第一一二話 期待の大型新人

「お召しにより参上いたしました」


 膝を突き頭を垂れたフォローグ君は、文官というよりも武官然とした気配を漂わせている。


 圧が半端ねぇな……。この体形と容姿だと普通の人は萎縮するだろ。


 バルトラートあたりが見たら、自分の隊に入れたいと申し出るくらい立派な体躯をした男だった。


「上司から話を聞いているであろうが、新たにエルウィン家の領地となったラルブデリン領を監督する代官候補として貴殿を推されたので面談をさせてもらっていることを理解して欲しい」


「ははっ、承知しております!」


 声もデカい。やっぱ文官よりか武官向きなんじゃなかろうか?


 でも、内政を司る二大巨頭が推した人材なので、内政向きの人材なんだろう。


「代官任命前に、貴殿へ確認しておきたい。ラルブデリン領は本領より離れた遠隔地。家の事情で護衛は最小限しかつけられぬ。貴殿はその地をどう治める?」


「ははっ! 彼の地は遠くエルウィン家の武が及ばぬ地域。なればこそ、エルウィン家の利で領内を治める所存」


 フォローグ君の答えは短いものだが、あの地の実情に即した答えを返してくれた。


 あのような遠隔地で本領と同じような武力を背景にした統治を行えば、領民の感情悪化を招き速攻で代官である彼自身の首が飛びかねない。


 エランシア帝国内でも、重税を課したり、評判の悪い領主に反抗して住民蜂起することがないわけではなかった。

 

「利で治めるとは、どのように治めるつもりだね?」


「ははっ! エルウィン家の商売に関わって膨大な利益を得られるという体験を積ませれば統治は安泰。領民は懐に蓄えた金が増えるほど、統治者への反抗心を失くすはずですので」


 なかなか面白い考え方をする男だな。


 たしかに稼いだ金を搾り取られなかったら、統治者へ敵意を持つ者は少ないはず。


「だが、それでは赤字を垂れ流すことになるが?」


「住民の納める分の税収は、外部から訪れる方に負担してもらえば問題ありません。あの温浴施設はそういった意味で建設されるのですよね?」


 予算申請書に温浴施設建設の詳しい理由は書いていなかったが、目の前のフォローグ君は申請内容からあの施設の利用価値を見出したらしい。


 案外謀略面もイケる口ではと思ってしまう。


 貴族と富裕層向けの温浴施設は、サービス品質に絶対的な自信があるのと競合施設がないため、料金をぼったくっても問題ないと思っている。


 フォローグ君は、その意図を察してくれていた。


「それに硫黄を塗った薄い木は、種火を移すものとして、寒冷な北の地では通年を通して需要の高い物。そちらも利を生み出すため、住民への課税を失くしてもエルウィン家に納める税の額は前年度の税収を超えていくかと推察しております」


「ほぅ、そちらの報告書もすでに読んでたか」


 ラルブデリン領で生産予定の附木つけぎは、ラインベールに市場価値の調査をさせている最中である。


 その報告書をすでにフォローグ君は読み込んできていた。


 統治する地を知ろうと、色んな伝手を使って情報を集めたらしい。


 若いが意外と知恵の回る男のようで、遠隔地の難しい領地の代官を任せるに足る能力は持ち合わせていると察せられた。


「最後に一つだけ質問をさせてもらおう。彼の地は遠隔地であり、敵に侵攻された場合、本領から援軍が到着するまでに時間がかかる。その場合、代官として貴殿はどうするつもりだ?」


「仮定の話にはお答えしにくいですが、その状況におかれたら、領民には敵に降伏するよう説き伏せ、領地を即座に明け渡し、私はエルウィン軍に合流するため逃走いたします」


「抵抗せず領地を捨てると?」


「はい、守備兵が置けない地での無駄な抵抗は領内の荒廃を招き、奪還後の再建に甚大な爪痕を残します。敵も無傷で手に入れた領地を自らの手で破壊するほど愚かしい者は少ないはずですし。それに代官は平時の責任者だと思っておりますので、戦時の責任までは負いかねます」


 フォローグ君はきっぱりと自分は平時の責任者だと言い切った。


 すがすがしいほどの言い切りっぷりだった。


 奪還作戦や戦時の指揮官は文官の領分ではなく、武官の領分だと言いたいのだろう。


 専門でない者によってマズい指揮をされるよりかは数十倍、エルウィン家のためだし、領民のためになる。


 無防備な領地を明け渡し、情報を携えてエルウィン軍に合流してくれた方が、奪還作戦が策定しやすいのも頷けた。


 さきほどの言動で、俺は力士のような体型をした文官のフォローグ君のことが、とても気に入った。


「なるほど、たしかに代官に戦時の指揮官の役割を期待してはいかんな。よかろう、貴殿を本日付で戦士長に引き上げ、ラルブデリン領の代官に任じる。彼の地でエルウィン家のために励め」


「ははっ! 承知しました。私に随行する者の選定に入り、早急にラルブデリン領へ向かい、クラリス様と引継ぎ業務に入ります」


 フォローグ君は頭を下げると、足早に執務室を後にした。


「彼は面白い男だね」


「そう言ってもらえると思っておりました。若手文官で頭一つ抜き出た者です。代官として経験を積めば、私の後任として政務担当官を担ってもらえると思っております」


 そうか、イレーナの後任か。


 俺専属の秘書業務も兼任してるから、数年間代官として実績を積んだら彼を政務担当官として据えるのもありか。


 とりあえず、内政はまたいい人材を得たな。


 次はそろそろ、謀略のブレーンが欲しい。


 忙しすぎておちおち、アレウスたんの勉強みたり、ユーリたんに読み聞かせしたり、アレスティナたんのオムツ替えてる暇がねぇ。


「さて、代官の人選は終わりましたが、こちらの書類は今日中にお願いしますね」


 イレーナがニコリと微笑みながら、塔のようにそびえ立つ書類を指差していた。


 そろそろ、日暮れも近づいており、政務を終え退勤の時間が近づいてきている。


「えっと、明日頑張る」


「ダメですっ! 明日は領内の視察でお時間が取れません。本日中の処理をお願いします」


 微笑みの表情を変えず、イレーナがスケジュールの空きがないと伝えてきた。


「えっと、残業ですかね?」


「はい、終わるまで退勤できません」


 もう一度、うずたかく積み上がった書類の塔を見上げる。


 これは深夜までかかりそうな気がするんだが……。


「まけてもらうことは……」


「ダ・メ・で・す」


「終わったーのじゃーーー! リシェール、エミルたんとお風呂入る支度をせいっ! アルベルト、妾は先に戻るのじゃ!」


「あ、ああ! マリーダ様、私を置いていかれるのか!」


 政務を終えたマリーダが、執務室に俺を残し、一目散に浴室に駆け出していった。


「アルベルト様、お覚悟を!」


 ごふぅ……残業いやぁあ……。


 お仕事したくないよぉ。


 マリーダじゃないけど、退勤間際の追い残業指示とか地獄でしかない。


『終わりましたら、私が入浴サービスしてあげますので頑張ってください』


 イレーナの耳打ちが俺のヤル気に火を点け、覚醒を促した。


 見えるぞ! 俺にはイレーナとお風呂でキャッキャウフフしている姿が見えるっ! これくらいすぐに終わらせてみせるぞっ!


 それから数時間後、全精力を使い切り決裁を終えた俺は、イレーナとの入浴中に寝落ちするという大失態をやらかしてしまった。

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