第一〇六話 祝いと呪いは似ているので困る。

 帝国歴二六四年 真珠月(六月)


 石砲傭兵団を雇い入れて一ヶ月。


 仕事も一段落し、アレスティナのオムツを替えつつ、ユーリをお風呂に入れ、アレウスの文字の練習を見て、ほっこりしていた俺のもとに、悪夢の召集令状がやってきた。


 『当主マリーダとともに至急皇城へ参内せよ』との魔王陛下直筆の勅許がきた。


 悲しいことに、大親分からの召集を子分の子分が断れるわけもなく。


 泣く泣くマリーダを伴って、皇城にある魔王陛下の私室に顔を出すため馬車に揺られて向かった。


「さて、マリーダが当主を務めるエルウィン家は、来月より余の推薦で伯爵家に陞爵しょうしゃくさせることを決定した。おめでとう! エルウィン家も立派な中堅貴族の仲間入りだ」


「妾の家が伯爵家……兄様、それはちと出世のしすぎではないか? ほら、伯爵家となると色々と管理が大変になるし、妾はいくさ場にだけ出られればいいんじゃがのう」


 召集令状に嫌な予感を覚えた俺は、道中でマリーダに陞爵しょうしゃくの話がきたら、政務が忙しくなりすぎていくさができなくなるので断れと吹き込んでおいた。


 さすがに魔王陛下も俺がそこまで見越して対策をしてたとは――


「マリーダ、伯爵を受けたらどの戦線でも押しかけ助っ人参戦できる権限を与えてやろう。各方面の守護者たる四皇家には余から話を通してやるぞ」


 あひぃいいいいっ! 皇帝権限らめぇええええっ!


 目の前のパワハラ魔王陛下は、こちらの予想を斜め上で裏切ってきた。


 どこの戦線でも助っ人参戦可能とか、鬼人族にしたら絶好の餌でしかない。


「どこでも? 本当なの? 兄様?」


 目をキラキラさせて食いついてるぅううう! もう、ダメだ! いくさを餌にされたら断る術が見つからない!


「ああ、余は嘘は吐かん」


「なら、伯爵への陞爵しょうしゃくは受けるのじゃ! 政務はアルベルトに丸投げすればいいしのぅ。問題はあるまい」


「それではアルベルトが苦労するであろう。余に善い案がある。ちと、耳を貸せ」


 魔王陛下がマリーダを手招きすると、俺に聞こえないようにヒソヒソと話し始めた。


 怖い、怖すぎる。


 パワハラ魔王陛下は、いったい何を吹き込んでいるんだろうか。


 マリーダの顔が紅潮していき、鼻息が荒くなるのが感じられた。


「兄様、それは善い案なのじゃ。アルベルトはきっと喜ぶはずじゃ!」


「で、あろう。アルベルトは余の家臣ではないから、マリーダから伝えてやってくれるか」


 こちらを見た魔王陛下が、ニヤリと笑っていた。


「アルベルト、妾が伯爵に陞爵しょうしゃくするのと同時に、そなたをエランシア帝国騎士爵に推薦するのじゃ。伯爵家になるとそれができるらしいからのぅ。妾からの最大級の感謝の印なのじゃ!」


 マリーダの推薦での帝国貴族入りが打診された。


 エルウィン家でマリーダ以外に帝国貴族の爵位を持つのは家老のブレストのみだ。


 帝国爵位をもらうってことは、俺自身もエルウィン分家当主になるってことになる。


 それにマリーダからの推薦のため、魔王陛下の直臣ではない。


 伯爵家に成り立てのエルウィン家の推薦で騎士爵になるため、帝国貴族の端の端の端に名を連ねることになる。


 ブレストも同じ騎士爵だが、魔王陛下直接の叙任であるため、俺よりも序列的には上に扱われる。


 だが、爵位を得ることで。ただの陪臣だった今までよりは魔王陛下の直接的な影響力が増す可能性が高かった。


「マリーダ様、大変光栄な話ですが、私の叙任の話はなかったことに――」


「それはダメなのじゃ! アルベルト叙任の祝いに与えるつもりの領地がなしになってしまう!」


 領地っ!? つまり、エルウィン家に下賜されるという意味の新領地!?


 伯爵家になると色々と整えなければならないものもできるし、またお金がかかるし、俺も分家当主となると物入り。


 その分の資金を補うための領地を下賜までしてくれるというのか?


 いやいや、魔王陛下がそんな甘いわけが――。


「アルベルト、お主自身何かと入用であろう?」


「お心遣い感謝いたしますが、私ごとき賤臣に領地など」


 もらって当然の功績はあげているが、これ以上領地が増えるとまた赤熊髭派閥がブチ切れて、今度はうちに怒鳴り込んでくるかもしれん。


 そうなるとうちも血の気の多い脳筋たちだらけだし、帝国貴族同士の戦争になる未来しか見えない。


「そんなに遠慮せずともよい。マリーダ、アルベルトに与えるつもりの領地の場所を教えてやってくれ」


 俺、断ってるのに聞いてねぇ!


「アルベルトに下賜する領地は、ラルブデリン領なのじゃ!」


 ラルブデリン領……って、最近なにかで聞いた気が。


 思い出せ、俺の脳細胞! たしか、最近聞いたはずだ!


 ラルブデリン領、ラルブデリン、ラルブデリン……。


 はっ! 領有する領主が常に数年で変死する呪われた領地! 最近、またそこの領主が変死したってリュミナスの報告があったはず!


「謹んで――」


 拒絶の言葉を発しようとした俺に、魔王陛下から眼光鋭い視線が注がれた。


 こ、断ったら、死ぬ奴だ。これ。


 いやいや、でも受けても死ぬし! 死にたくないし! なんで死亡フラグが発生してるん!


 もしかして、ビッグファーム領でイレーナとしっぽり休暇とったのがダメだったのか!


 俺だって大会戦から生き残って帰ってきたし、色々と羽を広げたいじゃん。


 ささやかな休暇すら許してもらえないのか……。


 うう、死にたくないなら、受けるしかない……。


「お受けいたします。帝国貴族の一員となるからには、より一層エランシア帝国の繁栄のため仕事に精励しようと思います!」


「そうか、よくぞ申したな。マリーダ、よき夫を持った。余もあの領地は持て余しておったのだ。ヒックス家やワレスバーン家の者に与えようにも要らぬと突き返された領地でな」


 デショウネー。誰だって死にたくない。


 というか、ラルブデリン領ってめっちゃ飛び地じゃん! 


 北部領域や西部領域に近いし、あの赤熊髭ドーレスや風見鶏ローソンとかから目の敵にされそう!


 ううう、ストレスで胃が……。


 もらった領地を放置するのは、俺の性分的に無理だし。


「さすが、アルベルトなのじゃ! 妾も伯爵となるからには、凡庸ないくさを続ける赤熊髭の戦線に助っ人してやらねばならんな」


「ハハハ、マリーダめ、言いよるな。ドーレスが聞いたら、血管が切れておるぞ」


 らめぇええええっ! マリーダが赤熊髭の戦線かき乱したら、ブチ切れて内乱になりますからぁ!


 魔王陛下、笑ってる場合じゃない! 脳筋を自由に参戦させたら、それこそ内乱だらけになりますって!


「マリーダ、押しかけ助っ人の件は、アルベルトに必ず事前に伝え、承認を必ず取らねばならんぞ。アルベルトの承認は余の承認と思うのだ」


「そうじゃな。アルベルトが『よい』と言わねば家臣どもも納得せん。分かったのじゃ! アルベルトの承認は兄様の承認と心得るのじゃ!」


 きひいいっ! さすが、魔王陛下! 抱いて! 素晴らしい! 分かっていらっしゃる!


 手綱つけてくれてありがとう! これなら、なんとか抑えつけられる!


「で、問題なかろう?」


 ニヤリと笑うパワハラ魔王陛下は、俺に色々と面倒を押し付けるために、領地という餌をくれたらしい。


 飛び地の領地は、そこを足掛かりにヒックス家とワレスバーン家の動向を把握して、ヤバそうなら対処しろって意味にしか思えない。


 ただ、もらったのは死ぬかもしれないヤバい領地だけどねっ!


 うう、泣きてぇ!


「ありがたき幸せ!」


 しょっぱい涙が目から流れ落ちていく。 


「アルベルト、泣くほど嬉しいか! 妾も嬉しいぞ!」


「はい、とても嬉しいですっ!」


 もう、お家帰るぅ! 帰って、ふて寝してやるっ!


 その後、アレウスたんへのお土産として、名剣一振りもらったので、少しだけ俺の機嫌は回復したことは書いておく。

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