷彿とさせる姿をしている。


「お疲れさまでした。こたびのマリーダ様の武勲は、勝報に詳しく書かせてもらいます。またお褒めの言葉を頂けることでしょう」


「うーん、こんな弱っちい連中を倒したくらいで褒められてもうれしくないのぅ」


「魔王陛下からお褒めの言葉をもらえば、助っ人依頼が殺到するかもしれませんが。マリーダ様が気乗りしないなら、勝報の件は再考しますが――」


 助っ人依頼殺到と聞いたマリーダが、血で濡れた手で俺の手を握った。


「すぐに魔王陛下に勝報の使者を出すのじゃ! エルウィン家は絶賛助っ人依頼承り中なのじゃからな!」


 まぁ、俺の判断で利益がない限り却下だけどね。


 助っ人依頼の件は脇に置いて、単騎500人斬り達成の武勲を魔王陛下に伝え大きく喧伝すれば、赤熊髭ドーレスの額にまたでっかい青筋を発生させることになるはず。


 それで怪しい動きを見せれば、四皇家当主であろうがエルウィン家の存続のため、排除の策を考えねばならない。


「承知しました。ですが、その前に血の汚れを落とされた方がよろしいですな」


「分かったのじゃ! カルアたん、妾の身体を洗うのを手伝うのじゃ」


「御意!」


 マリーダはそれだけ言うと、カルアを伴い近くにあった水場に向かい駆け出した。


 残された俺は、各隊に指示を出していく。


「バルトラード隊は戦場処理。カルア、ブレスト、マリーダ様の隊は小休止と餌やりを実施するように。ラトールは周囲の索敵を実施」


 俺の下知で、各隊が仕事に散っていった。


 小休止中に勝報の文面を書き上げ、アシュレイ城の留守を守るリゼのもとに届け、魔王陛下へ使者を出すようにゴシュート族の者に言い含めて手渡した。


 その間に周囲の偵察に出していたラトールが戻ってきていた。


「偵察完了。周囲の三つの農村はエルウィン家の旗を見て、降伏の姿勢を見せてる。どこもかなり困窮してるみたいだ」


 国境警備の兵が地元民じゃなさそうだった件からして、脱走する領民の監視任務も担ってのかもしれん。


 転生して15年暮らした国だが、色んな腐敗がいたるところにあった国だしな。


 強固だった国の形が崩れ、不満が噴出してるんだろう。


「偵察ご苦労。下がって小休止と餌やり待機をしてくれ」


「承知」


 ラトールも俺の機嫌を損ねると、いくさ場から帰されてると理解しているようで、いくさをさせろと騒ぐ様子は今のところ見せてなかった。


 マリーダは十分デカい武勲を挙げたから、あとは四天王たちに対処させて、上手く血抜きをしていくとしよう。


「カルア、バルトラート、ブレスト殿の三隊は降伏の姿勢を見せた農村の住民に、老若男女問わず強制移住することを伝え、バック一つ分の荷造りをさせるように。この地の領民は根こそぎ攫わせてもらう」


「「「承知した」」」


 作業を終えた三隊は、ラトールが偵察で発見した農村に向かい駆け出していく。


 ある程度集まったら、スラト領から住民移送のために荷駄隊を出さないとな。


 それに仮の収容所も構築するか。


「さて、妾の仕事はなんじゃ? 偵察か? 偵察じゃろ? 偵察じゃな?」


 身ぎれいにして戻ってきたマリーダが、駆け去っていく各隊を見て、自分の仕事は何だときいてきた。


 先のいくさで大量の血を浴びたおかげか、いつにも増してお肌がツルテカに光っている気がする。

 

「マリーダ様は、私と一緒に各隊が連れてくる領民たの収容所の構築ですね。飲料と燃料が確保できそうな場所を探しましょう」


「妾は偵察がした――」


「わがままを言うならお城にお帰り頂きますが? よろしいか?」


「皆の者、速やかに収容所の設置に適した地を見つけるのじゃ! いくぞ!」


 駄々をこねると城に帰されると察したマリーダが、即座に前言を翻し、部下に指示を出していく。


 マリーダが収容所を作る場所を探しに駆け出すと、休憩に入ったラトールに一声かけて、俺の馬車も後を追った。

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