第一一三話 諜報班は常に繁忙期。


 久しぶりにスラト領に接する山中のゴシュート族の集落に来ていた。


 来訪の名目は、リュミナスの生んだアレスティナのお披露目である。


 俺の諜報力の源となっている山の民を束ねるのは、ゴシュート族のワリド、そして各部族を束ねてるワリハラ族長だ。


 それも、少し前の話で、今はワリドが俺のもとに出仕し、ワリハラ族長が山の民の統治を任されている。


 香油と特製ドリンクの販売、それに俺から払われる諜報活動資金、希少な薬草を使った医薬品販売業にも成功し、山の民の生活水準はこの数年でかなり向上した。


 おかげで富を招いた俺は山の民の中で神聖視され、ゴシュート族長の養女となったリュミナスが生んだアレスティナは、山の民の次期族長にという声も出ている。


 けど、俺の大事なお姫様だから、山の民には悪いけど手元で大事に育てるつもり。


 アレスティナ本人が成人して、族長をやりたいと言ったら、考えないこともないけどさ。


 パパはずっと手元に置いときたいのだ。


 って、考えてたら、お披露目の宴も終り、詰めかけていた部族の者たちが衆議場から去ると、ワリドが俺の隣に座った。


「ふむ、お披露目は無事成功ってとこかな」


「ははっ! 我が妻もワリハラ族長も部族の者たちも、アレスティナ様にデレデレでしたぞ。これなら、族長に就任しても皆が盛り立ててくれるはず」


 ワリドが言うように普段はいかつい男たちも、激カワなアレスティナの前では、顔が緩みっぱなしだった。


「いやいや、それはアレスティナが成人したら決めることだから。エルウィン家分家当主という立場もあるし」


「アルベルト殿にはまだまだ男児も女児も生まれるはず、エルウィン分家当主はそちらの方に譲って、アレスティナ様はぜひ、山の民の族長として嫡男アレウス様を支えて頂きたく」


 ワリドもアレスティナにデレデレなので、引退後に自分の手元に置きたいらしい。


「まぁ、それも考えておく。それよりも、最近ロアレス帝国が活発にうちに密偵を送り込んでるらしいね」


 エルウィン家の領内に張り巡らせた防諜担当者から、海賊国家ロアレス帝国の密偵が多数忍び込んでるらしいとの報告をリュミナスが上げてきたことを思い出し、担当者の元締めであるワリドに内情を尋ねた。


「その話ですか。リュミナスが上げた報告にも書いてあったと思いますが、彼の国の密偵の多くは、ヴェーザー自由都市同盟の商人のふりをして、メトロワ市やアシュレイ城下の自由市に紛れ込んできてます」


「何を探ってると思う?」


「エルウィン家の懐具合。それに城の防備状況の確認といったところでしょうか」


 仮想敵国の内情の下調べといったところか。


 うちもロアレス帝国には、同じようにヴェーザー自由都市同盟のヴァンドラ商人を送り込んで情報を取ってきてるから、おあいこだが。


 軍備力、国家基盤、政治体制どれをとっても隙がないんでできればお相手したくない。


 あの国を確実に仕留めるならば、エランシア帝国の全戦闘力を注ぎ込んだ大戦になる。


 しかも海戦は避けて通れない。


 だが、陸戦国家のエランシア帝国には、有力な海軍戦力がないため、無理に急造艦隊などを作って渡洋作戦などを実施すれば、即座に捕捉され壊滅させられるのがオチだ。


 なので、こちらの選択肢は守りのいくさしかないのが辛いところだ。


「うちに実害はあるかい?」


「今のところは何も。アシュレイ城に近づき怪しそうな動きを見せたのは、潰しておきましたし」


 買収した倉鼠には、暗殺担当者もいたため、諜報者狩りは山の民と連携して彼らに任せてある。


 そのせいもあり、俺専属の謀略班に属する防諜・諜報部門はかなりのハードワークになってきてるので、そろそろ補充人員を増やしたいところでもあった。


 質も量も兼ね備えた諜報集団転がってないかな……。


「あと、話は変わるけど赤熊髭殿がフェルクトール王国とまた講和したらしいね。しかも、その講和の仲立ちしたのがロアレス帝国らしいって話を聞いたが――」


「はい、フェルクトール王国とロアレス帝国は近頃、王族間の婚姻同盟を結んだらしく、今回の赤熊髭殿とのいくさにフェルクトール王国側で参戦し側面支援をしていたそうです」


「けど、赤熊髭殿優勢でいくさは推移してたはず。なのに、急に講和などというのは、あの赤熊髭殿の気性からしておかしくないか?」


「その辺りは、北のラルブデリン領にいるクラリス嬢に詳しく調べるよう申し伝えてあります。しばらくののち続報が来るかと」


 色々ときな臭い匂いのする講和の話だ。


 戦争がなくなると派閥の貴族を使って文句言うだけの男かと思ったが、これは色々と気をつけないといけないかもしれない。


 あの家と戦争になったら、魔王陛下の最強戦力であるエルウィン家を真っ先に潰しに来るだろうし。


 エランシア帝国は、皇帝選挙の余波で内輪揉めになることも多い国だしなぁ。


 今までは魔王陛下の手腕で頭を抑えつけられたけど、恩賞の不満は高まってるだろうし、変な流れができないようしっかりと見張らせないと。


「そうか、何か嫌な気配がするんでね。しっかりと情報精査を頼む」


「承知」


「それにゴラン殿からもアレクサ王国が騒がしくなってきたと親書が送られてきた」


「アレクサ王国もですか!?」


 ここに来る途中、アシュレイ城から転送されてきた書簡二通のうちの一通がゴランからのものだった。


 アレクサ王国内で、大規模な侵攻準備が進んでいるらしい。


 敵軍の規模によっては、エランシア帝国に援軍を要請するかもと書かれていたのだ。


「ゴラン殿だけでは抑えられないと判断した場合、うちが最先陣で出張ることになるだろう。人員が足りないのは分かってるが、そちらも情報収集の精度をあげてくれ」


「できるだけやりくりしてみます」


「諜報班には無茶を言っていつもすまんなぁ」


「いえ、アルベルト殿の仕事量に比べれば個々の仕事は大したことではありません。彼らも仕事に応じた利益を十分に受けておりますので、問題とはなっておりませんしな」


 山の民も倉鼠のメンバーも忙しく働いてもらっている分、軍師機密費から支払われている給与はかなりの額になっている。


 ちなみに軍師機密費は、俺が領地として与えられたミラー君の村からの税収を元手に、何でも扱うマルジェ商会という店を立ち上げ、今やアシュレイ城下の中堅商会までに成長させた店から得た利益のことだ。


 マルジェ商会の会頭マルジェは、俺のもう一つの身分であり、正規の身分を隠して視察する際の名でもあった。


 俺専属の諜報班の人員は、大半がこのマルジェ商会の社員であり、エルウィン家の会計からはほぼ独立した組織になっている。


 そのマルジェ商会の利益は、今期帝国金貨一〇〇〇〇枚ほどに達する。


 まぁ、人件費引いたら、ほぼ利益残らないけどね。


 俺に与えられたラルブデリン領の税収が上がるようになれば、そこにもマルジェ商会はガッチリかませていくので、更なる利を生み出す予定。


 もちろん、エルウィン家への上納も忘れないでするけどさ。


 諜報は金がかかるが、ミレビス君は成果の見えない仕事に予算を付けるのをゴネるので、迅速に対応するには自己調達するしかない。


 諜報班は俺の私兵みたいなものだし、金は惜しまず投入しないとね。


「アレクサ王国も今の時期に動き出すとは……何か変化があったのですかね?」


「分からない。けど、もっときな臭い話も来ててさ。もう一通の書簡はヨアヒム殿から。こっちはゴンドトルーネ連合機構国と争っていたマヨ自治連合国が停戦後そのまま同盟を結び、駐留軍として居座っているという話なんだ」


「突然の休戦からの同盟成立、しかも駐留なんてのは、ずいぶんときな臭いですな。敵を懐に入れたまま何を狙って――」


「分からない。その分、不気味だ」


 ワリドには分からないと言ったが、連なった情報の断片を繋ぎ直していくと、俺の中に仄かにある一つの考えが思い浮かんだ。


 赤熊髭ドーレス、フェルクトール王国、ロアレス帝国、アレクサ王国、ゴンドトルーネ連合機構国、マヨ自治連合国、それに風見鶏ローソン。


 皇家二家謀反と敵対五国の同時侵攻。


 俺が考えた最悪のシナリオを実施とかされたら、さすがにエランシア帝国も戦力差がありすぎて滅亡するしかなくなる。


 現状、赤熊髭殿と風見鶏殿の皇家二家だけで六万の兵は動員できる。


 一四万VS一〇万なら、侵攻されてもエランシア帝国の戦闘力からいって、まず負けることはない。


 けど、味方から六万の兵が減って二〇万VS四万になったら、勝利は絶望的だ。


 魔王陛下は処刑され、八百長の皇帝選挙で赤熊髭辺りが新皇帝として傀儡国家を樹立し、エランシア帝国は各国分割統治ってされそうな筋書きまで見えた。


 もちろん、うちは魔王陛下以外に尻尾を振らない脳筋だから、一族郎党残らず討ち取られて滅亡してるはず。


 はぁ、このシナリオが実現しないようにするには、マジで内側に敵を抱えねぇようにしないと。

 

「色々とまた仕事がかさむが、諜報班はうちの生命線だから、ワリドにはこれからも苦労をかける」


「ははっ! アルベルト殿ためなら、骨身を惜しまず働かせてもらいますぞ!」


 それから、ワリドと二人だけでアレスティナのことを肴に夜を徹して飲み明かすことになった。


 けど、まだ大事な姫は、俺の手元で育てますからっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る