第一一六話 おまけのつもりが、とんでもないのと遭遇した


「最終便が出ますな」


 人狩りの目標数である1000人目を乗せた荷馬車が仮の収容所から送り出されていく。


 国境警備隊を撃破されたアレクサ王国は、アレバヤフ地方の民を完全に見捨てたらしい。


 同時にこの地を領有する国境領主たちも城に籠って一切手出しをしてこなかった。


 鮮血鬼として単騎500人斬りを果たしたマリーダの存在がよっぽど恐ろしいらしい。


 その分、移送が楽でよかったが、本来の目的である脳筋の血抜きができないままであった。


「アレクサの連中、我が家の侵略を見て見ぬふりを続けおったぞ」


「いくさができたのはマリーダだけか。ワシは不完全燃焼だぞ!」


「オレも親父と同意見だ! 城の一つでも落とさせてくれよ!」


「ラトール殿の意見を俺も支持する。そうでもしなければ、敵は出てこない」


「いくさ場に来たのにまだ一人も斬っていない。これでは腕が落ちてしまう」


 マリーダこそ、ある程度の満足を得たが、四天王や兵たちは不満が解消されたようには見えない。


 どっか小城でも攻略させるか。


 移送も終え、守るべきものはないし、補給も受けて食い物はある。


 俺は手元に持つ、各地の情勢を書き込んだ周辺地図に目を落とした。


 できれば、アレクサ王国が弱まりすぎてゴランに統一されるのは、まだ避けたいところ。


 となると、スラト領と境を接するハマトツェル領の城を落とし、ゴランに領有させ、アレクサ王国から直接侵攻されないよう盾にするか。


 アレクサの内戦は一進一退であり、今回のうちの侵攻は、ゴランにとって無料で敵戦力を削ってくれるイベントになっている。


 俺はタダという言葉は嫌いなので、ゴランには対アレクサ王国の防波堤の責任を負ってもらうとしよう。


「皆様の意見を勘案し、帰路にハマトツェル領の城を攻略し占領。これをゴラン殿に引き渡そうと思います」


 いくささえできれば満足な者たちのため、占領後にゴランに引き渡すことに異論は出ない。


「バルトラート、カルア、ブレスト、ラトールの各隊はマリーダ様の隊を吸収し、城の攻略。国境の小城であるし、攻略指揮は任せます。あと、マリーダ様は護衛10名とともに私の護衛を」


「妾はお留守番なのか!?」


「ええ、十分に敵の血を流したのでお預けです。私の隣で観戦です」


「よし、マリーダが参戦しないなら、ワシの独壇場だな。マリーダ隊の者でワシの隊に加わりたい者はついてまいれ! 先鋒はいただく!」


「親父に抜け駆けを許すな! ラトール隊に加わりたい者は急げ!」


「出発する! 遅れるな!」


「騎馬の連中に先鋒は譲るが、俺たちの仕事は門の破壊だ! 派手に目立つ場所だぞ! 目立ちたいやつはうちの隊に来い!」


 マリーダの率いていた兵たちが四天王の率いる各隊に別れ、矢のように飛び出していく。


 野に放った狂犬たちは、ハマトツェル領の城のある方角へ一目散に駆けていた。


「妾も城攻めに参加したいのぅ……」


「ダメです。マリーダ様は私の護衛ですよ。さぁ、行きましょう」


 しょんぼりするマリーダを引き連れ、四天王たちが先行した道を馬車で追うことにした。



「エルウィン家家老、紅槍鬼ことブレスト・フォン・エルウィン! いざまいる!」


「親父に遅れるな! 旋斧鬼ことラトール・フォン・エルウィンが一番乗りだ!」


 ラトールのやつ、いつの間にか二つ名を名乗ってるな。


 旋斧鬼か、意外とかっこいいじゃないか。


 あいつの厨二病もたまには役に立つ。


 ブレストとラトールの背後には、数騎の騎馬が木材の先を尖らせた破城槌を引いて城壁に向かい突進する姿がいくつも見えた。


 ハマトツェル領の城を囲う石造りの壁は、堅牢とはほど遠い粗悪なものでしかない。


「敵の破城槌を止めろぉ! 弓隊構え!」


 防戦する敵兵もこちらを近寄らせまいと、弓を構えた兵が城壁の上に姿を見せた。


 途端に城壁上の弓兵たちが脳天を撃ち抜かれて、城壁の下に落ちる。


「ふむ、弓の腕は鈍っていないな。だが、剣を試さねばならん」


 カルアの率いる兵が騎乗したまま、弓を放って敵兵を排除していた。


 相変わらずの変態的命中率であるが、常時鍛錬を欠かさない脳筋たちには朝飯前の余技でしかない。


「相手はブレスト殿とラトール殿に気を取られてるから俺たちは城門まで一気に駆けるぞ! ぶっ壊していいと許可を受けてるんで、派手に壊すぞ!」


 バルトラートの隊は手に金槌と大きな盾を持ち、徒歩で城門にかけていく。


 もう、この時点で相手の負けは確定している。


 バルトラートが城門に達すれば、数撃で粗末な門は叩き壊され、城門は崩れ落ちるからだ。


 そして、侵入口からカルア、ラトール、ブレストが率いる兵たちが乱入し、城内を制圧してゲームセットになる。


 鈍い音とともに騎馬の引いた破城槌が壁に突き刺さる。


「さすがに即席の破城槌じゃぶち破れんか。バルトラード! 城門を頼む!」


「承知した。いくぞ! ぶっ壊せ!」


 新調したという槌を持ったバルトラードを先頭に金槌を持った兵たちを城門を一斉に叩き始めた。


「ぬぅんっ! おお、よい手応えだ。やはり重くした甲斐があったな」


 バルトラードの一撃で、粗末な城門は半壊状態に陥る。


「重くなった分、もう少し腰のひねりを加えねばならんか」


 構え直したバルトラードの一撃が、半壊した城門にとどめを刺した。


「よし、突入する! 一番乗りだ!」


「カルアに先を越されるな! ワシらも行くぞ!」


「出遅れてたまるかっ!」


 待ち構えていた三隊が、倒壊した城門を抜け、城内になだれ込んでいった。


「ふぅ、これで勝ちは確定ですな」


「妾も参加……」


 つまらなそうに、地面にふて寝して草を抜いているマリーダのご機嫌はナナメ気味だ。


 けど、これで四天王たちや兵のよい血抜きになった気がする。


「後方より何者かが接近! 規模50! 旗は上げておりません!」


 勝ちを確信していた俺に、周囲を警戒していた兵が、警告の声を上げたのが聞こえた。


 所属不明の集団!? アレクサ王国の救援か? にしては規模が小さいが。


 後方に視線を向けると、全てが黒い軍装に身を包んだ集団が目に入った。


 ものすごい勢いでこちらに駆けている。


 城内に突入した連中が戻ってくるのは間に合わんか。


 正体不明の集団の発見に全身が緊張をする。


「妾がおる限り、アルベルトには誰一人近づけさせんのじゃ。安心せい」


 地面でふてくされていたマリーダが愛用の大剣を手に取ると、迫ってくる集団の前に立つ。


「そこの集団止まるのじゃ! それ以上進めば、エルウィン家に剣を向ける者として妾が成敗する!」


 黒い軍装の集団は、マリーダの言葉を聞き制止した。

 

「旗も上げずに行軍するのが、アレクサのやり口か? 旗も掲げられぬほど、我が家に怯えるとは情けないのぅ」


 マリーダの挑発を受け、黒一色の軍装をした集団の最後方にいた騎士が旗を掲げた。


 なっ!? ロアレス帝国だと!? なんでここに!? アレクサ王国の領土だろ!?


 想像してなかった国の旗が、眼前に挙げられた。


「ほほぅ、海賊たちが地上をうろついてるとはのぅ。珍妙なこともあるものじゃ!」


「すまんなぁ。ツエー女がいるって聞いて、いっちょ手合わせ願おうと陸まで足を運んだんだわっ!」


 黒い軍装に身を包んだ一団が分かれると、黒い巨馬に乗った巨躯の男が姿を現した。

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