第一〇七話 伯爵家叙任も楽じゃない




 帝国歴二六四年 紅玉月(七月)


 かつて『狂犬』、『いくさ場荒らし』、『歩く問題児集団』と言われたエルウィン家は、魔王陛下の推挙によって、エランシア帝国伯爵の爵位を授与され、中堅貴族入りを果たした。


 そして、新任の帝国伯爵となったマリーダから、俺が帝国騎士爵に推挙され、併せて叙任を受けていた。


 こうして俺もついに帝国貴族入りをして、エルウィン家の分家当主。


 今までは戦士長待遇だったけど、ブレストと同格の家老に引き上げられ、お賃金もアップした。


 エルウィン本家はマリーダとの間にできた嫡男アレウスが継ぐし、次男ユーリはアルコー家を継ぐため、今回できた分家は女騎士爵としてアレスティナが継ぐ可能性が高い。


 大事な娘が受け継ぐ領地のため、いわくつきのラルブデリン領は、クラリスやワリドたちに、北西部地域の情報収集拠点を構築しがてら、しっかりと領内の調査をするように申しつけてある。


 叙任までのドタバタが片付き、ようやくアシュレイ城の執務室で一息吐いていた俺のもとにマリーダがニヤニヤしながら近寄ってきた。


 マリーダがあの笑い顔をする際はろくなことを言い出さないのだ。


「アルベルト、家老就任おめでとうなのじゃ! で、家老就任祝いとしてどこか助っ人いくさ――」


 ほら、きた。


 助っ人いくさの催促だよ。


「ダメです! 我が家は伯爵家叙任を承認してもらうため、色々と貴族様たちに付け届けをして、予算が厳しいのです。見てください、あのミレビス君の頭のツヤのなさを!」


 俺が執務室のかたわらでイレーナとともに、伯爵家叙任関連予算の処理と格闘しているミレビス君を指差した。


 魔王陛下が推挙こそしてくれたため、シュゲモリー家の派閥や俺の弟子を自認するショタボーイ派閥の貴族たちは快く承認してくれたが、特に関係が悪化の一途をたどる赤熊髭に近い貴族や、皇帝選挙に参加資格を持つ四大公家に近い貴族たちは、歴代エルウィン家当主の行状から難色を示す家が多かった。


 そのため、伯爵叙任の件、なにとぞよしなにと、山吹色のお菓子を各貴族家に贈ったことでなんとか叙任にこぎつけたのだ。


 挨拶に回った貴族家一〇〇家、使った資金は帝国金貨四〇〇〇〇枚。


 予定外の出費すぎて、ミレビス君の頭のツヤが一気に消えたというわけだよっ!


 でも、今回の伯爵叙任の件のおかげで、色んな貴族家と交流することができたのが、良かった点の一つ目。


 そして、山吹色のお菓子を差し上げるため挨拶に行った貴族家には、二通の書簡を手渡しすることができたのが、良かった点の二つ目。


 手渡した書簡には、『軍馬オーナー制度のご案内』と書いてある。


 会員登録料として年間帝国金貨一〇〇枚をお支払い頂けると、ビッグファーム領で育成される軍馬を市価より二割お得に購入できる権利が付与される。


 うちとしては大規模生産する予定の軍馬の販路が確保できるし、貴族家は安く大量に傷を負っていない新品の若い軍馬を仕入れられるというWinWinのご提案だ。


 あと、もう一通の書簡には、『競走馬オーナー制度のご案内』と書いてある。


 こちらは、ビッグファーム領の観光の目玉にしようと思っている競馬の馬主集めだ。


 うちが全ての競走馬を用意してもいいが、それだと育成費も馬鹿にならない。


 そのため、貴族たちに競走馬の馬主となってもらい、持ち馬の稼いだ賞金を与えた方が割安になると試算が出たので、挨拶のついでにお勧めしてみることにしたのだ。


 競走馬育成費として一頭につき年間帝国金貨六〇枚。


 レースは獲得賞金額に応じたランク分けがあり。


 未勝利ランクレース賞金は帝国金貨五〇枚。


 三級ランクレース賞金は帝国金貨五〇〇枚。


 二級ランクレース賞金は帝国金貨一〇〇〇枚。


 一級ランクレース賞金は帝国金貨一五〇〇枚 


 特級ランクレース賞金は帝国金貨三〇〇〇枚。


 各レース一着賞金のみ支払いとして、馬券販売はエルウィン家の専売となるため、大いに利益が期待されている事業なのだ。


 こっちは実利よりも、ロマンを貴族に買ってもらうための文言を書簡に添えておいた。


 二通の書簡は山吹色のお菓子とともに貴族たちの琴線に触れたようで、挨拶周りした貴族家一〇〇家の内、軍馬オーナーに出資してくれた家は七〇家、それと併せて馬主オーナーになった家は五〇家。


 軍馬の買い上げ予約二五〇頭確保、競走馬は一〇〇頭の馬主が誕生することになった。


 軍馬オーナー登録料100×70=7000枚


 軍馬買い上げ予約250×20=5000枚


 競走馬育成供託費100×60=6000枚


 トータルとして帝国金貨一八〇〇〇枚は取り戻していた。


 あとは馬券収益があがってこれば、投じた金は早々に回収されるはずである。


「つまらんのじゃ! いくさがしたい! いくさがしたいのじゃ!」


「そんなに暇ならビックファームで馬の調練でもなされたらどうです? 決裁は溜っておりませんし、それに牧場は人手が足りてないので軍馬の調練に鬼人族の兵たちを充てて軍馬を育成していますし」


 年初に掴まえた野生馬たちは、軍馬や競走馬にするために調練の段階に入っており、暇を持て余している脳筋たちを派遣して、調練の手伝いをさせていた。


 戦闘職人である鬼人族は一級の騎手や調教師でもあるため、野生馬が短期間で軍馬や競走馬として仕上がりつつある。


「うむー、調練かー。そうじゃのー。競走馬デビューが決まっておる『アルベルトエッチィ』の調練でもしてくるかのぅ」


 あの馬名だけは俺権限で不許可にしとかないと。


 実況者に連呼されたら、こっちが悶絶してしまうからな。


「カルアたん、おるか?」


「はは、ここに控えております」


「今からビックファーム領に行くので、そなたも着いてくるのじゃ。カルアたんも競走馬デビュー予定の『リュウジンサイコー』の調練をせい」


「承知。すぐに出立の準備をします」


「なっ! マリーダ姉! ずるいぞ! オレも競走馬の調練に行く! オレの『マガツノウズ』こそ、最強の競走馬だからな! 何人たりともオレの前は走らせねぇ!」


「なんじゃ、みんなして競走馬の調練か? よし、ワシも行こう。『イクサガミ』こそが最速だ」


「馬の調練かー。馬には乗れないが、俺も一頭競走馬欲しいな。アルベルト殿、ちょっと競走馬買いに行ってくる」


 マリーダ+脳筋四天王たちはそれだけ言うと、早々にアシュレイ城からビックファーム領へ向け馬を走らせて行った。


 ふぅ、これで助っ人いくさはしばらく言い出さないだろう。


 マジで今助っ人いくさなんて百害あって一利なしなんで、防衛戦争以外、利になるいくさだけしかしないつもり。

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